導師護衛編
第八章
出発の朝

 

 チュンチュン・・チチチチ・・。

 目をうっすら開けるとカーテンの間から明るみを増してきた空が見える。

 朝だ。

 今日は出発予定日前日。チェインメイルを引き取り、明日に備えて用意する予定だ。

 俺が酒場に降りるとマリアとマイケルが既に朝食を取り始めているところだった。

「あ。おはようございます。テイファさん(^0^)」

 マリアが俺に気付き、にっこり微笑みながら挨拶をする。

「おはようございます。レディ。」

 少し遅れてマイケルがわざわざ席を立ち、うやうやしく一礼しながら挨拶してきた。

「よう。」

 俺は軽く手を挙げて返し、さっさと朝飯を注文してマリアの隣に座った。

「キッドの野郎はまだ起きてないのか?」

 早速運ばれたメシを食い始めながら訊く。

「いえ、彼はもう朝食を済ませて装備の最終点検に入っているようです。今回はかなり熱が入っているみたいですからね。」

「なるほどな・・。」

 何故熱が入っているかを想像するのは難しいことではない。男心とは極めて単純だ。

 俺も早々にメシを食い、ギルドの総合受付カウンターを訪ねる。

 俺が鎧の寸法直しを依頼したところだ。

 暇なのかマリアとマイケルも付いてきた。

「マスター。鎧取りに来たぜ。」

 そう言うと奥で書類を書いていたマスターが振り向く。

 言い忘れていたがマスターは180pの巨漢でスキンヘッド。

 元、俺とほぼ同期の冒険者で冒険者としては凄腕だった男だ。

 結婚と同時に引退し、今はカタギの生活をしている。

「よう嬢ちゃん。出来ているぜ!?

 奴がそう言った瞬間、奴のボディに俺の肘が入っていた。

嬢ちゃんはやめろって言ったろう?」

 俺は嬢ちゃんと言う単語に反射的に反応し、肘を入れたのだ。

「・・ててっ。へへ、俺に臆せず肘を入れる奴なんざ初めて見たぜ。悪かった。もう嬢ちゃんとは呼ばねぇよ。」

 しかし奴には全然効いている様子はない。

 奴の未だ衰えぬ筋肉がダメージを完全に防いだらしい。

 逆に言えば俺の攻撃力がそこまで衰えたって事だろう・・。ちくしょう。

 ふと後ろを振り返ると唖然としている2人が目に入った。

「はははは!俺より連れの方が驚いていやがる。ちょっと待ってな!」

 マスターは豪快に笑い飛ばしながら俺の鎧を取りに行った。

「レディ・・彼は元凄腕の冒険者という話ですよ。いきなりケンカを売るなんて・・。」

 マイケルの顔は心なしか青かった。

「売ってきたのは奴の方だ。この俺を嬢ちゃんと呼ぶことは許さんと前にも言ったのにそう呼んだからな。あんたもレディと呼ぶのはやめてくれ。小馬鹿にされているようで気にくわねぇ。」

「そ・・そうですか。それは失礼しました。それではどうお呼びすればよいでしょうか?」

「テイファでいい。」

「わかりました。テイファ。それからあまり無謀なケンカをするのはやめて下さい。そのようなことではすぐ命を落としてしまいますよ・・。」

 奴は強い調子でそういった。

「へへ。気を付けるよ。」

 俺は鼻を軽くこすりながら言った。

 そうこうしているとマスターがチェインメイルを持って戻ってくる。

「待たせたな。嬢ちゃ・・!?

 今度は奴の鼻に俺のキックがまともに入っていた。蹴ったときの手応えから奴の鼻を折ったことを確信する。

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!!」

「てっテイファぁぁぁ!?」

 マスターとマイケルはほぼ同時に悲鳴を上げた。

 いかに奴が鍛え抜かれた男でも鼻と関節と目だけは鍛えようがないからな。

 …って、またやっちまった!

「嬢ちゃんはやめろって・・言ったはずだぜ。」

 俺は少々うわずった声でファイティングポーズを崩さずに言う。

「小娘があぁぁぁぁ!この俺を怒らせやがってええぇぇ!」

 マスターがキレた。やばい。俺の勘がそう告げている。

 茹で蛸のように赤く染まったスキンヘッドには幾筋の血管が浮き上がり今にも切れそうだった。

 周りはこの騒ぎを聞きつけたギャラリーが囲み始めていた。これでは逃げることはできない。

 マスターがカウンターに片手をついて飛び越える。

「待って下さい!マスタっ・・」

「邪魔だ。どけ!!」

「ぐはっ!」

 何とか止めようと間に入ったマイケルが、奴の一撃で軽くギャラリーに向かって飛ばされ、

派手な音とともにギャラリー共の野太い悲鳴があがる。

 その他のギャラリーはその様子を見てどっと盛り上がる。

 笑うもの、ヤジを飛ばすものいろいろだ。

 だが、純粋に観戦に興じている彼らの中にこの喧嘩を止めようとするものはいない。

嬢ちゃん相手に半殺しは可哀想だから一発で勘弁してやる。

ありがたく思うんだな。」

「喰らってたまるかっ!」

 俺はそう言いつつ正面から奴の腹めがけて殴りかかる。

 奴は俺の拳を腕で受け止めようと前屈みに構える。

 思った通りだ。奴はまだ油断して俺が闇雲に攻めていると勘違いしている。俺は奴の目前で跳んだ。

「おおおお!?」

 ギャラリーの歓声が疑問形になる。俺の予想外の動きに驚いたからだろう。

 俺は空中で右足を伸ばしたまま前転する。

 俺の踵にこの回転による遠心力と俺の体重をかけて奴の禿頭めがけてうち下ろした。

「これでも喰らいやがれ!」

「くっ!」

「んな!?」

 しかし俺の渾身の一撃を奴は右腕で受け、そのまま払った。

 俺はあらぬ方へ飛ばされ、ギャラリーに突っ込む。

「テイファさん!!」

 派手に飛んだ俺を見てマリアが思わず悲鳴を上げる。

 が、俺はマイケルの時とは違いしっかりとギャラリー連中に受け止められていた。

「いいぞ姉ちゃん。もっと行け!」

「ドタマかち割ってやれー!」

 俺の一撃はギャラリーを盛り上げただけで終わったようだ。やべぇ。さすがに次はもうこんな油断はしまい。

 俺はギャラリーに中央に戻された。奴が強敵を見る目で俺を見下ろす。

「ほう・・。ただの小娘と油断したぜ。」

 やつは先程俺の蹴りを受けた右腕をおさえながら言った。多少のダメージはあったらしい。

「だがもう油断はしねぇ。ここまでだな。」

 奴が身構える。その目はもう先程のような怒り狂っている目ではない。

 敵と相まみえる戦士の目だ。

「やめて下さい!」

 立ち上がったマイケルがまた間に割って入った。

 先程のダメージが大きかったのだろう。足がガクガクだ。

「テイファ。私が時間を稼ぎます。今の内に引きなさい。」

「馬鹿野郎。どきやがれ!これは俺のケンカだぜ!」

 俺達がもめていると

「・・いいぜ。2対1だな二人まとめて焼き入れてやる!」

 奴はそう言って俺達めがけて走った。しまった!マイケルとギャラリーが邪魔で避けきれねぇ!

マイケルごとやられる!!

 と思った瞬間、

パアアアァァァァ・・

 俺達と奴の間に突如として光とともに魔力反応が現れた。

 誰かが俺達と奴の間にテレポートアウトしてきたのだ。

 わざわざ人垣のど真ん中を狙って!

「うおおおおお!?」

 マスターは止まれずそのまま真ん中に現れた全身を金色のスーツアーマーで固めている赤マントの男に突っ込む。

 その男は即座にマスターのほうに向き直り、

「きええええええええっ!」

 と気合一発を込め、突進してくるマスターを投げた

「んなああああぁぁぁ!?」

 体重100sを超えるマスターの巨体は俺達の頭を越え、更にはギャラリーの人垣を越えて向こうにあるテーブルの上に落下し、テーブルはまるで香港のカンフー映画に出るセットのように脆くグシャッと潰れた。

 辺りは一瞬、水を打ったようにシーンと静まった。

「・・マイクだ。」

「マイクだ。マイクだぜ。」

「マイクが帰ってきた。」

 一人が奴の名を呼ぶと辺りが連鎖する如く囁きはじめ、最後には大喝采となった。

「ゆ・・勇者マイク・・。」

 突如目の前に現れた伝説の勇者を前にマイケルはそう呟くのがやっとらしい。

「へへ。危ういところだったな。あんた。おっさんも大人げない。こんなにーちゃんに何本気になってるんだ?」

 マスターは鼻を押さえながらよろよろ立ち上がると服に付いた埃を払い、

「にーちゃんじゃねぇ。その後ろのねーちゃんだ。嬢ちゃんと呼んだら鼻を折られてキレちまったのよ。」

「うしろのねーちゃん?」

 奴は俺の方をちらりと見る。

「ほおーう。なるほど、なかなかいい目をしているな。姉さん。」

 俺と目が合うと奴はそう言って一瞬ニっと笑い、マスターの方に向き直る。

「こりゃやられても仕方ない。」

 マイクが両手を広げこう言うとギャラリー達から失笑がこぼれ初め、その内それは大爆笑と化した。

「うるせぇな。不意打ちだったんだよ。油断していたんだよ。こんなあどけない顔した女がいきなりこの俺の鼻を蹴るとは思わなかったんだよ!!」

 マスターは必死にギャラリーに弁解するが全くの逆効果だ。マスターはすっかり戦意を喪失していた。

「もういい。今日はなんて日だ・・。とほほ・・。」

 奴はそう言いながらカウンターに戻り先程用意していたチェインと金貨を俺の前に差し出す。

「サイズはバッチリなはずだ。多少サービスもして置いた。それは釣りだ。」

 マスターは4枚の金貨を指差して言う。

「ああ・・。サンキュ。」

 俺は態度をまた豹変させたマスターに多少面食らいながら両方受け取った。

 ミスリル独特の澄んだ色が美しい。

 しかしサービスって何なんだ?

「ところでマイク。バズヌの塔はどうだった?不老不死の秘薬は本当にあったのか?」

 マスターはそうマイクに問う。

 マスターがこれを問うと辺りは瞬時に静まった。みんな気になっていたのだろう。

 当然と言えば当然である。今回探しに行ったのは何と言っても不老長寿薬だ。

 歴代の王でさえも手に入れることの出来なかった代物だけにその効果だけでなく、宝物としての価値も計り知れない。

 そして彼らのもう一つの関心事は俺とマイクとジョニーのコンビ。これは極めて異例な豪華パーティだ。

 ド○えもんと忍者ハット○君とパー○ンが一本の映画に同時出場するのと同レベルと言えばわかりやすいだろう。

 そんな奴らの武勇伝を聞くというのもこいつらにとっては貴重な娯楽の一つである。

 しかしその娯楽は今の俺にとって恐怖の対象でしかなかった。

 もし、こいつが本当のことをしゃべっちまったら・・。

 しかし奴は俺のそんな心配をよそに語りだした。

「ああ。さすがにレベルが高かったよ。

ドラゴン

リッチ

と言った最上級モンスターも結構出たしな。」

 辺りはまずその一言でざわつき始める。

 両者とも一国の下手な軍隊を数千人派遣したとしても勝てるかどうかわからないと言うレベルである。

 上級冒険者であってもこいつらに襲われたらひとたまりもあるまい。

 それから奴はハズヌの塔に入ったところからの事を多少誇張を交えて事細かに話して聞かせる。

 俺にとっては拷問のような時間だった。

 マイクは少し気まぐれなところがある。気まぐれでぽろりと喋ってしまわないか。俺は気が気じゃなかった。

 そして・・。

「その時リッチの野郎が苦し紛れに穴を開けたんだ。

俺はディスペルを試みたんだが間に合わず、真横にいたゴンザはずずずっと吸い込まれちまった。

目下のところ行方不明。まあ運が良ければ生きているだろう。」

 辺りは驚きの声でざわつき、口々に「あのゴンザレスが・・」を連発している。

 俺は心底ほっとした。俺は疲れてふうーっと大きな溜め息を吐く。

 ふと顔を上げると俺とマイクは目があった。奴は俺に不敵な笑みを浮かべた。

 奴のその尊大な態度がこういっている。

『一つ貸しだ。』

 ぐっ・・。マイクに借りをつくっちまったか。

 まさか体で払えなんて月並みなこといわねぇだろうな。

 俺は貞操の危機を感じつつマイクの話の内容を確認すると奴から逃げるように部屋に戻り、出発の準備を始めた。

 

 俺は部屋に戻り、早速ミスリルチェインを着てみることにした。

 うむ。なかなかしっかりした着心地だ。体にぴったりフィットして・・ってもしかしてサービスというのはこれのことか?

 鏡に映る自分の姿を見ながら気付いた。

 ボディラインがくっきり現れている。なんて言うか色っぽい。

 職人の優れた技術力はたまにこうしたあまり機能的に意味のないところにも熱く注がれることがある。

「なるほど・・大したサービスだ。」

 俺は思わず呟いていた。

 

 

 翌朝、全ての準備が整い、何日かぶりに全装備を持つ。

 しかしやはり重い

 俺は重そうにウルバックを抱えながら下に降りた。

 下に降りると準備を整えたキッドが見知らぬ学者風の男と2人で待っていた。

 どうやらあいつが昨日言っていた魔術師か。

 キッドは俺の姿を見つけヒュウと口笛を吹いた。

「ようテイファちゃん。決まってるなぁ。勇ましいぜ。」

 奴は俺の装備を見渡す。まさかほとんどがマジックアイテムだとは思わないだろうがな。

「へへ。ありがとよ。そいつが例の魔術師かい?」

 俺がそう訊くとその魔術師は完全に俺を見下した態度で

冒険者風情がこの私を『そいつ』呼ばわりするとはなんと無礼な。

これだから礼法をしらん奴は・・。」

 と愚痴る。

「君。いくら他人に使われるしか能がない

冒険者とは言え、我々のような確たる身分の持ち主に対する礼法くらい学び給え。

君のような乳臭い小娘

『そいつ』呼ばわりされるのはとても不愉快だ。」

 見た目30そこそこの若造にそう言われて黙っていられる俺ではない。

 すぐに行動を起こしかけたその時、キッドが割って入った。

(テイファ構うな。こういう連中の言うことをいちいち耳に入れていたら切りがねえ。)

 キッドは奴に聞こえないように小声でそう言う。むむ。確かにその通りだ。

(すまねえ。危うく殴り飛ばすところだったぜ。)

(おいおいそれは勘弁してくれよ。相手は導師クラスだからややこしくなるぞ。)

 導師の称号。魔術師ギルドの中でも実力のある者だけが師匠より貰い受けることの出来る称号である。

 ギルドでも10指に入る実力者である魔道士ハルダーから導師の称号を受けるとなると相当実力はあるのだろう。

 俺は昨日のマスターとの騒ぎを思い出しながらあぶねーあぶねーと自分に言い聞かせるのだった。

 そうこう言っているうちにマリアとマイケルが降りてきた。

 マリアは奴を見て少し目を丸くしている。

「護衛って導師様をですか?わっ・・私で務まるでしょうか。」

 一般の弟子から見て導師とは普段は口も訊いてくれないほどに崇高な存在らしい。

「元々あなたのような末端の弟子

に戦力は期待していませんが、せいぜい努力なさい。」

「はいっ。がっがんばります!」

 思いっきり侮辱されてもマリアは尊敬の念を込めて導師に返していた。俺とは大違いだ。

「皆さんの用意が出来たようなのであれば出発いたします。道を急ぎますので。せいぜい頑張って下さいよ。」

「ああ。任せとけって。みんな!用意はいいな?」

「はいっ!」

「ええ。いつでもいいですよ。」

「おう。」

 返事とともにみんな席を立ち、ギルドをあとにする。導師の野郎は外に繋いであった馬に跨り、あとはみんな徒歩だ。

 ここからシードの村までの行程は2日間比較的安全な街道を通って行くことになる。

 俺達はトリスタンの城門をくぐり、広野に踏み出すのであった。 

 

 その様子を隠れて見守る一つの人影があった。

 その人影はある建物の上から歩み去る俺達の後ろ姿を見送りながら呟く。

『遂に新たなる、そして大いなる第一歩を踏みだしたか、テイファ殿・・・・。

 ・・・・。

 くぅ〜。やはりこの名で呼ぶのは最高でござるなぁ〜。

 まぁそれはさておき、拙者はどうも心配でお主から目が離せぬでござるよ・・。

 今回請け負われたこの依頼も裏に何かあるような予感がするでござる。

 テイファ殿の周りの連中もヒヨッコ揃い。何かと不安でござるしな。

 かくなる上は拙者、お主等の影となり見守ることに致した。

 越えられぬ壁が行く道を塞いだときは影ながら援助致す・・。』

 そして人影は煙とともにドロンと消えた。



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