導師護衛編
第十一章
魔術の塔


 あれから一日経った。

 目的のシードの村に到着したのはまだ日も暮れない昼過ぎのことだった。

 あの一件以来、俺達はほとんど会話を交わさず気まずい雰囲気のままここまで来た。

 キッドとマイケルも仲違いしたままだ。

 この日は特に何も起きず、平穏無事に終わろうとしていた。

 不謹慎かも知れないが俺にとって平穏無事に終わることは非常に辛い。

 汚名返上の機会がなければこのままキッド達にも見限られるかも知れないのだ。

 それだけは避けたいところだったのだが、無情にも平穏無事に辿り着いたのである。

 暗く沈んだ俺達の気持ちに呼応するかのようにシード村は寂れていた。

 建物の外に人影はなく、年季の入った家屋の戸は閉められている。

 森の中から響いてくる木こりの音と、炭焼き小屋の煙突から煙が吹いている事以外、人の生活を感じさせる物はなかった。

 ただ静かな村の往来を通り過ぎていると時折建物の窓から視線が感じられた。どうやら俺達はあまり歓迎されいていないようだ。

 まあ得体の知れない魔術師の訪問なんて物は彼等にしてみれば不気味でしかないんだろう。

「まったく・・。何度来ても辛気くさい村だ。導師であるこの私が来訪したというのに歓迎せぬどころか隠れるとは・・。」

 その様子を見てドルニエが不満げに毒づく。

「当然でしょう。彼等は人の身分や力に敬いの念を感じないだけです。彼等は人の心を敬うのです。そのことにも気付かない者を歓迎するはずもないでしょう。」

 マイケルがドルニエの神経を逆なでするようなことをさらっと言った。

「・・ふん。まったく君も含め、愚民共はそう言うものだ。無力な者ほど選ばれし力を持った者を敵視する。力への嫉妬故にか・・。」

「中途半端な力を持った小物ほどその力を誇示したくなる・・。そうですよね?導師ドルニエ。」

 マイケルがそう吐き捨てると同時にドルニエの歩みがピタリと止まる。

「マイケル!やめろ!!」

 俺はとっさに叫んだが奴は止まらなかった。

「第一彼等のことを何も知らないのに愚民呼ばわりすること自体あなたのおごりでしかありません。」

「この私を小物だと!?卑しい冒険者風情が!!」

 ドルニエは殺意のこもった目でマイケルを睨み、叫んだ。

 両者の緊張が高まる。クソったれ!俺の声など届きやしねぇ!!

「やめねぇか!!」

 マイケルが話している途中に割って入ったのはまたまたキッドだった。

「いいか・・2度とは言わねぇ。それ以上は俺が許さん。まだ何か言おうってんなら俺にも覚悟があるぞ・・。」

「!!」

 キッドのその台詞にマイケルとマリアが驚く。

「な・・キッド。本気で言っているのか?」

「・・・・・・。」

 キッドは返事の代わりに殺気のこもった目で返答した。

「そ・・んな。」

 マイケルが受けたショックは軽くはなかったようだ。かなり動揺している。

「だ・・ダメですよぉ。そんな・・そんな・・あぅ。」

 マリアは何とか場を円満に収めようと何か言おうとしたのだが言葉が出てこず引き込んでしまった。それは俺とて同じだ。今この2人に何を言ってやっても大した効果は得られまい。2人共精神状態が不安定だからだ。

 キッドはマイケルの様子を見て一瞬沈痛な思いのこもった目をしたが、すぐにドルニエに向き直りマイケルの非礼を詫びた。

 取りあえずこの場は収まったようだったがこの状態、先が思いやられるな・・。

 キッドとマイケル。この2人の仲は修復できるのだろうか・・。

 先頭を歩くキッドはドルニエの指示を受けながら進む。やがて俺達は村を抜けていった。

 鬱蒼と茂る森にある整備された林道を道なりに進むとやがて一際高い塔が見えてくる。だいたい六階建てくらいだろうか。あれが今回の目的地、魔術師ギルド所有の魔法実験場だ。特殊石材でできた外壁にはびっしりと幾何学模様が刻まれ、最上階及びその下の階と思われるところには窓がない。そして魔術師なら気付くであろう建物全体を包み込む強大な魔力。

 しかしその幾何学模様が建物全体に刻まれた古代高速魔法言語による結界魔法だとわかる者はこのメンバーの中には俺を置いて他はいるまい。

 内で魔力が暴発しても被害が最小限に食い止められるように、建物をまるまる包み込む強力な結界魔法を恒久的に維持させる魔法が刻み込まれているのだ。正直、ここまでの施設だとは思っていなかったので驚かずにはいられなかった。

 マリアも塔から発せられている魔力を感じ取ったのか、目を丸くしていたが口を開くことはなかった。

「どうやら見えてきたな。皆、ご苦労だった。」

 ドルニエが安心したようにそう言う。

 結局汚名返上の機会はなかったか・・。俺の気持ちはまた沈んでいった。

「君たちは私の研究が終了した後、帰途の護衛について貰う。それまではあの塔に滞在して貰うことになる。滞在中の日当は支払うし、滞在費もこちらが持つ。いいな?」

 なに?

「OKだ。で、いつまでかかるんだ?」

 俺が言葉を発する前にキッドは承諾した。

「研究かね?だいたい一週間から十日と言うところだな。」

 ドルニエは穏やかな笑みを浮かべて返答する。

「その間は何してりゃいいんだ?」

「我々の邪魔にならなければ自由に休んでいてくれて構わない。」

「わかったよ。」

 それだけ言うと、それっきり言葉を交わすこともなく塔まで進んだ。

 真下から見る限り、構造は単純そうだ。

 一階二階部分が土台部分で上階よりも広い。恐らく一、二、三、四階部分は居住区なのだろう。窓がついており、場所によってはテラスまでついている。五、六階部分が実験場だ。

 正門の前には見張りの男が2人立っている。俺達はは門の前まで来ると彼等に止められた。

「導師ドルニエ、ようこそいらっしゃいました。入塔許可証の御提示願います。」

「ご苦労。・・この通りだ。」

 ドルニエは許可証を取りだし、見張りに見せる。

「確認いたしました。今回の来訪目的は?」

「うむ。魔術研究及び魔道師ゲルマ先生の魔術完成式典へハルダー研究室の代表として出席させて頂く。」

 返事を聞くと見張りの1人は入り口に備え付けてあるコミュニケーション・クリスタルで塔の管理者と連絡を取る。そして返事が得られるとドルニエの方に向き直り、「それでは512研究室をご使用下さい。お連れの方は護衛でしょうか?」と返答した。

「その通りだ。適当に部屋をあてがってくれたまえ。」

「わかりました。では導師ドルニエ、お入り下さい。護衛の方はもうしばらくお待ちを・・。」

「ご苦労。君たちはここで待ち彼等の指示に従いたまえ。」

 ドルニエはそう言って塔の中に姿を消した。

 

 

 残された俺達はここで見張りからここに滞在する上での注意事項を伝えられる。

「あなた方が立ち入り出来るのは2階までです。それより上の階に上がることは出来ません。食事は1階の食堂でとっていただきます。食事は一日二回、朝と夕刻になります。2階にある図書室は一般開放されていますので使用されて結構です。ただし書籍を破損された場合は然るべき責任をとっていただくことになります。上階では魔術研究に励まれる導師や魔道士の方々がおられるのでくれぐれも馬鹿騒ぎはしないで下さい。いいですね?」

「ああ。だいたいわかったよ。」

 話が大体終わるとキッドが代表で返事をした。

「後わからないことがあれば召使いに聞いて下さい。・・そろそろ準備が出来たようです。お入り下さい。」

「ああ。お疲れさん。」

 キッドがそう言い、俺達が門をくぐるとだだっ広いロビーに出た。

 2階まで吹き抜けになっていて正面には踊り場から左右に分かれるタイプの大階段が見える。天井には大きなシャンデリアがぶら下がり周りは絵画や彫像、壺などと言った高級感漂う調度品で彩られている。しかしどれも大した値の付く物ではなさそうだな。

 このロビーから一階の他のエリアに延びているのであろう通路が左右各1本、大階段の両脇に各1本伺える。

 入り口の扉の上にある明かり採り窓以外の窓はなく、辺りは薄暗い。そんなロビーに時折忙しそうに行き交う召使いの姿が伺えた。

 そんな中、1人の召使いの中年男が俺達を待っていた。彼は無愛想についてくるように即すと返事も聞かずに先を歩き始めた。

 彼は俺達がついてきているのを確認することもなく、無言でそのまま正面の階段を上りはじめる。

 キッドが無言でこれに続き、マイケル、俺、マリアと続いた。

 2階のつくりも3階に上がる階段のところまでは豪華絢爛といった感じだ。だが魔術師が立ち入ることのない内部エリアになるとがらりと雰囲気が変わった。

 この階は俺が予想した通り俺達のような護衛としてきた者や、何かの付き添いで来た者達、そして召使いなどが使うのであろう寝室が並んでいるようだ。

 建物自体がしっかりしているのでそこらの安宿と比べるとまだ高級感はあるのだが一気に内装が庶民レベルに戻る。

 まぁ俺にしてみればこういう方が居心地は良いんだがな。

「あなた方の部屋はここと隣の2部屋です。好きな方を使って下さい。・・では。」

 部屋の前についた召使いはそれだけ言って足早に立ち去る。一言声をかける暇もなかった。俺達は呆気にとられて召使いの男が消えていった角を無言で見つめていた。

 俺達4人だけになると以前の件から引きずっている険悪ムードのため、みんな押し黙ってしまった。

 マイケルもキッドも言葉を発しようとする気配はない。マリアに至っては俯いて目をも合わせない体勢だ。

 う〜む。何とかこの状況を打破せねば・・。

「な・・なぁ。部屋割りとかどうするんだよ。」

 俺は月並みなところから切り出すことにした。

「ん?」

 と、キッドが聞き返す。

「いや、だから誰がどっちの部屋使うかとか・・あるだろ?」

「ああ。テイファちゃんとマリアちゃん、好きな方選んでくれていいよ。俺達はあまりの部屋でいいからさ。」

「え?俺とマリアが一緒なのか?」

 キッドの答えに俺は素でそう聞き返していた。

 みんなの視線が俺に集まる。どうもみんなの様子がおかしい。何か変なこと言ったか?俺。

「う〜ん。そりゃあ俺だって野郎と一緒の部屋よりカワイ娘ちゃんと一緒に眠れた方が100倍はうれしいけどね。君は良くてもマリアちゃんはその気あるように見えないからねぇ。」

 マリアの顔がぼっと赤くなる。え?なんだ?

「まぁマリアちゃんもOKなら俺はいいよ。っていうか望むところだ。」

「キッド!なんて淫らな・・!!」

「あはは。でもお前だって2人がOKっていうなら一緒に寝るだろう?」

「ばっ・・馬鹿なことを言わないで下さい!」

 マイケルは声を荒げてそう言うとずかずか歩き、奥の部屋に入っていった。

 な・・な・・。

 俺は自分でとんでもないことを言っていたことにようやく気付いた。

「まぁそういうことだ。テイファちゃんがその気でも今回は我慢してくれ。」

「べっ・・別にそう言うつもりで言ったわけじゃねぇよ!」

「はははは。お。顔赤くして。可愛いところあるじゃんか。」

 なにぃ!?

「ば・・!馬鹿なこというなっ!!」

「まぁ取りあえずあっちの部屋、マイケルが取っちまったみたいだからこっちの部屋で我慢してくれ。まぁどっちも変わんないだろうけどね。」

 そう言って奴は部屋の中に消えていった。

 くそ・・大失態だ。俺はついつい自分が女になっていたことを忘れていた。そのため純真無垢そうなマリアと寝所を供にすると言う行為に抵抗感いや、罪の意識すらあったのだ。

 理由はもう1つある。今の状態でキッドとマイケルを同室にして置いて大丈夫だろうかという心配もあったのだ。

 しかし・・あーっ畜生なんてこったい!絶対軽い女と見られたに違いないっ!

「あのー、テイファさん?」

 んん?

「あの、大丈夫ですか?」

「え?あ・・ああ。大丈夫さ。」

 よほど深刻な顔をしていたのかマリアが心配そうに俺の顔をのぞき込む。この娘の目に今の俺はどう写っているのだろうか?

 俺はギクシャクしながら部屋に入ったのだった。

 

 

 時は流れ、夜になっていた。

 夕食後、部屋に戻るとマリアは無言のまま魔道書を取りだし読みふけっている。その本の傷み具合からどれ程熱心に勉強してきたかが伺える。

 しかし今はまるで上の空の様子だ。

 きっとマイケルとキッドのことを考えているのだろう。いや、それともドルニエのことか?

 俺も隣でベッドに転がり今回の仕事について色々考えてみることにした。

 今回は何かと不可解な点が多い。

 マリアの師匠に当たる、ハルダー。この男もかなりひん曲がった性格でマリアのような末端の弟子に仕事を回すような性格ではなかった。もっとも、これは奴が現役冒険者だった頃の話だからもう10年以上経っている。

 その間に直ったのか?それは無い気がするが・・。

 しかし性格が直ったとしか思えない一面も見せているのだ。

 それが導師ドルニエの存在だ。導師と言うだけあってちょっとはやり手の魔術師だ。奴の実力ならばこの塔へもテレポート魔法で来れるはずだ。なのにそうしなかったのはハルダーの指示としか考えられない。

 奴の言動から見てマリアのために依頼するようなことは有り得まい。マリアに対して無関心だった証拠にマリアが修得している魔法を把握していなかったしな。

 しかしこれでハルダーの性格が直っていると言うにはあまりにも不可解な点がある。それがマリアの実力だ。

 はっきり言ってマリアの実力は冒険者としてやっていける物ではない。

 冒険者として見聞を広める魔術師は多い。研究室によっては修行過程にそれを組み込んでいる場合も多く見られる。

 その過程に進むためにはある程度定められた魔法を修得する必要があるのだがマリアはそれを修得していないのだ。

 ドルニエが妙に道を急いでいたのも気にかかるところだ。

どうもおかしい。嫌な予感がするぜ。

ズズン…

 突如、大きな振動が塔上階から響く爆音と供にこの部屋いや、塔全体を走った。

「きゃっ」

 驚いたマリアが短い悲鳴を上げる。

「な・・なにごとですか?」

 マリアは無意味にキョロキョロ周りを見渡し、現状を把握しようと務めていた。

 振動は上階からの物だった。

 結界魔法で隠されてはいるがはっきりと魔力の働きを感じた。

「マリア。すぐに戦闘準備を整えろ。上で何かが起こったらしい。」

「え?ええええ!?」

 マリアは状況が理解できないまま俺の言うとおりに戦闘準備を始める。

 俺も鎧を着込みながらこの異変に心を躍らせていた。



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