五力伝
Five Force Story
第14話
黄金獣を捕獲せよ!5

「まずい事になっちゃったわね……」

 ここはノストラード・ファミリーのアジト。かつて北の大国〈ピースランド〉と紛争状態にあったころ、国境の守備のため建てられたものだ。今は和平を結んで久しいため、放棄されて10年以上経つ。

 その中の、捕虜を収容するために作られた部屋に、パティとラクレスは囚われていた。鉄格子の扉と窓がひとつだけの小部屋である。

「ご丁寧に窓にまで鉄格子付きね。ラクレスならなんでも無いだろうけど……」

 足元に転がるラクレスはいまだクークーとやすらかな夢の世界の住人だ。ここに運びこまれてから二時間以上経つ。驚異的な回復力で腕の出血はもう止まっているが、いっこうに目覚める気配は無い。

 あの後、ノストラードは「このガキはワシのコマとして使えそうだ。なにせ素手でゴールデン・オルクスを倒すほどの達人、そうそうお目にかかれるものではない。小娘、お前は北の〈ピースランド〉に売り飛ばしてくれる」

 そう勝ち誇ったように言い残していった。今ごろは手下達と勝利の美酒に酔いしれているのだろう。

「このッ、起きなさいよ!」

 どすぅ!

 ラクレスに向かってフライング・ボディアタックをかます。狙いたがわず胴体にのっかかったが、まるでこたえた様子は無い。まあ数十メートル先から45度の角度で水底に激突しても平気だったのだから、パティ程度の体重(詳しくはヒ・ミ・ツ)は蚊が刺したほどにも感じないのだろう。

 手足を縛られているため他に有効な打撃手段は無い。

「……もう、これさえなければッ」

 いまいましげに自分の頭にはめられた髪飾りをフルフルするパティ。そう、今の彼女はこの『イバラのティアラ』によって魔法が使えないでいた。このティアラからは精神集中を妨害する魔法の音波のようなものが常に放出されているのだ。

 自身も高位の魔法使いであるノストラードだけに、魔法対策もばっちりである。

 ちなみにこれさえなければ、パティは容赦無くラクレスに攻撃魔法をぶつけていたことだろう。

「起きなさいッ!起きるのよッ!ねえ起きてよ〜、おきてってば!」

 ドスドスと頭突きをかましてみるが、パティの頭の方が痛くなってきた。

「うう、頑丈なやつね……あれ?」

 何やらごわごわとした感触を額に感じる。見ると、ラクレスの道着の胸元から、葉っぱのようなものが覗いている。

「これって、もしかしてっ!」

 自由な口を使って、道着をめくる(いろんな意味ではしたない行為だとは思ったが、幸いな事に誰も見ていない)上半身があらわになってちょっとドキっとしたが、その帯に挟みこまれていたものを見てそんな気持ちは吹っ飛んだ。

「これは、『ザメ葉』ねッ!」

 賢明なる読者諸君ならもうお気づきだろう、そう、かつてラクレスが助けたエルフの少女がお礼にくれた『気付け薬』の薬草である。(野望と書いて夢と読む4参照)

「ひょっとしたらこれで目が覚めるかも。さあラクレスッ、この葉っぱを食べるのよッ!って……」

 言ってみて自分がかなり間の抜けた事を言っているのに気づいた。

「起きてなきゃ食べないじゃない!」

 当たり前である。

「……し、しょうがないわねぇ」

 ここからの行動には多少勇気というか、思い切りが必要だった。

「他に方法が無いから、仕方ないのよ」

 そう自分に言い訳しつつ、パティはその可憐な唇で、ザメ葉をくわえた。

「はは、はへははひ!(さあ、食べなさい)」

 葉っぱをくわえているためきわめて不明瞭な発音で命じながら、ラクレスの口に葉っぱの端をぐりぐりと押しつける。(さながらポッキーゲームのようである)

 しかし、パティの涙ぐましい努力も、しっかりと口を閉じているラクレスには通じない。ふにゃふにゃとザメ葉がまがるだけで、口内にはまるで入らないのだ。

「はひっははへ、ほほははは……(まいったわね、このままじゃ)」

 なんとかラクレスの口の中にザメ葉をねじ込まねばならない。現状でもっとも有効な手段は……

(そ、それしかないの?……)

 自然に頬が赤くなる。少女にとってその方法は、あまりにも過酷なものだった。ポッキーゲームどころではない。しかし、今のところ他に方法が無い事も事実。このままでは北の国に売り飛ばされてしまうのだ。

(背に腹はかえられないか……でも、でも〜)

 なかなか決心がつかないパティ。純真な乙女には色々と心の準備が必要なのだ。

(これは、違うのよ。非常時の緊急措置ってことで……)

 他ならぬ自分自身にいいわけをしながら、ようやくザメ葉を噛み始める。口の中にスキーンとすっきりする味が広がった。

(う、これは効くわね……)

 十分にカミほぐし、そして――



「ハッハッハ、今日は良い日だ」

 そのころ、パティの予測通りノストラード達は、広間で酒宴を開いていた。

「あのガキにオルクスがやられたときにはひやっとしたが、ワシの戦術にかかればたやすいものよ」

 酒も回ってほろ酔い気分のノストラードが、部下達に自慢げに語っている。傷ついたオルクスは、外に鎖でつながれていた。

「さすがですねボス。かつてランスロウにその人ありといわれた将軍だけはあ……」

「その話はするな!」

 浮かれて禁句を口にしたジョンソンを、ギラリとにらみつけるノストラード。なにやら辛い過去らしい。シュンとなるジョンソン。

「まあいい。しかしあのガキ達、一体何者なのだろうな」

 娘の方はそこそこの魔術師だったようだが、所詮は第3階層(レベル)程度だろう。第5階層の魔法を操る彼の敵ではない。

 しかし、小僧の方はすさまじかった。なんとか部下たちにけん制させ、隙を見て『眠霧』で眠らせはしたが、それも小僧が娘をかばおうとしたからだ。

 まともに正面から魔法を放っても、あのすさまじい動きをとらえることはおそらく出来はしないだろう。

 素手でゴールデン・オルクスを倒せる人間など、称号『イニシャル』クラスの術者でも少ない。しかも驚くべき事に、打ち据えられた部下たちは皆命に別状は無かったのだ。

 その気になれば人間の体など、血の詰まったバルーンに過ぎないだろうに。

 かつて彼の部下に、それだけの実力を持ったやつがいたが……

(……いまいましい……)

 他ならぬそいつのせいで、国外追放の身になったことを思いだし、恨みに身を震わせる。

「どれ、尋問でもしてみるか」

 あれこれ推測するのにも飽き、捕虜に直接問いただすため、ノストラードはパティ達のいる牢屋に向かうことにした。

「おい、ボディーガードもかねてアレを持ってこい」

「ヘイ、わかりやした!」

 命じられたジョンソンは、奥の部屋から一抱えもあるつぼを持ってきた。その表情にはおっかなびっくりという言葉が良くにあう。

「フフ、そうおびえんでも良い。ワシが命じん限りはおとなしい、可愛いやつよ」

「へ、へえ……」

 それでもビビリながらつぼを運ぶジョンソンをつれ、牢屋の前までやってくる。

 そこで、恐怖に怯えた少女を想像していたノストラードは、かなり予想外の光景を目にするのだった。



「お、お前ら、何をやッとるんじゃ?」

 ノストラードが間の抜けた問いかけをしてくる。

「み、見たわね……」

 パティは真っ赤になりながら、あわててラクレスから離れた。まあ当初の目的は達成したのだから問題無いのだが、見られたのは手痛いミスだった。

(は、はずかし〜)

 顔から火が出そうになる。よりによって決定的瞬間を目撃されるなんて……

「へっへっへ、最近のガキは進んでやすね」

 ジョンソンが下卑た笑いを浮かべる。まあそう取られても仕方ない光景だったのだが。

「ち、違うのよ!そんなんじゃないんだからッ!」

「へへ、そう全力で否定しちゃ、その坊やもかわいそうじゃあないかい?」

 あわてて弁明するパティだが、頬を真っ赤に染めていては、いかんせん説得力に欠けていた。

「えええい!貴様らがイチャつこうとチューしようとどうでもいいわ!わしの質問に答えろ!」

 ごうを煮やしたのか、それとも照れているのか、こちらも顔を真っ赤にしたノストラードが怒鳴りつける。その声にパティもやっと我にかえり、

「な、なによ。アンタに教える事なんか、なんにも無いんだからッ!」

「ふん、そう来ると思ったわ。そこでこいつの出番よ」

 ノストラードが顎で合図すると、ジョンソンが抱えていたつぼのふたを、恐る恐る開け、地面に置く。

「でてこ〜い!マーティン!」

 ゴト、ゴトゴト、ヌバアァ!

 号令のもと、つぼの中から這い出してきたものは、毒々しい緑色をした気味の悪い物体だった。

 ズルズルとつぼのふちを這い、地面にべチャリと広がる。半ば透き通ったその身体は、向こう側がうっすら見えた。平べったく広がった端から端までざっと2メートル。

 意志を持った液体……そう表現すればこの奇妙な物体を理解してもらえるだろうか?

「ス、スライム……」

 パティが先ほどと正反対の、青い顔をしている。少女が見るにはかなりグロテスクな光景である。

「その通り。しかしただのスライムではないぞ。ワシが手塩にかけて調教したスライム、マーティンだ」

 広がった体が中心にズルズルと集まり、半球の形を取った。その段階で大きさはノストラードの腰くらいまである。まるで子犬がじゃれつくようにすりすりとその腰に寄り添っていた。

「よしよし、腹が空いたか。こいつは好き嫌いの無いやつでな。生き物ならなんでも食うぞ」

 そう言われて、パティは獣魔辞典にのっていたスライムの生態について思い出していた。確か獲物を自分の体の中に取り込んで、少しづつ溶かしていくとか……

「こやつはグルメでな、獲物の服をまず溶かし、それから身を食べるという器用なまねができる」

「おおう!そいつはいい!」

 ジョンソンが一人興奮している。

「じょ、冗談じゃないわ!この変態!」

「威勢がいいのも今のうちよ。丸裸にひんむかれて、じわじわ溶かされながらそんなセリフが吐けるかな?ゆけ!マーティン。そいつを食うことを許可する!」

 ノストラードの許可が下り、うれしそうに?身をふるわせながら、スライム――マーティンは前進を開始した。

 その移動速度は決して速くないが、狭い牢屋の中では逃げ回る事は不可能だった。鉄格子の間をところてんのようにすり抜けながら、一直線にパティを目指す!

「ちょ、ちょっと、いやぁ!来ないで!」

 生理的に感じる恐怖に、思わず悲鳴を上げるパティ。怯える少女に、スライムの魔の手が伸びようとしたそのとき!

「きたぁーー!」

 謎の奇声を発しながら、さっきまで横たわっていたラクレスが飛び起きた。手足を縛っていた縄も、まるで湿ったウエハースのようにたやすく引き千切る。

「なんか口ん中がスース―するぞ!」

 あまりに突然の出来事に、パティ以外は一瞬止まってしまった。

「もう、ようやくお目覚め?」

 ちょっぴり顔が赤くなるのは仕方が無いことだ。熟睡していたラクレスがまったく気づいていない事が救いではある。

「アア、いい朝だ!」

「いい朝ついででなんだけど、このスライムをなんとかしてくんない?それからあの目撃者を始末して」

「食わない生き物はむやみに殺さないぞ」

 パティとしては屈折した照れ隠しなのだが、まじめに答える。そのやり取りをみていたノストラードも、自分たちのことを言われてようやく我に返った。

「バカな!『眠霧』から自力で覚醒することなどありえん!」

 うろたえるノストラードを見て、パティは、

(自力ってワケでもないんだけどね……)

 とこっそり思ったが、ネタをばらすのも面白くないので、

「そうよ!もうアンタの魔法なんか通用しないんだから!」

「なにおう……小娘が、いきがりおって。マーティン!やってしまえ!」

「ラクレス!やっちゃいなさい!」

「オウ!」

 自分の置かれた状況はよくわかっていないが、まずは目の前の敵を倒すこと。ラクレスはそう判断した。

「こいつを倒したら、次はお前の曲がった根性をまっすぐにしてやるからな!」

 ノストラードに向かって高らかに宣言する。

 かくして、ラクレス対スライム――マーティンの対決が始まった。



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