「パトリシア様お帰りなさい」「お、お嬢ちゃんお帰り!」「パティお姉ちゃんおかえんなさい!」
二人が門をくぐり城下町に入ると、町行く人々がパティを快く出迎えてくれた。
「みんな、ただいまー」
パティもにこやかにそれに答える。どうやら彼女はこの町でかなりの有名人のようだ。
「パティは人気者なんだな」
その様子をぽかんと見ていたラクレスが言う。もともと人間の多いところは慣れていないのか、どこかきょろきょろと落ち着かない。
「あたしのパパって軍人さんなのよ。だから兵士さんたちはへーこらしてくれるの。町の人たちはお友達よ」
こともなげにパティが言う。どうやら彼女の父親はかなり高位の軍人らしい。
その後もいろんな人々と挨拶を交わしたが、何人か「その子は?」とラクレスについて聞いてきた。
その度にパティは「ちょっと親戚の子を預かることになったの」と細かい説明を省いた。
「オレってパティの親戚の子なのか?」
「馬鹿ね、いちいち説明してたらめんどくさいじゃない。『うちのおじいちゃんと同門の人が拾って育てた子を社会勉強のために町につれて来た』って毎回言うの?」
「うう、確かに長い」
長い説明の半分ほどしか理解できずにラクレスが頭を抱える。
「だからあんたは親戚の子でいいの。ほかの誰かに聞かれてもそう答えるのよ」
「おう、わかった」
なぜか自信満々に親指をおったてる。どうやら了解の合図らしい。
住みなれた町を歩くパティは、わき目も振らずすいすいと町並みを行く。
だが、ふと目を離したすきに、斜め40度後方にいたはずのラクレスの姿が見えない。「もう、どこ行っちゃったのよ」
辺りをくるくると見回すと、パン屋の前でよだれをだらだらさせているラクレスの姿を発見した。
「う、うまそう」
「いらっしゃいませー。どのパンになさいます?」
パン屋の売り子の娘がニッコリと語りかける。
「オウ!これとこれと、そんでもって……」
「ちょっと、何恥ずかしいことしてんのよ!」
ラクレスが10個目のパンを指差したちょうどそのとき、後ろから恥ずかしそうにパティが声をかけた。
「オレ、師匠に一回食わしてもらったことある!これうまい!」
「馬鹿なことしてないで、さっさといくわよ!」
といいながらラクレスを引っ張るが、びくともしない。
「もう、うちに帰ったらおなかいっぱい食べさせてあげるから」
「ほんとか」
急に振り返ったせいか、袖をつかんだままのパティが遠心力でずっこけそうになる。
「ホ、ホントよ。だから来なさい」
「わかった!」
悔しそうに指を鳴らす売り子を後にし、さあ行こうやれ行こうとはしゃぐラクレスに引っ張られる形で市民たちの住む区域をこえていくと、やたらと大きい屋敷が立ち並ぶ高級住宅街へとやってきた。
貴族たちや大商人の住む通称富裕街《リッチメンズストリート》である。
ラクレスは見たことの無いような建造物(もっとも、山奥から見ればなんでも新鮮だが)に目を丸くしていた。
その《富裕街》の目抜き通りの正面、つまり最も見晴らしのいい場所にマクドーガル邸はあった。
本館は白大理石作りの3階建て。木造平屋の別館は道場になっているようだ。
立派過ぎる門の前に立つと、パティはごんごんごんと錠前を鳴らした。
「これがうちの家族の合図なの。短く3回鳴らしたら身内が帰って来たって事。あんたも覚えなさい」
「おう。3回だな」
「あ、ちょっと……」
さっそく試すラクレス。パティがとめるのも間に合わず、
ドン!ッドン!ッバキ!
さすが豪勢な門だ。初弾と第二撃までは何とか耐えたが、最後の一撃でその抵抗も無残に打ち破られてしまったのだった。
「お?」
「あーあ、やっちゃった」
なかばこの結果を予測していたのか、パティがあきらめた感じで額を押さえる。
当のラクレスは力加減がわからないのか、自分の腕を見つめている。すると、
ダダダ!バタ!
と派手な音が鳴り、つづいて
ドカッ!
門の残骸をどかす音が聞こえた。
「はあはあ、いったいなにが?はっ!お、お帰りなさいませ。お嬢様!」
すると中から30前くらいのメイド服姿の女性が出てきた。
だが、蜂蜜色の髪はばさばさに乱れ、服も土ぼこりまみれだ。どうやらさっきのけたたましい騒ぎは走ってきてすっ転んだためらしい。
「ご無事ですか?お怪我はございませんか?マーサは心配で心配で……」
マーサと名乗ったメイドは切れ長の目をきつい印象に変えているメガネをはずして、目頭にハンカチを当て始めた。どうやら本気で心配していたらしい。
「もうマーサったら、いつも心配性なんだから。あたしはもう子供じゃないんだからね」
「いいえ、お嬢様は世間の怖さをまだまだ知りません。ちまたには怖い人がいっぱいなのですよ。ところで……」
マーサが目線を下方向に傾ける。ラクレスが何者かをたずねているらしい。それに気づいたのか、
「オレはパティの親戚の子だ!」
とラクレスは先ほどパティが教えたとおりに答えた。我ながら良くできたと自信たっぷりでいると、
「ちょっと、うちではいいのよ。身内にうそついてどーすんのよ」
「?いいのか?」
頭の上に?マークを並べてラクレスがうずくまる。所詮この程度の知力しかないらしい。
「まあ詳しい話は後でお聞きします。それよりお疲れでしょう?ささ、中へ……」
たった今破壊された門をくぐり中へ入と、広すぎる庭を竹ぼうきだけで掃除している二人の少女の姿があった。二人ともマーサと同じメイド姿である。
そのうち、背の小さいほう(ラクレスと同じ位)がパティ達に気づいたらしく、
「あ、パティ様!おかえんなサーイ!」
元気良くほうきと左右に束ねた亜麻色の髪(キャンディキャOディのよう)を振って出迎える。
「パトリシア様、お帰りなさい」
背の高いほう(パティと同じ位)はいたって冷静にお辞儀をした。こちらも同じく亜麻色の髪を後ろでくくっている。
「元気そうね、モイラ。ただいま、ミーシャ」
モイラと呼ばれた少女は12、3才くらい、ミーシャのほうは15くらいか。
「おす!」
ラクレスが負けじと元気に右手をあげる。
「はじめまして!」「失礼ですがパティ様のお知り合いで?」
ラクレスに対する態度も対照的だ。
「こいつはラクレス。くわしい話は後でするけど、今日からうちで預かるの」
「二人とも、だんな様にお知らせして。お嬢様のお帰りを首を長くしてお待ちになっていらしたから」
「はーい!」「わかりました」
おのおの返事をしながら、二人は屋敷の中へ引っ込んでいった。
「パパが帰ってるの?」
「ええ、昨晩遅くに。だんな様が到着したらあっという間に紛争に決着がついたそうですよ。お坊ちゃまもご無事です」
パティの弟のジェスも従卒として(身の回りの世話をするらしい)父親のジオについていっているのだ。
「そう。よかった。でもパパっていつも何しに行ってるの。遠征とか行ってもすぐ帰ってくるじゃない」
「さあ、お仕事の内容までは私もちょっと。きっと後ろでドンと構えてらっしゃるのでしょう」
そんな話をしながら庭を進むと、屋敷から屈強な体格の男がどたどたとけたたましく現れた。
「パティー!パパは心配したぞぅ」
短く刈り込んだ髪と不精ヒゲ、どうやら彼が父親のジオらしい。その太い腕でガシィっと肩をつかまれるパティ。涙を流しながらひげ面をすりすりしてくる。
「た、ただいま、パパ。おひげが痛いわ」
「おお、すまん」
やっと父娘のあつい抱擁からパティを開放し、パティより15センチ以上高い位置の視点を、パティより15センチほど低い位置に向けると、見慣れない薄ぎたないガキンチョがこっちを見上げている(身長差30センチ!まさに大人と子供である)。
勤めて平静を装いながら、
「パティ、この子は?」
「ああ、紹介するわ。こいつは……」
「オッス!」
右手を上げるラクレス。次の瞬間、ジオの脳裏にある連想が浮かんだ。
『娘が男を連れてきた』→
『お父さん娘さんをぼくにください』→
『断固拒否』→
『即時抹殺』
「死ねぃ!」
裂帛の気合と共に、どこからか取り出した大剣『グレートソード』を振り下ろす!
身の丈を超える刀身を持つそれが、ラクレスの頭上に振り下ろされる。パティに見えたのはそこまでだった。
ガキィン!
金属と金属がぶつかり合う甲高い音と火花が回りに飛び散る。さらに二人を中心に突風が発生し(剣先が音速を超えたようだ)それに巻き上げられた土煙がもうもうと立ち込めた。
土煙がある程度収まると、先ほどまでラクレスとジオがいた場所がすり鉢状にへこみ、その中心に大剣を振り下ろしたままのジオと、トールハンマーで受け止めた姿勢のラクレスが見えた。
「80キロの大剣、よくぞ受け止めた」
感心の言葉をジオが漏らす。(ゴOジャスアイリン並?)
「い、いやあ」
ラクレスは冷や汗を流しながら耐えていた。いつもならここでぽりぽりと頭をかくのが彼の癖なのだが、今回はその余裕はなさそうだ。
この不利な体制のままではいずれ……って
「っなにやってんのよパパ!」
たまらず突っ込みを入れるパティ。
「は!ついうっかり」
あんたはついうっかりで人を切り殺すのかい……パティはその突っ込みの言葉を飲みこんだ。どうやら父もまともな人間ではないらしい。いまさらながら思うパティであった。
「前途は多難ね……」
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