五力伝
Five Force Story
第6話
野望と書いて夢と読む1

 かつて、人々がまだ求めるを知らず、疑うを知らず、それゆえ争うを知らぬ時代。

 こことは違う『力在る世界』の住人たち、この世界では『神』とさえ崇められる者達が現れこう言った。

「汝ら、『力』が欲しいか」

 彼らは求めるものには惜しまず。拒むものには進めなかった。

 人々は困惑しながらも二つに分かれた。

 すなわち、『力』を欲するものと求めぬものに。

 やがて『力』を得た者はそれを奮いだした。『力』無き者を蹴落とすために、自らの『欲』を満たすために。

「猛々しい『力』をその身に宿らせよ。新たな『力』を呼び寄せ、内なる『力』を引き出せ。『力』を込めて拳を握り、その『力』持て剣を奮え」

 彼ら『力在る者達』はそう言った。

 時を経て、『力』は全ての人々に行き渡った。もはや人々は『力在る』『力無き』ではなく、『力強き者』と『力弱き者』に別れた。

『強き者』は笑い、『弱き者』は生きることさえ許されない、そんな時代がやってきた。

『力の時代』は長く続いたが、やがて『最も強き力』を持った者が現われこう言った。

「もう戦うのはやめよう」と。

『最も強き者』は戦いを拒んだ。無論それに異を唱える者も数多くいた。その者達は例外なく『力強き者達』だった。

『最も強き者』はやむを得ず『力』を奮った。いつしか、異を唱えるものはいなくなった。

 そして、『弱き者』がむやみに奪われることは少なくいなった。人々の心に『慈しみ』が戻った。『秩序の時代』がやってきたのだ……

「で、現在に至るというわけよ。わかった?」

 黒いストレートヘアをさらさらと風になびかせ、ぴっちりとした黒服の少女が言う。

 十七という年齢に不似合いなほど良質なプロポーションの持ち主の名はパトリシア・マクドーガル。彼女は今、リヤカーの荷台にガタゴトと揺られている。

「オウ!よーくわかったぞ!」

 元気良く返事をした少年はラクレス。150センチちょいの身長と健康的に日に焼けた身体の持ち主。

 今通っているのは《パブリックランド》の首都、《ランスロウ》へと続く一本街道。昨日仕留めた『暴狂牛』の肉を、朝早くに通過点の村で売ってから、パトリシア――パティはのんびり揺られていた。

 その間にラクレスが「《ランスロウ》の事を教えてくれ」と言い出したので、その起源をおとぎばなし風にアレンジして聞かせていたのだった。

「つまり、伝説の『最も強き者』が作ったのが、この《パブリックランド》なわけ。その首都が《ランスロウ》わかった?」

「オウ、よーするに、そこに『最も強い奴』がいるんだな?」

「馬鹿ね、これは千年も前のおとぎばなしなのよ。今の時代にいるわけ無いじゃない」

「そうなのか……」

 ボサボサ髪をシュンとたらして、ラクレスがうなだれた。本当に残念そうである。

「戦ってみたかったなあ。強かったんだろうなあ」

「もお、大昔の人のこと考えたってしょうがないじゃない。大丈夫、今にあたしがうんと戦わしてあげるから」

「ホントか!?よーし!町まで突っ走るぞ!」

 言うが早いか、ラクレスはそれまでののんびりしたスピードから一気に加速。周りの景色は線のように伸び、春のうららかな草原はまるで白いキャンバスに絵の具のグリーンを適当に引き伸ばしたかの様に変貌した。

「ちょ、ちょっと待、きぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――」

 パティは後半かすれてしまって人間の可聴域を越えた悲鳴を上げた。

 人間離れしたラクレスのスピードで走っているのだから無理も無い。この少年、どう言うわけか身体能力がずば抜けて高く、数十メートルの高さを飛翔し、マッハの速さで物を投げることができた(これらはパティが確認しているだけで、である)。

 比べて、パティは魔術『ゲート』が使えるだけで、それ以外は普通の女の子なのだから、ラクレスのF1並の世界にはついていけるはずもない。

 ではこのトリックの解説をしよう。懸命なる読者諸君にはもう看破されていることと思うが、あえて言おう!ラクレスがリヤカーを引っ張っているだけなのだ!

 はたから見ると、だいだい色をした物体が、猛スピードで通りぬけ、しばらくたってから巻き上げた砂塵が舞ってくるという、そんなすさまじい状況だ。

 この爆走に始めは目を開けることもできなかったパティだが、やがてスピードにも慣れ、まさに矢のように過ぎ去っていく景色を眺める余裕さえ出てきた。

(こいつはいつもこんな景色を見てるんだ)

 そんな感心さえ起こってくる。人間、自分の知らなかった世界を発見するというのは実にすばらしいことだ。帽子が飛ばないように押さえながら、パティはそう思った。

 やがて、進行方向側、つまり前方に巨大な建造物が見えてきた。

 パティにとっては見慣れた、そしてラクレスにとっては未知の世界、《パブリックランド》首都《ランスロウ》である。

 10メートルはあろうかという石の壁に守られた、《パブリックランド》最大の城砦都市。

 現在の国王A―カイル・ランスロウの意向により、10数年ほど前から議会が設立され、民衆の意思が広く取り入れられた政治が行われている。

「ラクレス!もうすぐ着くからスピードを落として!」

「え?なんだって?」

 高速走行中なのと、それに伴う激しい風切音で、なかなかラクレスに言葉が届かない。

「もうすぐ着くから!止まりなさいラクレス!」

「わかった!止まればいいんだな!」

 返事を聞いた次の瞬間、すさまじい逆Gがパティの身体を天空へいざなった。

「きゅ、急に止まるなばかあぁぁぁぁぁ……」

「いやあ、止まれって言うから」

 とまったく悪びれたようすもなく、ラクレスがぽりぽりと頭を掻いている。それをパティは放物線を描きながら見ていたが、このままでは……

「地面とディープキスね。乙女の純潔が……」

 少し論点のずれた心配をしながら、パティはあの呪文を唱え始めた。

「大いなる力よ、わが門『ゲート』の導きに従い、大地の枷を弱めたまえ。浮遊落下《フォーリングコントロール》」

 次の瞬間、斜め40度の角度で地面に突入中だったパティの身体が、まるで水鳥の羽のようにふわふわと舞い降り出した。

「ふう、それにしてもこの魔法便利よね。覚えといて良かったわ」

 城門の前の衛士が驚きの声をあげているのが上から見える。

(まあ目の前で魔法っていう奇跡を見たんだからしょうがないか)

 とパティは納得した。

 魔術師の力量は主にどの階層《レベル》までの魔法を操れるかで判断されるが、使用可能な階層の、どの魔法を覚えるかは使い手のセンスが問われるところだ。

 たとえば、炎の魔法ばかり覚えて、氷の魔法を一切覚えなければ『爆炎の魔術師』などと呼ばれたりするかもしれないが、それは単に使える魔法が少ないと取られても仕方ないのである。

 ゆえに、いかに自分の目的にあった魔法を選ぶかが、魔法使いのセンスが光る瞬間といえよう。

 ほどなく着地したパティに、

「お、お帰りなさいパトリシアお嬢様。旅はどうでした?」

 まだ20過ぎくらいの青年衛士が語りかける。頬が少し赤いのは、パティの魅力的な容貌と、先ほどの《浮遊落下》を目撃したせいだろう。(自分のはいていたのがスカートだったことをパティが思い出すのはしばらく後である)。

「予定よりかなり早く帰ってこれたわ。あいつのおかげでね」

 後半の「あいつの……」あたりに怒気をはらませながらパティが振り返ると、ラクレスがリヤカーを引いて到着したところであった。

「馬鹿ラクレス!あたしを殺す気」

「いやあ、わりいわりい。でもパティすげえな!空飛べんだ!」

「ちょっと違うわね。あれは《浮遊落下》といって……まあゆっくり落ちられるのよ」

「パトリシア様、この子はお知り合いで?」

 青年衛士がラクレスのボサボサ頭を指差す。彼の仕事は町に不審な人物が進入しないようチェックすることにある。この質問は職務上必要不可欠といえた。

「ええ、うちで預かることになったの」

「おれラクレス!よろしくな!」

「ああ、こちらこそ」

 名門のマクドーガル家が身元引受人なら問題ないと、青年衛士は通行を許可してくれた。

「じゃあ行きましょ。ラクレス」

「おう!」

 ラクレスは新たな生活に胸をおどらせながら、パティは野望に胸を焦がしながら、ふたりは城門をくぐったのであった。



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