五力伝
Five Force Story
第16話
冥界の女王1

 かつて、人々は『力在る世界』の住人たちに求めた。

『力が欲しい』と。

 彼らは言った。

『ならば汝らの身を門とせよ。我等の声を受け入れよ。己が求むるままに』

 人々は自らの肉体を門《ゲート》として『力在る世界』との掛け橋となった。

 そして流れ込む溢れるほどの『力』に酔いしれた。

 意のままに炎を燃やし、大地を凍てつかせ、風を呼び嵐を呼んだ。

 それが血塗られた『力の時代』の幕開けでもあった。

『最も強き者』の登場によって『秩序の時代』が訪れたあと、『門』を使う者達は自らに戒めを求めた。

『みだりに『力の扉』を開いてはならない。過ぎたる『力』は人を滅ぼす』と。

 やがて『門使い』たちはその術を選ばれた者達にのみ伝えるようになった。

 二度と『力』におぼれる事なきよう……


 

「それがこの魔術学院《ゲート・スクール》設立の第一歩となったのです。皆さん魔術師《ゲート・ユーザー》として恥ずかしくない知性と教養を身につけ、偉大なる先人たちに向けて……」

 教壇に立つ中年前期の女性が耐えかねたように口をつむぐ。こめかみがぴくぴくしているところからそれはどうやら怒りの感情のようだった。

 ここは首都《ランスロウ》にある国立魔術学院。日夜立派な魔術師になるために才能ある若者達が切磋琢磨する学び舎である。

 その講習室に30名ほど男女があつまり、熱心に『魔術師の起源と歴史』について学習していたのだが……

「(ボソ)パティちゃん、パティちゃん、マンティストル先生じっと見てますよ」

 紅茶色の髪を肩口で切りそろえた少女――アンナが机に突っ伏している級友をつつく。

 机にふしている級友が豊かな黒髪の大人びた印象を持つのに対し、少女はまだあどけなさの残った、言うなれば子供っぽい印象を持っていた。

「……う〜ん、もう少し寝かせて……昨日もラクレスのせいで大変だったのよ……またタダ働きだったし……」

 むにゃむにゃと半分寝たままでパティ――パトリシア・マクドーガルが応える。ひょっとしたらアンナに言っているのではなく、まだ家のベッドで寝ているつもりなのかもしれない。

「(ボソ)でも先生が……」

「ほえ?先生って……」

 ようやく意識がはっきりしたのか、とろけそうな目に、先ほどから彼女を凝視しつづけているマンティストル教師の姿が映った。

 いや、手に持ったチョークに魔力が集中している。これは……!

「飛矢《シュート・アロー》!」

 パティを標的としてロック・オンされたチョークは、鈍い光を放ちながら一直線に向かってくる!

「うわわ!」

 とっさに魔術の教科書でブロックするが、

「あまい!」

 なんと、飛来したチョークは軌道を曲げ、魔術書の上を通り(物理的にありえない動き!)回り込んでパティの後頭部に命中した。

「うう、いったぁ……」

 涙目になるパティ。一部の生徒は「見たか今の」「ああ、あれが狙った獲物は逃さないマンティストル教師の《飛矢》か」「本気で撃てばマッチ棒で自然石を貫通するという」「お、恐ろしい……」と感嘆の息を漏らした。

「マクドーガルさん!睡眠は自宅で十分に取りなさい!」

「はぁい。すいませ〜ん」

 大してすまないと思っていない態度でいちおう頭を下げるパティ。周囲からくすくすと笑い声まで聞こえてくる。

 それが逆にマンティストルの神経を逆なでしたのか、厳しく仰せつかってしまった。

「あとで私の教員室へ来なさい。いいですね」


「うう〜、呼び出しうけてもーたー」

 広大な敷地を持つ学園の廊下を歩きながら、まだしょぼつく目をぱちくりしてパティがぼやく。

「思いっきり寝てましたもんね。パティちゃん」

 苦笑しながら応えるアンナ。放課後に呼び出されたパティの付き添いだ。

 彼女は入学以来の親友で、何かにつけてパティの世話を焼いてくれる貴重な存在である。

 学院の授業は大きく分けて実技と学科の二つで、パティは実際に魔法を撃つ実技の成績は抜群なのだが、魔術言語学や魔術知識などを習う学科の成績は芳しくない。

 これは苦手なのではなく、単に「机に向かうのが嫌いなの」と手を抜いているせいも多分にあるのだが、最終的に卒業して魔術師の資格を得るためにはどちらも合格しなければならない。

 その『弱点』を補完してくれる素晴らしいパートナーがアンナ・ルフランなのである。

 彼女はいわゆる『ウンチ(運動音痴)』で、体を使った行動は基本的に人並み以下。魔術を行使するときも、引っ込み思案な性格のせいか制御できる最低出力でしか撃てないため、実技試験の成績はいつも赤点ぎりぎりである。

 しかし、その学術的才能は他を寄せ付けぬものがあり、学科試験では学年主席の座を外した事が無く、魔術学以外にも言語学、古代史、薬学から化学までおよそ学問と呼べるものにはほとんど深い知識を持っている。周囲には「無知から最も遠い存在」「今すぐにでも王室相談役になれる」として畏怖されるほどの才女なのだ。

 そんなまるで正反対の特徴を持つふたりだが、なぜか入学当初から気が合った。

「だって眠かったんだもん。そもそもラクレスがいけないのよ。神殿に住みついた獣魔を退治しに行ったのに、神殿ごとぶっ飛ばしちゃうんだもん。謝礼どころじゃなかったわ」

「まあまあ。ラクレス君も悪気があったわけじゃないでしょうし。それにしてもパティちゃん」

「なに?」

「最近ラクレス君の話ばっかりですね。すぐ遠くに出かけてしまうし」

 なんとなく寂しげにうつむくアンナ。

「いや、それはまあ、なんというか……」

「なんだかおいてけぼりな感じです」

「う〜ん」

 そう来られるとは思っていなかった。しかし、魔術のレベルがまだ第1階層のアンナを連れて行く事は、足手まといなだけでなくアンナ自身の命にかかわる。

 なにせパティがラクレスにやらせる仕事は危険度が高いものばかりなのだ(その分報酬は高いが)。

「ほら、アンナは研究とかで忙しいし、あたしは実際に魔法撃ってみたいからさ」

「ふ〜ん」

 なんとなくあやしい感じに見つめるアンナ。ちなみにパティが高額のアルバイトをしている事は学校には当然内緒である。

 そんな気まずい雰囲気のまま、とりあえずマンティストル教員室にたどり着いた。

「じ、じゃあ、ちょっくらいってくるわね」

 逃げるようにドアをノックするパティだった。


「まったく、最近のあなたは欠席も多いし、たまに来てみればこんなふうに居眠りばかり。お父様の勇名が泣きますよ?そもそも魔術師というのは毅然として……」

 部屋に通されて椅子に座るなりコレである。パティは内心うんざりしながらなんとなく部屋の中を見まわした。

 魔術学園には教師の個室があり、そこで寝泊りできるように必要なものはほとんどそろっている。

 自分の担当する教科の資料なども管理しているし、生徒達の成績票なども保存しているので、戸締りには開鍵《アンロック》の魔法が使われるほど厳重である。

 マンティストルは教師としてはまだ若い方なので、それなりに内装や調度品に気を使っているらしく、部屋の中は華やかに飾られていた。

「人より優れた『力』を持つということは、それを制御するだけの理性を持つということが必要不可欠なのですよ。感情のままに行動する事は魔術師としてふさわしくありません。それを最近のあなたは……」

 くどくどと『魔術師とはなんたるべきか』を説教されながら、部屋に置かれている道具類をみて『あれはなんに使うんだろう』『あれなんか高く売れそう♪』などと気を紛らすパティだった。

「……そういうことで、あなたには特別課題を出したいと思います。」

「へ?特別課題?」

 途中からあまり聞いてなかったが、その単語には敏感に反応した。

「あなたには冥女王《ヘルクイーン》島へ行ってもらいます」

「《冥女王島》……ですか」

 それがこれから起こる恐るべき事件の舞台になるとは、このときのパティには想像もつかないのだった。



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