プロローグ編
第三章
いいのかっ!?


 あれから三日経った。ムロト号は途中海賊に襲われたが、これがひどかった。

「あーめんどくせー。」

 船首に立っていたマイクがそう言いながら魔法を唱えると轟音をあげながら、

巨大隕石雨が奴らを襲った。

 大気圏を越えて落ちてきたそれは一発で奴らの船を粉々に粉砕し、残りの数発が運良く海に逃げた賊達のいる海に落ちる。

 たちまち辺りは灼熱地獄だ。

 海水が瞬く間に沸騰・蒸発し、海賊達は残らずゆでられた。

 間違いなく全滅だろう。

 更に近距離に落下した巨大隕石雨の放つ衝撃波はムロト号をも襲った

 最大瞬間風速50メートルは超えるであろう熱風にあおられて甲板員五名が重度の火傷に見舞われたほか、帆や甲板に火がついた。

 熱風をまともに浴びたガラスはグニャグニャに変形し艦橋にいた連中も軽い火傷を負ったらしい。

 敵は熱波だけではなかった。

 隕石の着水の際に発生した荒波は高さ10メートルを超え、次々にムロト号を叩きつける。

 当然100度ぐらいの高温水だ。こいつは右舷の船室の窓ガラスを軽く破って部屋を水浸しにした。

 ここでも数名の不幸な船員達が火傷を負い、船は大パニックになる。

 更には大量に蒸発した海水が上空ででかい雲と低気圧を作り天気は一変して大嵐

 おかげで帆についた火は消えたが、荒れ狂う波と雨と風が船を襲い、甲板は剥がれ、船底に浸水が起こり、まったく散々な目にあった。

 …ったくあんな至近距離で使うから…。

 港に着くとそうそう、ムロト号はドックに運ばれた。あれの修理費ってさぞ高いことだろうな。まあ自業自得だが。

 とりあえず俺達3人は港からほど近いマイクの家に向かった。小島に建てられたそれは家というより小屋だ。

「住む場所なんてのは寝るスペースと荷物を置けるスペースがあればいい!」

 と言うわけでこんなこじんまりとした小屋らしい。

 小屋の周りには何体かの白骨死体が転がっている。

 この家に盗みに来た盗人のなれの果てだ。しかし死体ぐらいかたずけろよな・・。

 マイクは帰ってくると小屋の前に建ててある立て札の方に向かった。

 

無敵の冒険者マイクの家

 

AM9:00〜PM5:00迄営業

 

定休日 日・祝

 

ただいまマイクは不在

 共通語でそう書いてある。

 マイクは"不在"と書かれた板をひっくり返して"在室中"に変えると俺に言った。◯ードナか貴様は・・。

「ゴンザ。ちょっと来てみ。」

「なんだよ。」

 ついていくとだだっ広い広場、いや焼け野原に出た。

 泥棒相手にフレアでも使ったんだろう。しかし何のようだ?

「女になったお前がどれ程の力を保っているか。俺と試合でもして確かめてみようぜ。」

「俺とマイクがか?面白い。やってやろうじゃねえか。」

 俺はすぐに応じた。筋力はなくなったといってもまだまだお前には負けられねえよ。マイク。

「ふむ。では拙者はあちらで見物させて貰うでござる。」

 そう言ってジョニーは助走も無しに5メートルくらいの距離を軽く跳んだ。しかも1回転しながら。

「ジョニー。合図を頼む。」

 マイクは装備を全部外すとそこいらに置いて身構える。

 なるほど。拳で勝負か。元々俺は武具をつけていなかったのでスカートを脱ぎ捨てて、そのまま身構える。

 断っておくが決して色仕掛けのつもりではないぞ。

 格闘戦するのにスカートは邪魔だからだ。

 それを証拠にあいつの目は真剣だ。恐らく本気で来る。

「・・・では始め!」

 照れて密かに目を閉じているジョニーの合図で二人は同時に躍り掛かる。まず俺が奴に殴りかかった。

 すかっ

 な・・なに!しまったリーチが思った以上に短い!そこにマイクの蹴りが俺を襲う。俺はかわそうとするが・・・・

 ごきっ

 脇腹にもろに蹴りを受けた俺は大量に血を吐きながらうつ伏せに倒れる。

 くそう!足の踏ん張りがたりねえ!ここまで弱体化したのか・・・。

 それにしてもこの感覚、久しいな。この腹の中がじわりじわりと熱くて呼吸すらできぬ程じんじん痛む感覚。

 こりゃ確実に内臓破裂したな。

 当然致命傷だ。早急な魔法による手当がない限り助からん。

 マイクやジョニーが何か叫んでいるがもう聞こえん。薄れゆく意識の中、俺は悠長にそんなことを考えていた。

 俺は上から自分を眺めていた。

 正確には自分の肉体をだ。

 ジョニーが東洋の秘術を施し、何とか仮死状態で維持している。

 臨死体験か。前に体験したのはゾーク戦争の時だったから・・・かれこれ20年ぶりか。

「まさかここまで弱体化しているとはな。危うく殺るところだったぜ。」

 そうマイクがぼやく。全く俺も予想外だったよ。

 それにしてもこの格好は相当色っぽい。白いパンツと太股がまぶしいぜ。

 魂が離れているためか、いつもは表情に『男っぽい』何かがあるのだが今はそれも全くない。可愛い顔して寝てやがるぜ。まったく。

「しかし・・・(ゴクリ)何とも艶めかしい姿でござるな。」

「おいおい相手はゴンザだぞ。ゴンザ相手に艶めかしいは無いだろう。」

「そう言いつつ、どこを触っているのでござるか?マイク殿。」

「尻だ。」

 ・・・・おいおい。

 その後俺は小屋に運ばれた。本格的な治療魔法ともなると儀式魔法になる。

 表面にできた傷ぐらいなら軽い魔法で済むのだが、腕をつけたり、骨を繋げたり、破裂した内臓を元に戻したりするのには数時間に及ぶ儀式を行わなければならない。

 マイクはウルバックから様々な秘薬を取り出すと、儀式の準備に取りかかった。

 寝台に俺を寝かせ、寝台の前に祭壇を仮設する。

 その上に様々な秘薬や小道具を並べ、呪文詠唱を始めた。

 数時間に及ぶ魔法故、魔力制御には多大な労力がいる。

 並の精神力では魔力を制御しきれず、魔力が暴走し大事故に繋がる恐れがある。

 しかしこいつならその心配はないだろう。フレアを連発してケロッとしてる奴だからな。

 呪文が完成に近付くとジョニーが術を解いた。そこで俺の臨死体験は終わった・・・・。

 気が付くとそこは小屋の中だ。マイクのベッドに横たわっている。

「気が付いたでござるか?」

 ジョニーが俺の顔をのぞき込むようにして言う。

「ああ・・・・。」

 俺はやっとの思いでそう返事をした。

「しかし驚いたぜ。あれほど弱体化しているとはな。即死してもおかしくない怪我だったぞ。お前が持つの生命力のおかげかな?」

 感心したようにマイクが言う。

「しかしこれからが辛いでござるな。拙者が見るに今のゴンザ殿の力は駆け出し冒険者のそれと相違ないでござるよ。」

 さっと俺の顔が青くなる。無敵の武力を・・・失った。

 これは鍛冶屋が炉を失うようなもので俺にとって致命的だ。

 無論、遊んで暮らしていけるだけの金は持ってはいるが一生女のままでいるわけにもいかないし、せっかく若返ったのに隠居してたら本末転倒だ。

 しかし薬はバズヌの塔と等しい危険な場所にあるに違いない。今のままいけば瞬殺される。

 辺りに重苦しい空気が流れた。俺はただ絶望するだけ。マイクやジョニーはそんな俺をどう見ているのだろう。

「とりあえずここで解散だな。」

 マイクがそう呟いた。そう言えばマイクは次の仕事が決まっていたっけ。

「ゴンザ殿。とりあえずトリスタンまでは拙者が送り届ける故、心配めされるな。身の振り方は道中で考えればよかろう。」

「ああ。そうだな。」

 俺はよろよろと立ち上がり身支度を整える。

 マイクから冒険者用の服を貰い、それを着ることになった。

 先程着ていた服はマイクの蹴りによって見事にぼろぼろになっていたからだ。もうスカートなんぞはかんぞ。

 俺が着替えている間、2人は外に出てくれた。別にいいのによ。

「終わったぜ。」

 俺が扉を開けてそう言うと2人は戻ってきた。

「マイク。俺のウルバックここに置いていっていいか?重くて運べんから。」

「ああ。だが泥棒の保証はしないぜ。俺の集めた財宝求めてよく来るからな。」

「盗まれたこと・・・無いんだろ?」

「まあ罠を張りまくっているからな。ジョニーでもない限り抜けることはできんだろう。」

「マイク殿の罠はタチが悪そうでござるからな。拙者でも忍び込もうとは思わんでござるよ・・。」

「・・・だ、そうだからよろしく頼むぜ。」

 俺はジョニーがそう言ったので心底安心した。

 こいつは脱出不可能と称されたクランベルグ刑務所から一気に30人もの囚人を救助したことがある。

 そんな奴がしり込みするほどならまあ大丈夫だろう。

「OK。でも俺がいないときには取りに入ろうとするなよ。死ぬから。」

「言われなくともわかっている。」

 俺は苦笑を漏らしながら答えた。以前の俺なら噛み破れただろうがな。

「ではゴンザ殿。そろそろ行くでござるか?」

「ああ。」

「それではマイク殿。どうか達者で。」

「ああ。じゃあな。ゴンザ、ジョニー。今度面白い話があったら俺も呼んでくれよ。」

「ああ。わかった。そん時はよろしく頼むぜ。」

 かくして俺達はマイクの家を後にした。

 トリスタンまでは10qぐらいだ。歩いて2〜3時間と言ったところだろう。

 途中にゴブリンやらコボルドやらが襲いかかってきたがジョニーが全部片付けてくれる。

 手刀で一気に急所を貫く様は見てて気持ちいい。

 ほとんど時間のロスにすらならずに無事トリスタンの冒険者ギルド前に辿り着いた。

 俺は道中、ずっとこれからどうするかを考えていたが、ここに辿り着いてやっと結論が出た。

「・・・ここまででござる。」

「ああ。ありがとよ。」

「して、やはり薬を追うでござるか?」

「そのつもりだ。」

「やはり。ゴンザ殿ならきっと成し遂げられるでござるよ。しかしそうなると偽名が必要になるでござるな・・・。」

「そっ・・そういえば!ギルドに登録し直さなきゃならないんだな。」

 しかし偽名か。そんなもの考えもしなかったぜ。そんなこと思っていると、

「うーむ・・・。テイファなどどうでござろう?」

 ジョニーがそう言った。テイファだって?

「おいおい、いくらなんでもそんな女っぽい名前・・・って今は女なんだよな・・・。」

「・・・・採用してくれるでござるか?」

 俺は迷っていた。テイファって名前は女っぽくて嫌だ。しかし自分で偽名を考えていたらきっと日が暮れるだろう。そしてわざわざジョニーが親身になって考えてくれたのを無下にするのも悪い。今回散々世話になってしな。そしてなによりジョニーの目が期待で子供のようにランランと輝いていたから却下し辛い。

「わかったわかった。俺は・・・テイファだ。」

「お!採用してくれるでござるか!ううーむ拙者が名付け親、なんかいい感じでござるぅ〜♪」

 俺が採用すると言った途端、ジョニーは小躍りして喜んだ。・・・たまにこいつがわからなくなるぜ。

「ではテイファ殿・・・・。」

 こう言ってジョニーは一息つき、

くぅ〜!いい感じでござるな〜!拙者がこの名で呼んだ初めての人間でござるぞ!」

 ・・・相当うれしいらしい。

「ではテイファ殿。名残惜しゅうござるが拙者はこの辺で失礼するでござるよ。」

「ああ。」

 俺が返事をするとまた奴は喜びに浸る。自分が付けた名で呼んで返事されたのがうれしかったらしい。・・・幸せな奴。

「道中拙者にも有益そうな事があれば呼んで下され。出来る限り力になり申すぞ。」

「わかった。そん時はマスターに言っとくよ。」

「それでは・・・。これにて御免!」

 ジョニーはそう言うと向かいの倉庫の屋根に飛び上がり、煙と共に消えた。

 行ったか。意外に面白い奴だったな。忍者って奴はクールで感情のない奴らだと思っていたが・・・。

 ここで俺はある重要なことを思いだした。

 しまった!題名がゴンザレスなのに・・・

 ゴンザレスなのにっ・・・

 主人公である俺がテイファになっちまった!!

 いいのかっ!?





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