導師護衛編
第九章
テイファの不覚(前編)

 

 導師級魔術師の護衛任務を受けた俺達は彼の目的地であるシードの村に向けて歩いていた。

 シードの村はトリスタン市から徒歩3日ぐらいの距離にある山間の小さな村で、主な産業は林業と炭作りだと聞いている。

 そんなちんけな村に導師級の魔術師が何の用向きで行くのか?

 実はここには魔術師ギルド所有の塔があるのだ。

 この塔は知る者のみぞ知る魔法実験場で、人里から近く魔法実験が失敗しても大した被害のでない辺境で、更に本部のあるトリスタンからもほど近いと言う理由でこの地に建てられたのだ。

 無論、こんな内情を知る者は魔術師ギルド内でも導師級の者だけだ。

 この情報が村に漏れることになれば立ち退き運動が起きてややこしいことになるからな。

 まあ取りあえず奴はその塔に用事があるらしい。

 詳しく何をするのかは聴いていないがやつはここで魔法実験でもするのだろう。

 え?何故俺が魔術師ギルドのこんな内部事情を知っているかだって?

 俺もかつてはギルド内に大きな情報網を持っていたからな。

 俺を慕う様々な分野の奴らから情報が得られる。

 当然魔術師ギルド内にも情報提供者がいたわけだ。それで知っていたのだが・・・。

「テイファ。大丈夫か?」

 キッドが少し心配そうに俺に声をかけた。町を出てどれくらい経っただろうか。

 情けないことに俺が最初にバテてしまっていた。

「・・・・・・・・。」

 今の俺には返事する余裕すらない。この荷物の量は今の俺には多すぎたのか。

 マイクと一戦やって自分の能力を見極めたつもりだったが、長年染みついた感覚はそう簡単には拭い去れない。

 今までの冒険生活の中で、出かける度に毎回繰り返してきた準備作業。

 それは起こり得るはずのない事態をも想定する念の入ったものだ。

 こうした備えが幾度と無く俺自信はもちろんのこと多くの仲間を救ったものだ。

 しかし今回に限っては違った。

 想像を遙かに越えて弱まっていた今の俺にとって、それらは逆に俺を危機に瀕させていた。

 俺はいつ倒れてもおかしくない状態で足下がおぼつかず、ふらふらしている。

「キッド。少し休みましょう。これ以上は無理です。」

 堪りかねたマイケルが心配そうに言う。

「そうだな。少し休もう。」

 キッドは溜息混じりにそう決断を下すとどさっと荷物を降ろした。

「す・・すまねえ・・。」

 俺はやっとの思いで謝りつつ、ウルバックをどさっと下ろしてへたり込む。

「やれやれ急ぎの旅だというのに。長距離歩行もできないのによく冒険者などやられているものだ。そんな様子では護衛も期待できそうにないようだ。

私一人で旅をしていた方が足手まといがいない分、遙かに順調に進んだことだろうな。」

 導師ドルニエは冷ややかな目で俺を馬上から見下ろしつつ、そう言った。うう。何も言いかえせん。

「導師さん。それは言いすぎだぜ。」

 キッドが俺をかばってそう言ってくれる。しかし台詞とは裏腹に表情は明るい物ではない。

「言い過ぎ?こういうことは言えるときに言う方がいいのだよ。取りあえず先を急ぎたい。

仕方あるまい。彼女のウルバックは私の馬に積み給え。」

 そう言うとドルニエは下馬し、俺の前に立った。

「言っておくが今回だけは特別だ。以後は荷物の量にも気を付けることだな。さあ、君。急いで積んでくれ給え。」

 ドルニエはキッドにそう指示を出す。

 ちくしょう。こんなに筋力が衰えているなんて。ここまでひどいとは思わなかった。

「な・・なんだこのリュックは!何が入っているんだ!?」

 俺のウルバックを持ち上げたキッドは予想以上の重さに驚いたのだろう。

「ウルバックというマジックアイテムだよ。無限の容積を持つ背負い袋。ただし入れた物の重さは変わらない。

そのことも知らずにいろいろな物を入れ過ぎたのだろう。」

「まままマジックアイテムっておいおい・・。」

 キッドはかなり驚いた様子で俺を見ていた。

 マジックアイテムなんて一般冒険者が易々買える代物ではない。

 しかも俺は新米冒険者という肩書きだから驚くのも無理はない。

「私もそれ持ってますよぉ(^0^)」

 マリアがうれしそうに声を上げる。

「なっ・・!」

 キッドは更に驚く。マイケルも多少驚いた顔をしている。

「テイファさんが買ってくれたんです。出世払いで。」

 キッドとマイケルの視線に多少たじろぎながらマリアはそう答えた。

「たまにいるものだ。マジックアイテムさえあればたやすく冒険生活が出来ると思いこんでいる無知な輩がね。

優れたマジックアイテムも使い方もよく解らない方に持たれているとまさに猫に小判。もっとわきまえることだな。」

 うるせえ。少なくともお前なんかよりはよっぽどマジックアイテムに精通しているぜ。

 今はちょっと・・。体になれていないだけだ!

 そう言ってやりたいのは山々だが言い出せるわけでもない。

 導師ドルニエ。貴様の名は忘れん。男に戻った暁にはきっちり仕返ししてやるからな。

「ついでだ。君の荷物も積んでおこう。」

「え?は・・はいっ。」

「君。もう一つ頼む。急いでいるから早くし給え。積め次第出発する。」

「ああ。」

ドルニエはマリアの荷物もキッドに積ませ、旅を続けた。

 それから1日は荷物がなくなった分、俺は順調に歩を進めることが出来たのだった。

 

 

 翌日。

 相変わらずドルニエの奴は俺達の荷物を馬に乗せ、自分は歩いている。

 奴らしからぬ不可解な行動だ。

 この男は善意で俺達の荷物を馬に持たせるという性格ではない。

 それは心底面倒臭そうな表情を見れば明らかだ。

 この様子を見ると俺達にこう接するのも何かの使命ってことだろうか。

 まさか本当にハルダーから俺達のお守りを命じられただけだとか。

 しかしその線もあんまり考えられんな。

 マリアがハルダー好みのグラマーねーちゃんならその線も十分考えられるが、未成熟で全身から田舎娘の雰囲気を漂わせているマリアなど見向きもしないだろう。

 第一末端の弟子一人一人に目が回るような小さな研究室でもない。

 やけに道を急いでいる様子が見受けられるところも多少気にかかるな。

 まあ単純にとっととこの仕事を終わらそうとしているだけなのかもしれんが。

 そんなことを考えながら歩く内に時は流れ、昼頃になっていた。

 皆を先導して歩いていたキッドの歩が前触れ無く突如止まった。

 見ると前の茂みからなにかの気配がする。

「何事か?」

 事態を飲み込めていないドルニエがキッドに問う。

 キッドはおもむろに腰にかけてあるバトルアクスを抜きながら、

「気を付けろ。前方の茂みに敵が隠れている。」と言った。

 こいつなかなかいい注意力をしていやがる。

 だてに数年間これで喰ってきたわけじゃないってことか。

 後方を歩いていた俺はすぐに前方に移る。

 マイケルもエストックを抜き、戦闘準備をほぼ終えたところで奴らは躍り掛かってきた。

 人間だ。身なりから言ってこいつらも冒険者の端くれだろう。

 6人のどう見ても貧困にあえいでいる野郎共が前口上なしに奇声を上げて斬りかかってきた。

 キッドとマイケルがそれぞれ相手を見定めて迎え討つ。

 よし。貧乏冒険者共に俺の天王の剣の威力を見せてやるぜ。

 不幸にもこの俺に突進してくる男に不敵な笑みを見せながら俺は剣を抜いた!

 抜いた・・はずだった。

 俺の右腕は剣を引き抜こうと限界まで伸びている。しかし剣はそれ以上動かなかった。

「なに?」

 俺は慌てて鞘の方を見た。

 剣の切っ先はまだ鞘に入ったままだ。

「なにいいぃぃぃ!?ちょっと待てええぇぇぇ!!」

 俺はそう叫びつつ、男が剣を振り下ろす前に一歩前に出て体当たりをした。

「ぐお?」

 男はまともに俺の体当たりを喰らってよろける。

「ちちぃ!」

 俺は動揺しながらも素早く体勢を立て直し、剣を抜くのを諦めて腰に差してあるダガーを1本引き抜く。

 今回はこれで何とか乗り切るしかねぇ。

「テイファ!無事か!?」

 キッドが相手の胸板にバトルアクスを喰らわせながら言う。

 鎧の上からだがその衝撃は相手にかなりのダメージを与えているようだ。

「ああ!心配するな!」

 俺はそう答え、体勢を立て直したさっきの男と対峙する。

 しかし状況はどう見てもこっちが不利だ。

 こちらの武器は刃渡り20pぐらいのダガーに対し、相手は50pはあるショートソードである上、筋力も男である相手の方が強い。

 しかも尚悪いことに敵の後衛の奴ら2人がスリングやら弓やらを構え始める。

「そんな物でいつまで躱しきれるかな?」

 俺の相手は余裕な表情でそう言い放ち、俺に牽制攻撃を仕掛けてくる。

「うるせえ!!雑魚が吠えるな!!」

 俺は悪態をつくが得物がダガーでは受け流すので精一杯だ。

 ちらりとキッドとマイケルの方も見てみるが、マイケルもキッドも後ろの飛び道具野郎達に対応できそうにない。

 マイケルは1対1だがキッドは2人を同時に相手にしている。

 となればマリアの魔法に期待するしかないか。

 しかしこんな奴ら相手にピンチに陥るなんて・・。俺はカルチャーショックを受けながら相手の攻撃を捌き続けた。

「何をボーっとしているのだ。後ろの2人を魔法で何とかし給え。」

 ドルニエがマリアにそう指示を出す。

「え?でも導師様。私ディテクト・マジックとライトの魔法しかできませんよ。どちらを使えばいいのですか?」

 なにいいいぃぃぃ!?

 俺とドルニエはマリアの返答に驚愕したがドルニエは素早く我に返るとマリアを無視して呪文詠唱を始めた。

 ドルニエが詠唱すると同時に矢と石礫がドルニエとマリアを襲う。

「きゃっ・・」

 マリアが悲鳴を上げるが間一髪、呪文が完成する方が早かった。

 マリアとドルニエの周りに力場が発生し、矢と石礫が弾かれる。

 シールドの魔法か。さすがに導師と言うだけあって詠唱が早い。

「なっなにい!!魔法使いがいるぞ!!」

 奴らは動揺した。魔法使い1人の存在で戦況は180度変わる。

 魔法使いの集団殺傷魔法一発で全滅することも有り得るのだ。

「畜生っ魔法使いからやるぞ!」

「やるぞって言ったって矢も効かないんだぞ!?魔法で防がれちまう!」

 奴らは完全に浮き足立った。魔法使いばかりが気になり、目の前の敵に集中できなくなる。

「どうしました?隙だらけですよ!!」

 そこに出来た隙をつき、マイケルのエストックが敵の胸を貫いた。

「うっ!」

 奴のエストックはボロボロのレザーアーマーを軽く貫通し、恐らくは心臓に達したはずだ。敵は白目をむいて倒れ、動かなくなる。

「なっ・・ジョージ!」

 キッドと斬り結んでいた男の1人が仲間が倒れたのを見て更に動揺する。

「馬鹿野郎!よそ見してんじゃねーぞ。」

 直後、その男の頭はキッドのバトルアクスでかち割られた。確実に即死だ。

「ちくしょう!!」

 キッドはそう叫びつつ斬りかかってきたもう1人の攻撃をバックラーで弾き、バトルアクスを引き抜きそのまま斬りかかる。

 その斬撃は鎧をかすめた。

「あーあ。せっかくのチャンスだったのにな。もうテメーに俺は倒せねぇ!!」

「うっ・・。」

 キッドの言うように今や完全に勝機は俺達にあった。

 苦戦を強いられているのは今や俺だけ。とほほほ・・。

「テイファ!!大丈夫ですか!?」

 手の空いたマイケルが横から俺の相手を刺しにかかる。

「くっ・・横からだと!?」

 相手はそれを盾で受けようと構える。が、木製の盾でマイケルのエストックをまともに受けるのにはあまりにも無理があった。

 エストックは易々と盾を貫通し、裏側の腕に達する。

「うわあああああぁぁ!!俺の腕があああぁぁぁ!!」

 奴は派手に悲鳴を上げた。

「愚かな・・エストックの突きがそんな盾で受けられると思っていたのですか。」

 マイケルは刺さったエストックを引き抜いて言う。

 マイケルはエストックを引き抜くと後ろの敵の方に振り返る。

 おいおい。そのまま放っておくつもりか!?

 悲鳴を上げ続ける敵。

 しかしその手にはまだ剣が握られている。勝ちを確信したこういう瞬間の油断が一番あぶねぇ!!

 俺は一気に間合いをつめるとダガーで奴の喉を一閃する。

「・・・・!」

 奴は目に涙をため、首を押さえる。声帯と気管を切断したために声は出ない。

 奴はフラフラと4〜5歩後退するとそのまま倒れた。

「なっ・・テイファ!」

 敵が倒れた音で気付いたマイケルは驚いて振り向き、信じられぬと言った表情で俺の名を呼んだ。

 そして倒れた男の側に走り寄り手を取る。

 男はすがるような目でマイケルを見つめ、なにやら口をパクパクさせていたがやがて息絶えた。

「テイファ!!何故です!?」

 マイケルが俺を睨みつけて言う。

「彼はもう既に戦闘能力を無くしていた!無闇に殺す必要など・・」

「よせ!マイケル!!第一まだ戦闘中だぞ!!」

 キッドの一喝でマイケルは押し黙った。

「やッやべーぜッ逃げッろオーッ」

「まっ・・待ってくれっ!」

 残りの奴らが我先にと逃げ出した。急いで茂みに入っていく。

 奴らが逃げ出したのを確認して俺達は緊張を解いた。

 逃げる敵をわざわざ追うのはこの場合では無意味だ。

 余計な体力を使うだけでなく、わざわざ危険を追いかけるような物だからだ。

 追いかけて戦闘をしても負けることはあるまい。

 しかし何らかの怪我を負うことは十分に考えられるのだ。

 しかし一人だけそのリスクとは縁のない男がいた。

 ドルニエは突如逃げる3人を睨みつけながら冷ややかな笑みを浮かべ、静かに呪文詠唱を始める。

 戦闘が終了してもなお、唱えられる呪文に気付き皆驚きの表情でドルニエの方を振り返った。

 やがて奴の頭上に4本の光弾が現れる。マジック・ミサイルだ。

「ダメです!導師様!!」

 ドルニエが唱える魔法の正体に気付き、マリアが叫ぶ。

 しかしドルニエはそれを無視して詠唱を続ける。

「ドルニエ!もう戦闘は終わりました!!おやめなさい!」

 聞こえてはいるはずだ。マリアの声もマイケルの声も。

 しかしドルニエは聞こえていないかのように詠唱を淡々と続け、呪文を唱え終えると同時にそれらの光弾は3人の逃げた茂みに向かって飛んだ。

「あ・・。」

 マリアはその光弾を呆然と見つめる。

 やがて3人分の悲鳴が上がりまた辺りは残酷なまでに静かになった。

「くくく・・。私に弓を引いた愚か者め。この私から逃げられるとでも思ったのか。」

 少しの沈黙の後にドルニエが残忍な笑みを浮かべ、非情にもそう言い放った。

「なっ・・な・・」

 あまりのことにマイケルは言葉を失う。

「導師様・・」

 それはマリアも同じようだった。

 キッドもマイケルもマリアも呆然と奴らが逃げた方を見ている。

 茂みの中から一人の腕が垣間見える。

 すでに生気のなくなった死人の腕だった。

「さあ。先を急ぐぞ。奴らの亡骸など放っておきたまえ。」

 そう言ってドルニエは先へ歩き出そうとする。

「お待ちなさい。導師ドルニエ。」

 マイケルは奴らの死体のある方を悲しげな目で見つめたまま、静かにしかしはっきりとそう言った。

 その声を聞き、ドルニエはピタリと歩を止める。

「話があります・・。」

 マイケルはドルニエの方に向き直り、やや強い口調でそう言った。

「話?なにかね。」

 それに対し、ドルニエは面倒臭そうに振り返りながらそう答える。

 真剣な表情でドルニエを見るマイケル。その目に気づき、ドルニエの顔つきも少し変わる。

「ただならぬ顔だな。何事かね?」

 マイケルは静かな怒りの表情をどうとらえたのか、ドルニエは威圧するように声を強めて話を即した。

 マイケルとの付き合いはまだ僅かしかなかったが、それでも俺はここで気付くべきだったのかもしれない。

 この時マイケルの心に燻っている怒りの炎は種火に過ぎなかったと言うことを・・。



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