五力伝
Five Force Story
第15話
黄金獣を捕獲せよ!6

「いくぞ!」

 先手を打ったのはやはりラクレスだった。

 拳術〈アーツ〉天覇活殺『覇の構え』から、強烈なダッシュパンチを放つ『天覇疾風拳』である。

 あまりもの踏み込みスピードに、パティには構えているラクレスの姿が残像となって残っていた。

 パチンッ!

 次の瞬間、コマ送りのようにスライムのいた地点にラクレスが出現した。そしてまわりに飛び散る毒々しい緑。

「許せマーティン……」

 敵を砕いた左拳を見つめながら冥福を祈る。明日は自分が打ち倒され、屍をさらすことになるかもしれないからだ。

「こらー!もーちょっと加減しなさいよッ!」

 ラクレスが倒れた者に哀悼の念を抱いているところに、パティから抗議の声が上げられた。振り返ると、飛び散ったスライムの肉片に囲まれてキャーキャー逃げ惑うパティの姿があった。(手足を縛られたままのため、芋虫のようにしか動けなかったが)

「次はお前だ!」

 ビシィ!とノストラードを鋭く指差す。だが、当の本人はニヤニヤと余裕の笑みを浮かべていた。

「何がおかしい!」

「ラクレス!うしろ!」

 パティの叫びに振り向くと、さっき叩き潰したはずのマーティンが、その毒々しい緑の身体を震わせていた。どうやら飛び散った肉片が寄り集まって、またもとの姿に戻れるらしい。

「でやぁ!」

 振り向きざまに放つ神速の回し蹴り、『天覇旋風脚』が再びスライムの身体を四散させる。

「きゃあぁー!気持ち悪いー!」

 今度はその破片がパティの服にいくつかへばりついてしまった。しかし、事態はそれだけにとどまらない。

「な、なに?なんかシュウシュウいってるんだけど……」

 そう、彼女の服に所々へばりついたスライムの肉片から、もうもうと煙が立ちこめているのだ。

「ふははは!言ったであろう。マーティンは獲物を溶かして食うのだと!」

「ええー!?」

 ということは、パティは今まさにスライムの養分となろうとしているのだろうか。

 しかし、その心配は徒労に終わった。彼女の服にかかった肉片はごく少量で、身体までは浸透せずに消えてしまったのである。だがほっとしたのもつかの間、

「おおう!こいつはすげえや」

 ジョンソンが目を見開いていることからもおわかりの通り、

「み、見るなぁー!」

 身体までは達しなかったスライムの効果も、服だけはきっちりとの仕事を果たしたと言えよう。

 パティのまとっていた黒のタイトスカートと上着は、見るも無残に穴だらけになっていた。その穴から胸元やおへそのあたりまで丸見えのかなりきわどい格好である。

「クウ〜、見えそで見えねえ。このチラリズムがたまらんでやす〜!」

「このヘンタイッ!もーこの服高かったのにィ!」

 なんとか露出部分を隠そうともじもじしてみるが、いかんせん手足を縛られたままなので、逆にジョンソンを喜ばす結果となりそうである。

 パティがそういった危機的状況?を迎えている中、ラクレスもマーティンの再生力に手を焼いていた。なんせ彼の打撃攻撃がまったくと言っていいほど通じないのである。

「チ、キリがないな……」

「それはどうかな?」

 ノストラードが不敵な笑みをうかべる。何故ならば、彼のマーティンには奥の手があったからだ!

「ゆけ!マーティン!奴を包みこめい!」

 主の命令を受けると、それまでぶよぶよと緩慢な動作をしていたマーティンの破片が、一斉にラクレスを中心にして集まりだした!

「しまった!?」

 さきほどの『天覇旋風脚』でこなごなにしてしまったのが裏目に出た。四方八方から襲い来るスライムをかわしきれずに、少しずつスライムに包まれていくラクレス。

「ラクレスッ!」

 パティの叫びもむなしく、全身をスライムに包みこまれてしまうラクレス。周りに緑色の半透明な膜が出来たように見える。完全に密閉されてしまっているため、コレでは呼吸すらままなるまい。

(もー!魔法さえ使えたら、あんなスライムなんか一発なのに!こんな事なら、最初にこのティアラを取ってもらうんだったわ……)

 自分の失策に悪態をつきながら、パティはなんとか打開策を練っていた。早くしなくては、スライム内のラクレスがほね骨ロックになってしまう。(ああなつかしのポンOッキ)

 そうこうしている間に、ラクレスの服がぐずぐずと溶け出した。中からなんとか破ろうとしているようだが、自分が拳を突き出した分、スライムもあわせて変形するため、ラクレスからはどうにもならない。

(ク、ちくしょう。まとわりついてはなれねえ!)

「ふははは、どうした小僧。さっきまでの威勢は!ワシを叩きなおすのではなかったのか?」

 勝ち誇ったノストラードの高笑いが響く。まさしく絶体絶命。このままラクレスは破れ、パティは北の国に売り飛ばされてしまうのだろうか?

 そのとき!

 ターンッ!パキンッ!

 一発の銃声『ガン・ショット』が響いた。この場に似つかわしくない金属的な響きが『あるもの』を破壊する。

「な、何事だ!?」

 突然の『銃声』に慌てふためくノストラード。その発生源を探るため振りかえると、牢屋前の通路にもたれかかり、右手の人差し指を立てているたくましい人影を見つけた。

「アンタがゴルティネ・ノストラードかい?」

――空高く駆ける――

「お、お前は一体何者だ!今の術は……」

――天馬の凍てつく吐息よ――

「チッチッチ、俺のことを聞く前に、自分の心配をしたほうがいいんじゃないか?」

――彼方より集いて――

「なんだと?」

――荒れ狂え――

「氷風!〈クール・ウィンド〉」

 ブワァッ!パキィン!

 突如巻き起こった猛吹雪が、スライムの軟体性の身体をまたたく間に氷の彫像に変えた。

「マーティン!」

 ノストラードの呼びかけにもまったく応答がない。いや、そう思った瞬間、カタカタと緑の彫像が震えだした。

 ピシィッ、ピシピシィッ、

 凍り付いたスライムの全身にひびが生じ、やがて、

 パッキーンッ!

 緑色の破片が弾け飛ぶ。きらきらと光を反射する破片の中から現れたのは、

「おまえの……」

 ほぼ無傷といっていい状態のラクレスだった。

「負けだぁー!」

 ダンッ!

 地面を強烈に蹴りつけ、ノストラードめがけて突貫する。間にある鉄格子など、あってなきがごとし。

「なにいぃぃぃぃ!」

 ガシャアァッ!

「ぐはあぁ……」

 ラクレスの強烈なぶちかましが、鉄格子ごとノストラードに炸裂する。そのあまりのスピードに何ら対抗手段を持たぬ老魔術師は、壁に叩き付けられたうえ、鉄格子でちょうどフタをされる形になり、さながら昆虫標本のように壁に貼り付けられた。(ちなみに、ジョンソンも鉄格子の巻き添えを食って、ノストラードの下に貼り付けになっている)

「思い知ったか。これでちっとはまっすぐになったろう」

 確かにラクレスの言うとおり、標本になったノストラードは直立に張り付いているので、背筋がまっすぐになってはいるが。

「ふう、なんとかなったわね……ありがと、リョウ」

「どういたしまして」

 リョウと呼ばれた男が軽くウインクを返す。

 薄れゆく意識の中で、やっとノストラードは何が起こったのか理解した。

 まず、リョウがパティにはめられた『イバラのティアラ』を破壊し、呪縛のとけたパティが『氷風』を使ってマーティンを凍らせたのだ。

 そして内側からラクレスがスライムを砕き、思いきり脱出したというわけである。

「…リョウ…貴様があのS『狙撃者』リョウ・サイファーか……」

「イエス!俺も有名になったもんだな」

 パチンと指を鳴らして喜んで見せるS―リョウ。

「S?なんかロトゥールのじっちゃんと同じような名前だな」

「ばか、おじいさまは「G」よ。でも、あのリョウが称号『イニシャル』を持っていたなんて……」

「……あのってのはどういう意味かな?」

 パティが驚くのも無理はない。『称号』とは、パブリックランドが認めた特殊技能を保有する者の名の前につける事を許される、大変名誉ある号なのである。(人間国宝といっても過言ではない)

 本来国王から任命されるが、自分の技能を受け継ぐ者には『称号』を与えて引退する事ができるため、最近では世代交代が進み、国王自ら任命されたものはすくない。

「まあいいさ。今の君になら何を言われても許す!」

 なぜか拳を握り締めながら、感無量といった顔をしてこっちを眺めているS―リョウ。なんでかな?と一瞬考えてから、パティは自分の格好を見直してまたも真っ赤になった。

「くふぅ!このチラリズムが、むしろ見せるよりも俺を昂ぶらせる!」

「バカ!スケベ!ヘンタイ!それじゃあいつらとおんなじじゃない!」

 彼女の服は、逃げるために暴れまくったせいで、すでに胸元の穴とお腹の穴がつながり、かろうじて胸でとまっているだけの超へそだしルックになっていた(レースクイーンさながら)。S―リョウの鼻の下が伸びるのもごく自然なことといえる。

「男は狼なのさ。生きてるかぎりな……」

 よく分からない理屈をこねながら、なぜか哀愁漂う横顔のS―リョウ。

「さてと、話を戻すか。俺が継承してるのはS『狙撃者』の称号さ。狙った獲物は逃がさない、ってわけだ。ノストラードのだんな」

 ピッと人差し指を標本状態のノストラードに向ける。

「……S―リョウ、世界に三人しかいないといわれる銃術『ガン・シュート』の使い手か。それほどの男がなぜここに……」

「銃術って、もしかしてあの『銃術』!?」

 パティが再び驚きの声を漏らす。ラクレスにはさっぱり解らないやり取りが続いてる。

「なんだ?そのガンなんちゃらって」

「あたしも詳しい事は知らないんだけど、『魔術』を指先に集中させて、弾のように打ち出す術だって……」

 パティが知らないのも無理はない。『銃術』は開祖以来の秘伝とされ、その高弟にしか伝授されず、幻の術とされていたからだ。

 昨日の酒場での乱闘で、五人のナイフを同時にたたき折った事からも、そのすさまじさが見て取れる。

「俺が来たのは仕事を受けたからさ。ノストラード、アンタは18年前、このダグザード周辺の守護を任されていた将軍だった」

「…ふ、古い話だ……」

 S―リョウの指摘に、苦虫を噛み潰したように答える。

「だが、アンタは密かに北のピースランドと内通し、ダグザードを売り渡そうとしていた。そこを当時の部下に密告され、国外追放になったってわけだ」

 当時の事を思い出したか、老魔術師の顔が怒りにゆれる。

「そうだとも、あやつめのせいで、ワシは官位も私財もはぎとられ、裸同然で放り出されたのだ!」

「そのあやつめから手紙を預かってるぜ」

 懐から手紙を取り出し、まるで小学生の発表会のように棒読みで読み始める。

「えー、『親愛なる元上官、ノストラード元二等将軍閣下。

 お元気ですか?僕はとっても仕事が忙しいです。最近こちらに戻っていると聞き、ぜひお会いして、昔の話でもしたかったのですが、先ほど言った通り忙しい身なので、代わりに部下に行ってもらうことにしました。ランスロウでお待ちしております。再開の日を楽しみに。

 ジオ・マクドーガルより

 PS 抵抗するとサイファー君に射殺してもらうのでお気をつけて。』

……だそうだ。しっかし、小学生の作文でもまだましなもん書くぜ」

 読み終えた手紙をたたみ、

「まあそういうわけだ。俺はマクドーガル将軍の部下だから、アンタの孫部下ってことになるのかな?」

 またもよくわからない理屈をこねるリョウ。全てを聞き終えたノストラードは、

「…またもあやつめに…覚えておれ……」

 と力なくつぶやき、とうとう気を失った。

「さて、あとはこいつらを保安官につき出せば、任務完了だな。ご協力感謝するぜ、お二人さん」

 妙にニヤつくS―リョウ。その意味深な笑みに、ある事を悟るパティ。

「ま、まさかリョウ……」

「ふふふ、俺はなんにも見てないぜ。どうやってラクレスを起こしたかなんてな」

「……全部見てたのね……」

 真っ赤になりながらも、ギラリとS―リョウを睨み付ける瞳には、殺気立ったものがあった。

「いやあ、なかなかタイミングがつかめなくってね。出ようとしたらあいつらがきたもんだから」

「パパに言いつけてやるんだから!」

 ブスっとほっぺたを膨らましながら、パティは我ながら子どもじみた事を言ってるなと想った瞬間、S―リョウの顔色が変わった。

「……パ、パパって、もしかして……君パトリシアちゃん?」

「そーよ。ジオ・マクドーガルはあたしのパパ」

 いよいよ『狙撃者』の称号を持つ男の顔が青くなっていく。

(ま、まずいことになった……ジオのだんなの娘さんとは……あのおっさん、娘のこととなったら加減しねーからな……)

「は、ははは……そうか〜、大きくなったねー、っははは……」

 世界に三人しかいない『銃術』使いが、乾いた笑いを浮かべながら、ずりずりと後ずさる。

(ほとぼりが冷めるまで、ランスロウには戻れねえな……)

「パ、パティちゃん、どうかこの事はお父様には内密に……じゃあ、俺は保安官をよんでくるからッ!」

 と、情けない捨てぜりふを残して、S―リョウは逃げるように去っていった。

「どうしちゃったのかしら?」

 彼がいったい何におびえていたのかわからないパティは、ただ首をかしげるしかなかった。


「だいじょうぶか?」

 鎖につながれたまま、ぐったりとしているゴールデン・オルクスを抱き起こすラクレス。

 ノストラードが倒されたことによって、オルクスはコントロールから解き放たれているはずだ。

 そう思って探していると、砦の表につながれている美しい獣を見つけたのだった。

「死んでるの?」

「いや、息はある」

 弱々しくだが、胸は上下運動を繰り返している。

「よし、やってみるか」

 そう言うと、ラクレスは戦う相手もいないのに、『気功術』の呼吸を始めた。

「はあぁぁぁ!」

 大きく深く吸い、ゆっくりとはく。達人は、水中に一時間以上潜っていられるという。ラクレスにはそれができた。

 気を十分に練り上げたラクレスは、倒れた獣にそっと手をあてる。

「何をするつもりなの?」

「軟気功だ」

 目を閉じて集中しているラクレス。

「オレが山でケガしたとき、じっちゃんがよくやってくれた」

 そう言いながらも、オルクスに気を送り続けるラクレス。

 軟気功とは、外部から『気』を流し、弱った『気』の流れを活性化させ、回復力を促進する技といわれている。

 パティも噂には聞いていたが、間近で見るのは初めてだった。


 ピクッ

「あ、動いたわよ、この子」

 やがて、意識を取り戻したオルクスは、よろめきながらも立ち上がった。

「もう大丈夫なはずだ」

 少し息を乱しながらラクレスが言う。かなり気力を消耗する技らしい。

『大丈夫?』

 魔術『動物会話』をつかったパティが話し掛けてみる。

『そうか……あいつに……』

 しばし頭を振りながら、記憶の整理をしているように見える。ラクレスに襲い掛かってきた、荒々しい獣とは思えないほど人間臭いしぐさだ。

 そして、何か重大なことに思い当たったのか、突如山奥に向かって駆け出した。

「キャッ!」

 びっくりして尻餅をついてしまうパティ。弱っているとはいえ、ゴールデンオルクスの走行速度は、軽く時速100キロを超えていたのだ。

「つかまれ!追うぞ!」

「え?」

 ぺたんと座っているパティの腰を抱え、ラクレスも負けじと走り出す。

「きいいぃぃやああぁぁ!」

 身長150センチほどのラクレスの脇に抱えられているため、パティの顔はかなり地面に近い位置にあった(しかも後ろ向きである)。

 木々の茂りまくった山道を、100キロのスピードで激走する一人と一匹。一歩間違えば、大木や巨石に激突して、ラクレスは平気でもパティはひとたまりもない。

「おろしてー!死ぬー!もーいやあぁ!」

 だが、超高速おいかけっこも、それほど長くは続かなかった。

「着いたみたいだな」

 谷間の小さな横穴の前に立ちどまり、どさっと荷物のようにパティをおろすラクレス。

「ちょっと!もう少し丁寧に扱いなさいよ!」

 当然抗議の声を上げるが、ラクレスの顔がいつになく真剣なことに気づいて、次の言葉が出なかった。

 無言で横穴の中へ進んでいくラクレス。

「傷ついた獣は、自分がもっとも安らぐ場所へ帰るんだ」

 進んだ先には、

「それって……そういうこと、ね」

 穴の奥にいたのは、年老いたゴールデン・オルクスと、幼いオルクスが三匹。そしてその前に立ちはだかる傷ついた黄金獣。

『帰れ……人間は信用できない』

 パティが言葉の通じる相手と判断したのか、黄金獣は警告を発していた。その瞳には、己の命をかけてでも、母と幼い兄弟を守り通す決意がみなぎっていた。

「パティ、頼みがある」

「わかってるわよ。ゴールデン・オルクスなんていなかった、ただの見間違いだったって保護団体には伝えておくわ」

「ああ、すまねえ」

『……変わった人間だな……』

 パティがその旨を伝えると、やっと黄金獣は警戒を解いた。

『我が父は人間に破れ、その皮をはがされた。我は父に代わり、母と兄弟を守らねばならない。ゆえに、まだおまえ達の糧になることはできない』

 彼は、操られていたとはいえ、ラクレスに負けたことを覚えているようだった。

「あんなのはほんとの勝負じゃない。また怪我が治ってからな」

『ふ、やはりおまえは変わっているな』

 通訳をしているパティには、オルクスが笑ったように見えた。


 そして、再開の約束を交わし、山を降りる。

 もう太陽は西に傾き、空は赤い化粧を始めていた。

「パティ」

「なによ?」

「ありがとな」

 ニカッと思いきり笑って見せるラクレス。

「な、なによいきなり」

 ちょっぴり照れるパティ。

「だってよ、あいつをランスロウに連れてかえらないと、オカネがもらえないんだろ?」

「まあ、それはそうだけど……いいのよ。あたしが、ああしたかったんだから」

「それでもありがとだ」

 嬉しそうに笑うラクレス。

(やっぱり、ラクレスは笑っている方がいいな)

 と安堵してから、

(あ、あたしったら、何ホッとしてんのよ)

 少し戸惑う少女であった。

「でも、その分あんたにはこれからじゃんじゃん稼いでもらうからね!覚悟しなさい!」

「オウ!まかせろ!じゃあいそいでマチにかえるか!」

「そうねってキャアッ!」

 またもパティを担ぎ(今度は頭の上だ。ラクレスなりに丁寧に扱っているらしい)、助走をつけて跳躍するラクレス。

 夕焼け空に、二人が放物線を描く。

 一飛びで数100メートルの距離を跳躍するラクレスのスピードは、時速300キロを上回るが、その分滞空時間も長いので、最高点では目にみえる世界全てが赤く染まったかのような、美しい山並みを眺めることができた。

「……まあこれはこれでいいのかもね」

「なんか言ったか!」

 激しい風圧のため、彼女の呟きは風の中にとけていったようだ。

 自然と微笑みが浮かんでくる。

「ラクレスのバカッて言ったのよ!」

『五力伝−黄金獣を捕獲せよ』 完



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