五力伝
Five Force Story
第9話
野望と書いて夢と読む4

『パブリックランド』首都『ランスロウ』

 大陸でも有数の巨大国家だけに、その首都ともなれば人も物も十分に集まる。

 その活気あふれる商店街を、パティとジェスのマクドーガル姉弟、モイラとミーシャのメイド姉妹、そして荷物の塊が歩いていた。

「さて、次は仕立て屋さんに行って新しいマントを……」

「まだ買うのかぁ?」

 パティの提案に荷物の塊が不満げな声をあげる。

「なに言ってるのよ、旅に必要な装備は十分に整えないと。いざという時に困るんだからね」

「うう、そうか」

「それにこれも修行の内よ」

「む」

 その言葉に敏感に反応する荷物の塊――もちろんラクレスの事だ。

「わかった」

 さっきからこの調子である。自分が体のいい荷物持ちにされているとも知らず(気づかず?)、手に10ほどの箱や紙袋、頭の上にも五つほどの買い物荷物を乗せてバランス良く歩いているのはさすがである。

 もちろんメイドのモイラやミーシャは手伝うと言ってきたが、パティがさっきのように言いくるめておいたので「これも修行の内だ!」と自分から断ってしまっている。

「ところでパティ様、旅支度なんかなさって、一体どこへ行くつもりなんですか?」

 左右に束ねた亜麻色の髪をフルフルと揺らしながらモイラが聞いてくる。

「ふっふっふ、備えあれば憂い無しよ」

「要するにまだ決まっていないんですね」

「うぅ……」

 無表情のまま冷たい突っ込みを入れるミーシャ。モイラと同じ亜麻色の髪を後ろでひとつに束ねている。ちなみにこの二人、実の姉妹だったりする。

「もう、お姉ちゃん言いすぎよ。きっとパティ様にはふかぁい考えがあるのよ。ねえ〜」

 と無邪気な笑顔を見せるモイラ。一応パティにもいろいろと計画があったが、それは決して人様に話せるような内容ではなかった。

「ハハ、勝手にいなくなったら、また父さんが心配するよ?」

「いいのよ、見つからないようにこっそり行けば。ジェス、パパに告げ口しちゃダメよ」

 買い物かごを下げたまま、器用に肩をすくめるジェス。

「わかってるって。まあラクレス君も一緒なら心配要らないよね?」

「おう!まかせとけ!」

 こちらも器用に返事をする。全身の荷物のバランスが崩れないようにそっとだが。

 そんなこんなしている内に、お目当ての仕立て屋の前についた。

 だがその向かい側、通りの端に小さな人だかりが出来ている。大道芸でもしているのだろうかと思ったが、

「貴様、そこへ直れ!」「おやめください〜」

 なにやら様子が変だ。

「ちょっとすいませんっと」

 野次馬を少しかき分けると、中心に一組の男女と、その二人に攻められる形で一人の少女が見えた。

「あの子、人魔《アゼル》ね」

 人魔とは、獣達がフォースワールドの力を受けて進化した姿を獣魔《アザ−》とするならば、人魔は人が進化した姿と言われている。

 実際普通の人間には無い特殊な能力を持った者が多く、伝説によると《力を求めた民》の末裔、つまり、かつてはこの世界を支配していた存在と呼ばれるものなのだ。

 だが現在では、人魔達は人間に比べて遥かに小数であり、自分達の国で細々と暮らしているのだ。まれに比較的人間に近い種族がこっちの世界で暮らしている程度である(日本における外国人程度と思ってもらいたい)。

「たぶん森妖精《エルフ》じゃないかしら。森に住んでるもんだと思ってたけど」

 エルフは森で自然と共に暮らす美しい人魔で、透き通るような白い肌にしなやかな身のこなし、金髪もしくは銀髪でとがった耳が特徴である。

 伝説では長命である(1000年生きるとさえ言われている)とされるが、実際のところ人間より少し長生きな程度らしい。

 そのエルフ少女を取り囲んでいるやつらは、

「このエルフ風情が、高貴なる私に下賎な草花を売りつけるだとぉ!身のほど知らずがぁ!」

 なんとも傲慢な台詞を口走っているのは、20代前半ぐらいの身なりの良い若者である。なかなかの美形で、豪奢な金髪をかき乱すしぐさも様になっている。

 その貴族めいた若者が、薬草売りのエルフ少女になにやらいちゃもんをつけているようである

「まぁまぁ、エゼルバート様、その辺で許してあげたらどうです?」

 必死でなだめているのは、黒色の髪を短くまとめ、メイド服を着た20代前後の女性だった。

「ラリッサ、貴様いつから私に命令できるほどえらくなった?」

「いえぇ!決してそのような事は……」

 言いながら男は指を開いたり閉じたりといった動作を繰り返す、それを見た女は顔をゆがめた――明らかな恐怖の表情に。

「激痛《ペイン》」

 金髪の男――エゼルバート・グランシャスが無造作に《力ある言葉》を放つ。

「ヒイイィィィッ!」

 突然地面にのた打ち回る黒色の髪の女――ラリッサ。

「私は今機嫌が悪い、余計な口出しはするな」

 エゼルバートが吐き捨てるようにつぶやく。そこへ……

「なぁにむちゃくちゃやってんのよ!」


 ゴチィ!


「ぐはぁ!」

 崩れ落ちるエゼルバート。今のやりとりを見てパティが反射的に放った紙袋が、エゼルバートのテンプルにいい角度で入ったのだ。

「くうぅ、かなり痛いぞ。いったいだれだ?」

「ふん!小さい子を泣かしたり、メイドさんをいじめたりした罰よ!」

 ちなみに中身は登山用のザイル一式でかなり重い。一体どこにどこに行くつもりなのだろう?

 しばらく頭を押さえていたエゼルバートだが、パティの姿を認めた瞬間、

「おお!我が麗しのパティではないか。会いたかったぞ」

「あたしは会いたくなかったわ……」

「ふふふ、照れるでない」

 微妙にかみ合わない会話を交わす2人。どうやら知り合いらしい。

「パティの友達か?」

「ステディと言ってくれたまえ」

 金髪を掻き揚げながらエゼルバートが優雅に応える。

「ちがうわよ!」

 すかさず突っ込むパティ。そうとう嫌らしい。

「こいつは一応、魔術学園の先輩なの。階層《レベル》だけは高いんだけど、激痛《ペイン》とかの悪趣味な魔術しか覚えないの」

「悪趣味とは聞き捨てならんな」

 得意魔術を『悪趣味』呼ばわりされた事がプライドを傷つけたらしい。

「私の格調高い死霊魔術《ネクロマンシー》を捕まえて悪趣味などと。我がフィアンセで無ければ呪い殺しているところだ」

「だからフィアンセでもないって!あんた言葉通じてる?」

 二人のやり取りについて行けないラクレスは、その間にラリッサとエルフの少女を助け起こしていた。

「パティ。もういいか?」

「そうね、こいつにかかわってる暇は無いのよ」

 自分から首を突っ込んだ割に、あっさりと立ち去ろうとするパティ。

「そんな寂しい事を言わないでおくれパティ。私は君を助けようとあの呪聖山《カースホーリー山》に登ってきたのだぞ?一足違いだったが……」

『そんな事誰も頼んでない』とパティが叫ぼうとしたとき、一瞬早くラクレスが、

「お前、山に登ったのか?ジっちゃんは元気だったか?」

 そのとき、エゼルバートは始めてラクレスの存在に気づいたようにラクレスを見下ろす(180センチ近くある彼から見ればまさに見下ろすのである)

「ときにパティ、このガキンチョは?」

「おう!オレラクレス!」

 いつも通り元気良くラクレスが応える。

 だが、その一言によってエゼルバートは瞬時に次のような連想を働かせた。


『命からがら頂上にたどり着いた』→

『パティはもう帰ったと変なじいさんに言われた』→

『ラクレスとかいう奴と一緒だと聞いた』→

『他の男がパティと共に実家にあいさつ』→

『断固拒否』→

『即時抹殺』


「貴様ぁ!そこへ直れ!成敗してくれる!」

 突如激昂したエゼルバートにちょっとびっくりしたものの、

「勝負か?オウ!いくらでも受けるぞ!」

 と喜ぶラクレス。

「パティ、ちょっとこれ持っててくれ」

「え?ちょ、ちょっとまってよ、きゃあぁぁ!」

 戦闘に邪魔なので、全身の荷物をいっぺんにパティに渡すラクレス。総重量が20キロを超えるものなので(ラクレスにとっては在って無いような重さだが、一応?普通の女の子であるパティにとってはかなりの重量なのである)パティは危うくすっ転びそうになった。

「よっと、大丈夫?姉さん」

 弟のジェスに支えられながら、片や肉体派変人、片や知性派変人のすさまじい?対決を(しょうがないな)と半ばあきらめに似た気持ちで見守るパティだった。


 

 

 対決は意外に長引いた。

 なぜならば、今にも飛びかかろうとしたラクレスに、エゼルバートが

「少し待て!いいか、逃げるなよ!」

 と言いつけて走り去っていったからである。

 五分ほど待って、

「ねえラクレス、もう帰らない?」

 とパティが切り出した。はっきり言って時間の無駄と感じたのだ。ちなみにミーシャとモイラは先に帰らした。晩御飯のしたくをしてもらうためである。

「いや、男がいったん受けた勝負だ」

 その場で仁王立ちして待ちつづけるラクレス。見物人達も、エゼルバートが逃げたものと決めつけ、早々と立ち去り始めた。

 しかし、エゼルバートの去った方角から、世にも恐ろしい地響きが聞こえてくると、彼らは判断を誤ったと思い知る事になる。

 それは人の形をしていた。身長が10メートルほどある事、全身が舗装された石畳のように敷き詰められたレンガで出来ている事、上半身が異様に大きく(両手が地に付くほど長い)頭に当たる部分に豪華な椅子が据え付けられ、そこにエゼルバートがご満悦と言った表情で座っている事を除けばだが。

 その巨大石人がズシンズシンとこちらに向かってきたときには、さすがのパティもびびった。

「はーっはっは!見たか!この《グランシャス・グローリー》の勇姿を!巨額の資材を投げ打って開発した石巨人《ストーンゴーレム》の前には、貴様などアリンコ以下よ!」

 石巨人の上で早くも勝ち誇るエゼルバート。遠巻きに見ていた野次馬達も、その距離を20メートルほど広げた(逃げないあたりが良い根性をしている)。

「ちょっ、ちょっと、いくらなんでもやばいんじゃない?」

 さすがにうろたえるパティ。石巨人と言えば攻城戦にも使われるいわば軍事兵器である。そんなブッそうなものを個人で保有しているとは。グランシャス家、恐るべし。

「それを決めるのはラクレス君さ。どうする?」

 いつもと同じすまし顔でジェスが言う。彼が慌てたり焦ったりするのをパティはここ最近見ていない気がする。

「漢がいったん受けた勝負!逃げる道など漢の理に無い!」

 高らかに宣言し、『覇の構え』をとるラクレス。堂々としたその背中は、150センチの身長からは想像もつかないほど大きく見えた。

「見上げた度胸だ。だが、度が過ぎるとただの愚か者よ!やれっ、グローリー」

 数10t、いや、100tを越えるであろうその巨体から繰り出される攻撃はどれも必殺の威力を秘めている。エゼルバートの命令により、おもむろに右腕を振り上げる巨人。

「ぺらぺらに伸ばして玄関の敷物にしてくれるわ!」

 思いきり反動をつけた右腕が体重50キロの人間に振り下ろされた!


 ズッッッッドォォォォォォォン!


 町の迷惑省みずに振り下ろされた太腕は、石畳の地面を大きく陥没させ、下の地肌をさらけ出しながら深々とめり込んでいた。

「はぁーっはっはっは!つぶれたぞ!ぺしゃんこだ!」

 豪奢な金髪を振乱しながら勝利に酔いしれるエゼルバート。その惨状を見てさすがにパティも青くなった。

「よ、避けたわよね?そうよ、いつも通り目にも止まらぬ早業で……(ハットOくん風)」

 自分に言い聞かせるような呟きをもらすパティ。だが、隣りのジェスは涼しい声で一言、

「いや、あたっちゃったよ」

「ええぇ!?」

「間違い無いよ。ラクレス君はあの太い腕の下敷きだよ」

 とんでもないことを平然と言われて、パティは事態を飲みこむのにしばらくかかった。

 まわりの野次馬達からも「ひ、ひでえ」「やり過ぎだよ」「なに考えてんだ?」といった抗議の声が上がるが、

「フ、戦いとは非情なものだ。あんなちびガキ相手にも全力を尽くさねばならんとは。だがこの世は勝者こそが正義なのだ」

 とまるで聞く耳を持たない。

 勝ち誇るエゼルバートを見上げるしかないパティ。しかしそのとき、

「ん?なんだ?」


 ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴ、ギリギリギリギリギリ!


「こ、これはっ!」

 足元の異変に気づくエゼルバート。パティも良く目を凝らしてみると、


 グ、ググググググゥ!


 石巨人の腕下の地面がぐらぐらと揺らぎはじめているではないか!さらには、


「覇ァァァァァァァァァァァァ!」


 力強い息遣い。パティにはこれが気功術の呼吸法であることがわかった。それが聞こえるという事は……!

「ば、ばかな!そんな、非常識な!」

「うん、さすがだね」

 驚愕と感嘆の視線の中、徐々に押し上げられていく巨人の腕。無論その下にいるのは!

「ラクレス!」

「……勝った奴が正義なら、やっぱり俺が正義だな!」

 なんと!100tの巨人に思いきりぶったたかれながら、ラクレスは生きていた。いや、あまつさえ受けとめてさえいる。

 つまりこういうことだ。ラクレス本人はちゃんと受けとめていたが、それを支える地面の方が耐えきれなかっただけなのである。

「いつまで乗っかってるんだよ!」

 気合一閃!収縮しきった全身の筋肉を一気に膨張させ、超絶的な破壊力を持った左拳を突き出す。

「天覇!明星打ち!」

 そう!この時までラクレスは右腕一本で巨人の腕を支えていたのだ。天覇活殺『覇の構え』の基本、『右で受け、左で仕留める』をしっかり守っていたのである。


 グアッシャアァァン!


 とてつもなく硬いものを超スピードでレンガの壁にたたきつけたらこんな音がするのだろうか。とにかくそんな派手な音が街中に響き渡る。そして、


 ピシィッ!ピシピシピシ!パキュン!


 右腕にみるみる亀裂が走り、それが胸に達したあたりで、グランシャス・グローリーの巨体は崩壊を始めた。

「なにい魔術フレームが破壊されたというのか?バカな!たった一撃で……」

 エゼルバートの驚愕をよそに、石巨人の崩壊はとどまるところを知らず、ついに人の形を維持でき無くなり、


 ドンガラガッシャァァァン!


 無残に地面に崩れ落ちることとなった。

「エゼルバート様!?」

 メイドのラリッサが主人の窮地に駆けつける。もうもうと立ちこめる土煙によってよく見えないが、あのままだと十メートルの高さから地面にバンジーだろう。

「なんだ、もう終わりか。結構もろいな」

 大破壊をもたらしながらも平然としているラクレス。魔術の心得のあるパティには何が起こったのかおおよそ理解できた。

 魔術フレームとは、ゴーレムなどの本来命を持たぬ物質内に、魔術によって擬似的に作られた骨組である。フォースワールド第四階層に位置する高等魔術で、これによってただの石の塊が巨人となって術者に従うのだ。

 フレームの強度は術者の魔力によるが、もともとが高等魔術なのでただの石とは比べ物にならないはずである。

 特にフレームの核となる部分はダイヤモンドのように固く(硬度10、悪O将軍並)人間がグーで殴ったくらいで壊れる代物ではないはずなのだが……

「チイ、バケモノめぇ、覚えておれ」

 10メートルの高さから地面にたたきつけられたはずだが、ほとんど無傷でエゼルバートが吐き捨てる。その下には、自分の身を投げ出して主人のクッションになった哀れなラリッサの姿が。

「さらばだ、愛しのパティ!また会おう!いつまでノシイカになっているラリッサ。来い!」

「は、は〜い」

 ぺらぺらになりながら逃げ去るエゼルバートに引きずられるラリッサ。こういう愛の形もアリかとラリッサに同情を禁じえないパティであった。


 

 

 戦い終って、見物人達から「す、すげえもんみしてもらったぜ!」「あんた最高だ!」「見たかエセ貴族め!」などといった絶賛を受けて、ラクレスが「いやあ」と後頭部をぽりぽりとかき、騒動がある程度収まってから、

「終わったみたいだし、帰ろうか?今日は肉じゃがだよ」

「お!それうまそうだな」

 やはり涼しげな顔なジェスと名前だけでうまそうだと判断してしまうラクレス。ついさっき行った死闘のこともまるで無かった事のようだ。

「あ、あんたねえ、あんなのに殴られて何とも無いの?それよりどーして避けなかったのよ、あんたスピードがあるんだから難なく避けれたんじゃないの?」

 先ほどから思っていた疑問をパティが口にする。それをまるで待ってましたとばかりに人差し指をおったて、

「あいつが逃げるなよって言ったからな」

 誇らしげに語るラクレス。あきれてガックシとうなだれてから、

「ちょっと、そんな事真にうけてたの?バカじゃないの!」

「漢の約束だね、ラクレス君」

「ああ、その通りだ」

 ジェスの聞きなれない言葉に?マークを掲げるパティ。

「なによ、それ」

「『漢の約束は命より重いもの。約束も守れない者が一体何を守れるのか』これが漢の理なんだって。だから簡単な口約束でも破っちゃいっておじいちゃんが言ってたよ。姉さんは女だから教えてもらってないみたいだけど」

「フ〜ン、まあいいわ。あたしにはかんけーないし」

 どちらかというと、教えてもらっていないので無く面倒なので稽古をつけてもらわなかった事が原因のように思うが、どちらにしろ現実主義者の彼女にとってはどうでも良い事だった。

 そこへ、

「あの……助けてくれてありがとう……」

 三人のやり取りに入りにくそうに、蚊の鳴くような声が聞こえてきた。

「ン?お前、さっきの奴」

「あの……これ、お礼に」

 エルフの少女が差し出したのは、手のひらサイズの薬草の束だった。

「これ、くれるのか?もらえるもんならもらっとくぞ」

 恥かしそうにこくんとうなずく少女。どうやらかなり人見知りするタイプらしい。

「これって、どんな効果があるの?」

 魔術師としての興味が働いたのと、単に役に立つアイテムか判別するために聞いてみる。

「これはザメ葉という薬草で、かみ締めると気付け薬になるんです。夜勉強したり、寝ずの見張り番をするときなんかに大人は一枚、子供は半分を噛むんです」

「フーン、結構使えそうね」

「それじゃ、失礼します。本当にありがとうございました」

 説明をするだけして、エルフの少女は足早に去っていった。

「まあもらえるもんは貰ったし、帰るわよ。ふたりとも」

 かなり現金な会話をしながら、ようやく長い買い物は終わりを告げようとしていた。


 

 

「ふう、今日はなんか疲れたわ」

 家に戻って夕食を終え、一日の疲れをお風呂で癒す最高の一時。

 ちなみにマクドーガル家の風呂はヒノキ作りのかなり大きな湯船で、そこらの宿屋の風呂桶とは格段の差があった。その大きな湯船に肩までつかりながら、

「さて、あいつの使い道を考えないと」

 あいつとはもちろんラクレスの事である。ここ数日パティはラクレスの超常的能力を使って、どうやって一山当てるかばかり考えていた。

 いくつか例をあげると、


  • 武道大会(天下O武道会風)……もっともオーソドックスな方法。合法的に賞金を稼ぐことが出来る。ただし、ランスロウで行なわれる大会はあと半年後である。

  • 傭兵部隊(エリアO8風)……手っ取り早く契約金と戦場での稼ぎが見込める。寝ぼけているあいだにサインさせるとグー。ただしその方法だと後でリベンジされる恐れあり。

  • 街の掃除屋(シティーハOター風)……法でさばけぬ街のゴミどもを掃除するスイーパーと美人助手。ラクレスに限っては美人の依頼しか受けないという事はないだろう。ただし、途中から何でも屋になる可能性あり。

  • 殺し屋(ゴルゴO3風)……依頼人が真実を話しさえすればそのイデオロギーに限らず仕事を受け、ターゲットを必ずしとめる。もし裏切った場合には死の報復が待っている。依頼料はスOス銀行に3000万ほど。ただし、ラクレスは「食わない生き物はむやみに殺さない」と言っているのでこれは難しい。

  • 賞金稼ぎ(ブラックキャッO風)……罪人を捕らえて賭けられた賞金をいただくある意味まっとうな商売。最近は死んだ振りをして組織を抜けるのが流行りらしい。ただし、大口の賞金首を探して街から街へ旅歩く事になるだろう。


「さあどれにしようかしら」

 などとさまざまな方法を考えながら(さていくつわかったかな?)2番辺りがラクで良いなと考えていると、

「ようパティ、湯加減はどうだ?」

 肩にタオルをかついだだけの姿で(そう、風呂に入るのだから全裸だ!)ラクレスがなんの問題もなさそうに風呂場に入ってきた。ぶらぶらと。

「な、な、なによあんた!乙女が入浴中なのよ!?」

 さすがにうろたえるパティ。だがしかし、驚きはなおも続いた。

「そうだ!けしからんぞ貴様ぁ!パティの入浴中に堂々と入るなど、恥をしれい!」

 とつじょ父ジオの声が響いたかと思うと、浴室の壁がくるりとひっくり返り(そんな仕掛けがあったとは、今の今まで知らなかった)その筋骨隆々とした巨体が現われた。

「パティ。不逞のやからは今パパが始末してあげるからね」

「お、やるのか?いいぞ!」

 こんな状況でも手合わせできるのが嬉しいのか、しっかりと『覇の構え』を取るラクレス(もちろん、ぶらんとだ)二人の男の間に火花が散る。浴室の湯気が渦を巻きそうなほどに凝縮した殺気がぶつかり合い、ただでさえ暑い室温をさらに急上昇させていた。

 勝負は一瞬で決まる。二人はそう認識していた。

 しかし、その一瞬をのんびり待ってやるほど、今の彼女は寛大ではなかった。

「2人とも……」

 両手に魔力が集中し、湯気がスパークしてプラズマ化する。

「出てけぇぇぇぇぇぇぇ!」


 バリバリバリバリバリ!ピッシャアァァァァァン!


 パティの最大攻撃魔法、雷撃《ライトニング》が炸裂した。完全に不意を疲れた二人は(なまじ相手に集中していたのがいけなかった)もろにその20万ボルトの電撃を食らってしまった。

「ドッギャァァァァァァァ!」

 怪物のような断末魔の悲鳴をあげて、浴室の壁を破壊しながら吹っ飛ぶ二人。

「お嬢様!いかがなさいました?あら」

 今の轟音を聞きつけ、風呂焚きをしていたメイド頭のマーサが真っ先に駆けつけた。黒焦げのアフロになった二人を見付け、やれやれと首をかしげる。

「いかがなさいます。この2人」

「捨てといて」

 こともなげに言い放つパティ。後から駆けつけたミーシャとモイラも手伝って(マクドーガル家の使用人はこの3人。家長であるジオの趣味か、全員女性である)丁重に片付けられた。

「まったくもう」

 ラクレスの無頓着さにも困ったものである。父もなにかとスキンシップをはかりたがるし(ジオいわく「仕事で長く家を空ける事が多いので、娘の成長を確かめておきたい」のだそうだ)。

「年頃の乙女をなんだと思ってるのかしら」

 自分が思いきり制裁を加えた事はとりあえず置いて悪態をつく(常人なら即死ものである)。

「さて、プランを練りなおそっと」

 風呂を上がり、着替えに袖を通しながら、パティはふと先ほどのラクレスを思い出し、少し頬を赤らめつぶやいた。

「ふ、坊やね」



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