プロローグ編
第七章
酒  宴


 夜の酒場の賑わいは今日も変わらない。

 既にあちこちで宴会が始まり、そう言った客達の喧騒で一時も静まることはないのだ。

 キッドに連れられて、俺達は端のテーブルに陣取った。

 俺の隣りにマリアか座り、キッドとマイケルの二人は俺達の向かい側に座る。

 俺達が座るとすぐにウェイターが駆けつけ、注文を訊いてきた。

「酒と適当な料理を頼む。」

 キッドがそう注文するとウェイターは一礼して去っていった。

 これだけの注文でも受け付けてくれる店は俺の知る限りここだけだ。

 そして5分としない内に次々と料理が運ばれ、殺風景なテーブルはすぐに料理と酒で埋め尽くされた。

「あ・・あのー。もしかして・・私も呑むんですか?」

 酒しか飲み物がないのを見てマリアが訊いてきた。

『当然だろう。』

 俺とキッドがマリアの方に顔を向けながら同時に言った。

「あうう。お酒呑んだことないですぅ。」

 マリアがうろたえながらそう言うが、無論俺は呑ますつもりだ。

「呑んだことないならなおさら呑んでみなよ。ここにいて呑まない奴なんざ、冒険者とは言えないぜ。」

 キッドもそのつもりらしい。女酔わしてよからぬ事を考えてたりしてな・・。

「キッド。女性に無理矢理お酒を勧めるものではありませんよ。」

 マイケルが諭すようにこう言うが、

「甘いな。」

 ふとキッドが何かを悟りきった目でそう言った。

「酒は心の潤滑油さ。初対面の人間がいきなり色々話そうと言ったってやはりためらいがでる。そうだろ?俺達だってそうさ。しかし互いに酔うことでそんな気まずい気持ちも全部ふっとんでしまう。一発で相手のことを知ることが出来る最善の方法なんだ。」

 キッドがそんなことを言った。なるほどな。全くその通りだ。

「それにな、姉ちゃん。酔って恥をさらけ出し合った者同士ってのは結束力が強くなるんだ。むろん、悪酔いして一方的に迷惑掛けて嫌われるってパターンもあるがそんなのは極めてまれだ。心配しなくてもぶっ倒れるまで呑めとはいわねえよ。だから呑め。呑まず嫌いはよくない。」

「は・・はい。それでは少しだけ・・。」

「それでいい。そうこなくっちゃな!」

 マリアがそう返事するやキッドはマリアの杯になみなみとビールを注ぎ込む。

「えええ・・こ・・こんなにですか?」

「おうよ。まだまだあるぜ。さて、俺にもついで貰おうか。」

 そう言って杯を差し出すキッドにマリアはぎこちなく酒を注ぐ。緊張しているらしい。

「貴女もいかがです?」

「ああ。もちろん呑むぜ。」

 俺はマイケルに酌して貰い、そして酌し返してやった。

 全員に酒が行き渡るとキッドが乾杯の音頭をとる。

「じゃあ乾杯と行こうか。乾杯!」

『かんぱーい!』

 全員が杯を高く掲げ、マリアを除く3人は口に含む。

 マイケルは一口だったが俺とキッドは一気呑みだ。

「ぶはー!」

「くぅー。きくねえ。」

 やはり最初は一気に限る。景気が付くしな。

「キッド。次行くか?」

「おうっ。かかってこい。」

 俺はすぐに瓶を掴み、キッドの杯に注ぎ込んでやった。

 キッドはそれを軽くあおり、俺の杯にも注いでくる。

「あんた。なかなかいける口かい?おっとそういやお互い自己紹介まだだったな。俺、君らの名前すら聞いてねー。」

「そういやそうだったな。俺は・・もといテイファだ。で、こいつが・・。」

「マリアです。よ・・よろしくお願いしますっ。」

「ほうほう。テイファちゃんにマリアちゃんね。2人共かーわいい名前じゃないの。」

 畜生……。だからテイファなんて名前、嫌だったんだ。

「俺の名はキッド。この道に入って3年になる。

まあまだここの中では中の下くらいかな?カワイ娘ちゃんには弱い24歳のナイスガイだ。

現在彼女募集中だぜイエー!さあ!拍手拍手!」

 ぱちぱちぱち・・・・。

 マリアの拍手のみが虚しく響く。自分でナイスガイって言うなよ。

「次は私の番ですね。」

 そう言ってマイケルはわざわざ立ち上がり、

「名は以前名乗ったとおりマイケルと申します。今年で23歳になります。

世の困った人たちのために剣をとって2年になります。まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。」

 奴は恭しく一礼をしながら席に着いた。

 ここで読者からキッドとマリアの説明が少なくてイメージが湧かないと言う突っ込みを貰ったので詳しく説明しよう。(こういう突っ込み、待ってます^^)

 まずキッドだが体格は一般冒険者とさして変わらない。

 身長176センチぐらいで体重も80sあるか無いかって所だろう。

 デブだと思った奴もいるかもしれんが、冒険者をやっていてこの体重は決してデブではない。一般人とは筋肉の付き方が違うからな。

 茶髪のショートで手入れはあまりされていない。

 顔立ちはよく見たらちょっと格好いいかもというような感じである。

 前見たときはレザー製のスケイルメイルを着用し、腰にはハンドアクスを下げ、そのほかの部分もほとんどレザーで固めた極めて軽装な冒険者だった。

 ハンドアクスの一撃は相当な攻撃力があるはずで重くて扱いにくい分、軽装にしたのだろう。

 なかなか合理的な武装だ。

 そしてマリアは16〜7歳のガキで駆け出し魔術師だ。

 紺がかった黒髪の少女(アニメチックにイメージしてくれい)でそれをショートカットにしている。

 もう少し歳を取ればいい女になると俺は見ている。

 身長は150pくらいで体型も同じ歳の女とさしてかわらん。

 こいつの武装した姿は見たこと無いがたぶん鎧の類は何も付けないんだろう。

 貧乏らしいし、筋力も全然なさそうだからそっちのほうがいいかもな。

 だいたいわかって頂けたかな?

 

 そうしている間に酒は進み、みんなもだんだん酔いが回り始めていた。

「へへ・・。実はよう。もう仕事見つけてあんだ。」

 キッドがワイングラス片手にそう言い出す。

 本人は格好を付けているつもりらしいがワイルド感が強いこいつにワイングラスはあまり似合っていない。

「ほへぇ?おしごとぉ・・・・れすかぁ?」

 読みづらくてすまんがマリアの奴は既に漢字で喋ることが出来なくなるほど回っている。

 顔は赤く染まり、目は据わっている。

「ああ。最初の仕事はここから3日の距離にあるシードの村まで魔術師の護衛。

出発は3日後の夜明け。報酬は一日一人あたり銀貨20枚。

戦闘1回事に危険手当も出る。なかなか美味しい仕事さ。」

 一日銀貨20枚・・。あまりのスケールの小ささに俺は軽いカルチャーショックを受けてしまった。

 昔は一日に金貨500枚相当のお宝手に入れるのも珍しくなかったからなぁ。

「・・依頼主はマリアちゃんの師匠のハルダーって人だ。

このギルドの魔術部門の権威らしいけど弟子に最初の仕事を取っておくとはなかなか律儀な人だねぇ。」

 それを聞いてマリアの顔が明るくなる。

「おししょうさまがれすかぁ!うれしいれすぅ〜♪(^-^)」

 魔道士ハルダー。

 ギルドの幹部の一人で魔術部門ではギルド幹部内で10本の指に入る実力者だ。

 俺と似たり寄ったりの歳で若い頃何度か共に冒険をした記憶がある。

 現役を引退してからはギルドの幹部となり、様々な研究に没頭していると聞いていたがあいつがマリアの師匠だったのか。

 思えば生意気でむかつくヤローだった。

 しかしあいつってわざわざ弟子のために仕事を取っておくようないい奴だったかな?

 基本的に自分のことしか頭にない奴だったと思うが・・。

「いくら一人前になったとは言え、色々不安もあるのでしょう。

愛弟子が自分の手に届かないところに行くというのはやはり辛いでしょうからね。」

 マイケルの野郎もワイングラスを片手にそう言う。

 ワイングラスも奴が持てばまるで奴のために作られたかのよう見えてしまう。

 安物のワイングラスが奴の雰囲気や仕草に引き立てられ、高級感を漂わせている。

 同じワイングラスを持たせてもキッドとは大違いだ。

「そう言えばよ。」

 キッドが突然思いだしたように口を開く。

「お二人さんは何を夢見てこの世界に入ったんだ?」

 キッドは興味深げな顔をして訊いてきた。

「わたしはわたしをまほうがっこうにだしてくれたむらのみんなのためにりっぱなまほうつかいになってはたらきたいとおもってますぅ。」

 マリアは少しまじめな顔をしてそう答えた。

 一般庶民から見ると魔法学校は学費が高い。まず個人の力で入れるのは不可能だ。

 だから村でとびきり優秀な子供を村民全員が金を出しあって行かせることはよくある話だ。

 小さな村にとっては治療魔法一つ使えるだけでも村民の死亡率を減らせる大きな力となるからだ。

「もうあなたは立派な魔法使いですよレディ。その志はきっとあなたをより大きく成長させることでしょう。」

「はいっ!(^0^)

 マリアがうれしそうにそう返事をする。

「なるほどな・・。んで、テイファちゃんは?」

 次にキッドは俺に振ってきた。

「『ちゃん』はやめろ。俺は強くなりたいのさ。誰にも負けねえくらいにな。」

 俺は正直にそう答える。今の目的はまさにこれしかない。

「ははは。変わった女の子だな君は。

でも何となく君らしいなって気がするよ。」

 キッドは空になったグラスにワインをさながらビールを注ぐような感じで注ぎながら言った。

 俺は女の子という言葉に少しムッとする。

 そう言われても仕方ないと言うことはわかっている。

 しかし女と呼ばれることに激しい違和感や嫌悪感を押さえることが出来ないのだ。

「そういえばていふぁさん・・・。」

「ん?何だマリア。」

「どうしておとこことばでしゃべられるんれすかぁ?」

 マリアのこの質問を聞いてマイケルとキッドも俺の方を向く。

『俺達もそれが聞きたかった』と言う顔だ。

「そ・・それはだなぁ」

 俺は一瞬返答に窮した。

 まさか元々男だったからとは恥ずかしくて言えない。

 なにかいい言い訳を探した結果、

「たぶんむさい冒険者ばかりに囲まれて育ってきたからだろうな。ははは・・。」

「ふ〜ん。そうなんれすかぁ。」

 あながち嘘ではないところがミソだ。

「あんたの親は冒険者だったのか。」

 キッドが俺に問う。

「う・・う〜ん。親父・・と言うより養父だな。実の親は顔も見た事ねえ。」

 女になってからはな。

 もう両親ともくたばっているし、ここはゴンザレスの養女という設定にして乗りきろう。

「・・。悪いこと聞いちまったかなぁ?」

 キッドはバツが悪そうな顔をして謝る。

「馬鹿ヤロー。んなこまかいことなんざいちいち気にするなって。で、あんたはどうなんだよ?」

 俺はキッドが俺達にしてきたといをそのまま返してやる。

「俺の夢は単純明快さ。一攫千金、一国一城の主になること。これが俺の夢さ。」

 わかりやすい奴だ。

「マイケル。テメーは?」

「夢ですか。私は勇者マイクのような冒険者になることを夢見ています。

神の境地にも近付いた力を持ちながら自らの力に溺れることなく人のため、正義のために剣を振る姿勢は正に勇者と呼ばれて然るべきではありませんか。

実際にあの境地にまでこの私が達せるとは思ってはいませんが志だけでも彼に習おうと思っています。」 

 なるほど。こいつは嫌に庶民的な名前だと思っていたが偽名だな。

 あこがれの勇者とそっくりな名前を自分に付ける。なんて単純な奴なんだ。

 しかしマイケル。お前はマイクという男を見誤っているぞ・・。

「まぁなんにせよ人はそれぞれ夢を持っているからな。

でかかろうが小さかろうが夢は夢だ。冒険者って奴はそいつを前向きに追い続けるドリーマーさ。

現実と夢の間で夢に向かい走り続ける・・な。」

「きっどさん・・。かなりよってませんかぁ?」

 マリアが心配そうに訊く。

酔うさ!今日はそんな夢が集まり、出会っためでたい日だからな。みんなも呑め呑め。今日は俺の奢りだああぁぁぁ!

おおー!!

 こうして宴はますます盛り上がり、夜は更けていくのであった。



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