導師護衛編
第十二章
異  変

 

 夜の塔内は騒然としていた。

 突然塔を揺らした魔力暴走と見られる振動がどれ程異例の出来事なのかは召使い達の脅え慌てる様を見るとよく解る。

 俺とマリアは手早く武装をすると部屋を飛び出した。するとそこには間抜けにも非武装状態で突っ立っているキッドがいた。

「おい、今の振動はなんなんだ?ってその格好・・。」

「何が起こったのかはわからん。だが上階で何らかの魔法による爆発でもあったんだろうな。マイケルは?」

「あの野郎なら、様子見に出ていったよ。」

「ちっ・・。キッド、嫌な予感がする・・。すぐ武装してきてくれ。」

「え・・?嫌な予感?」

「こんな時間に何らかの爆発があったんだ。何か起きていると踏んで間違いないだろう。」

「あ・・ああ。わかったよ・・。」

 そう言うとキッドは部屋に戻っていった。

 くそ・・キッドもマイケルも案外鈍いやつだな・・。

 部屋の中からはキッドが鎧を身につける音が微かに聞こえる。

 奴を待っている間も召使い達が数人、不安そうな顔で前を通り過ぎていった。そしてもう一発。

ズドン!

 今度のは先程より近い!!

 音とともに人の悲鳴がそこかしこから聞こえた。

 上階実験室の結界内で暴発しているような物じゃない。誰かが結界外で意図的に魔力を振るっているのだ!

 しかしギルド本部ほどではないにしろ、ここにも厳重な防護策が講じられている。

 それをいとも簡単に破り、上階まで行けるような魔術士か・・。

 いや、あるいは内部でやけを起こした大馬鹿野郎か。

 一体何が起きているんだ!?

 そうしているウチにキッドが扉を蹴り開けて出てきた。

「くそっ!なんだってんだよ!!取りあえず行ってみよう。」

 キッドは悪態をつきながらそう提言し、俺達は階段の方に向かって走りはじめた。

 

 

 中央の大階段に辿り着いた。上階からは悲鳴と不気味な笑い声が微かに聞こえてくる。

 戦闘が行われているのは間違いないようだ。

「テイファ!マリア!危険です!部屋に戻っていて下さい!!」

 階段の前でここの魔術師と思われる2人と一緒に、上の様子を窺っていたマイケルが、俺達を見つけてそう叫ぶ。

 馬鹿言うな!何で俺がのこのこもどらにゃならんのだ!!俺がそう言おうとした矢先、

「マイケル!それよりお前も戻って防具を付けてこい!!ここは俺が見ておく!」

 キッドがそう言い放った。

「そんな悠長なことをしている暇はありません!私はこのまま行きます。」

「悠長っ・・て何がおきてんだよ!?」

 キッドはそう言ったマイケルに詰め寄った。

 マイケルは答えて何かを言おうとするが一緒にいた中年の魔術師の一人に制された。

「待ちなさい。それは我々から説明しよう。」

「む・・。」

 そう言われこの場にいる者達は皆、その魔術師の方に向き直る。俺達だけではなく、その場にいた数人の召使い達もだ。

「いま、上では魔道士ゲルマ先生が魔剣を片手に狂ったように暴れておられる。」

 ゲ・・ゲルマだとぉ!?

「原因は一切わかってはいない。ゲルマ先生は既にこの塔の制御球を手中になされ、我々は脱出することすら出来ない状態にある。・・どうやらゲルマ先生は塔内の者を皆殺しになさろうとしておられるようだ。」

 魔術師は困惑した顔でそう語った。最後に深い溜め息。

「我々は今、絶望的な状況にあるというわけだ。そこでゲルマ先生が何とか落ち着いていただくために力を貸して欲しい。今上では魔術師達が懸命にゲルマ先生を取り押さえにかかってはいるが先生の魔力は強く、なかなか難しい状態なのだ。」

 魔術師の顔には焦り、不安、恐怖、絶望の色が濃く伺える。まぁ相手が魔道士とあれば仕方あるまい。

 魔道士ゲルマ。こいつは最近ギルドでも実力を伸ばしてきている魔道士だ。

 昨日ちらりとドルニエの野郎がゲルマの魔術完成式典に出ると言っていたが、以前俺の掴んでいた情報が正しければその儀式とは剣に魔力を封入するものだったはずだ。この儀式が完成すればゲルマの地位向上は約束されていた。

 明るい未来が約束されていた男が何故突然こんな凶行に走ったのか?・・わからねぇな。

 わかっていることはかなり危険な状態にあると言うことだけだ。

 何せ相手は魔道士だ。ギルドでもトップクラスの実力を持つ者が魔道士という称号を与えられる。その魔力は導師級の者の比ではない。

 厄介なことになってきたぞ・・。

「そんな!なぜなんですか!?何故ゲルマ先生のような偉大な先生がこんな事を・・。」

 マリアが泣きそうな声でわめく。原因はわからないと言われたところだったのだがそれでは収まらないのだろう。

「おい。ちょっと待て!脱出もできないってのはどういうこった?」

「先生は塔の制御球を抑えられ、入り口に、そして全ての窓に鍵をかけられたのだ。これらの鍵は制御球を取り戻さない限り開くことはない。そしてこの塔は特殊な結界によりテレポート魔法が封じられているのだ。外からはいることも中から出ることもできなくなっている。」

「・・・・。」

「やるしかないのだ。生き残りたくばな。」

 魔術師の答えを聞いたキッドはしばらく何も言えずに止まった。

 そして後ろの召使い達がわめき始める。彼等は悲鳴を上げながらこの場から逃げ去っていった

「くそ・・なんてこった・・。テイファとマリアはここら辺で隠れていろ。君たちを護れる余裕はなさそうだ。」

 キッドが申し訳なさそうにそう言った。

「何言いやがる!俺は護って欲しくなんかねぇ!!自分の身くらい自分で何とかするさ!」

 俺は即座にそう言い返す。

「しかしだな、相手は魔道士だぞ?はっきり言って俺達でも勝てる見込みが薄い相手なんだ。」

 キッドが溜め息混じりに言う。

「ああ。その通りだ。お前達じゃ勝てない。だから俺も行くってんだ。だいたい隠れたところで仕方ねぇだろう。すぐに見つかって殺られるのがオチさ。」

 俺は笑みを浮かべて言ってやった。

「・・テイファさん。」

 マリアが心配そうに俺の顔を覗き込む。

「取りあえず相手を見ねぇとな。相手をしらねぇかぎりは勝ち目は見えない。全てはそれからだ!」

 俺は階段の上を眺めた。魔術師しか立ち入れないエリアだが、今扉は開いている。

「あんた達、インビジビリティ使えるか?使えるなら俺にかけてくれ。様子を見に行く。」

 俺は魔術師連中に向き直ってそう言ってやる。キッドとマイケルの血相が変わった。

「テイファ!1人で行くつもりか!?無茶だ!!殺られちまう!!」

「そうです!ここは私に任せて・・」

黙れ!俺が行っている間にマイケルは鎧を着けてこい!お前の鎧は鉄製だから多少奴の魔力を削ぐことが出来る。キッドとマリアはその魔術師達とこの階と下の階にいる魔術師や導師達を集めてこい!」

 有無を言わさぬ指示。奴らは俺の迫力に飲まれ、たじたじしていた。

「しかし君では・・。」

 しかしキッドは尚も食い下がろうとする。

馬鹿野郎!俺じゃなきゃダメなんだよ!いいか?俺の鎧は特別製だ。魔法抵抗力に関してはお前らのそれの比じゃねぇ。忍び足にも自信がある。第一お前らにパッと見ただけで勝機を探し出すことが出来るってのか?」

 そう言われキッドは唖然とした。

「・・あなたは相手をパッと見ただけで勝機を見つけだすことが出来るのですか?」

 言葉に詰まったキッドの代わりにマイケルが俺にそう問う。

「いいから任せろ!お前はとっとと行け!!マリア達もすぐに行ってくれ。」

「は・・はい!テイファさん、どうかお気を付けて・・。では行って来ますっ。」

 マリアは素直に動いてくれるから助かる。ペコリとお辞儀をすると下の階の方に走っていってくれた。

「テイファ・・」

 尚も食い下がろうとするマイケルを今度はキッドが止めた。

「マイケル。ここは彼女の言うとおりに動こう。俺達が行っても勝機を見つける自信なんて全くねぇ。彼女にはそれがあるんだからそれに賭けよう!」

「・・・・・・わかりました・・。」

 マイケルとキッドの方も大丈夫だな。

「よし!おっさん!とっとと頼む。」

 俺は何とかパーティがまとまってきたのを確認すると、魔術師に魔法を促す。

「・・わかった。それでは始めよう。」

 そう言って魔術師は呪文を唱え始めた。

 マイケルは部屋の方に戻り、キッドと残りの魔術師がマリアを追って下に降りていく。俺はその様子を見守りながら魔法がかかるのを待った。

 呪文詠唱が終わりに近付き魔力が高まる。・・と言っても大した魔力ではないが。この魔力ではそう長く保つまい。保ってせいぜい10分くらいか・・。

 俺は走る体勢を整える。そして呪文が完成した。俺の体は次第に薄れ、他人からは全く見えなくなる。魔術師が何か説明しようとしていたようだが俺はそれを一切無視し、上に向かって走り始めた。

 ゲルマは恐らくこの上の上の階、すなわち4階にいる。振動や悲鳴から推測したものだ。俺は3階に登るとそのまま4階に向かう。

 途中の踊り場で走るのをやめ、音を立てないように隠密行動に移る。俺は天王の剣を抜き油断無く辺りを注意しながら先へと進んだ。

 4階に近付くにつれ、辺りに肉の焼ける臭いと焦げ臭い臭いなどが漂ってきた。そして強大な魔力も。

 戦闘は階段を上りきったところの正面にある通路で行われていた。階段を背にして立つゲルマ。つまり今俺は奴の背後約30メートル地点にいる。

 そして奥に10人くらいの魔術師達がいた。彼等の後ろにあるはずの通路が魔法の石壁でふさがれ、魔術師達は退路を完全に塞がれている。

 彼等は追い詰められた恐怖に顔を青くして呪文を詠唱している。

 それを前にして、ゲルマは悠然と立っていた。1振りの剣を手にし、魔術師達が呪文を唱える様を眺めている。ここからでは表情は見えないが、何となく笑みを浮かべてたたずむ表情が想像できた。

 順に魔術師達の呪文が完成し、ゲルマに襲いかかる。エネルギーボルトみたいな初級魔法からファイア・ボール級の強力な物まで様々なようだ。

 ズドン!!

 ゲルマを中心に強烈な爆発が起きた。炎と爆煙で何も見えなくなる。

「ふふふはははは。ははははははは!!!

 その声ははっきりと爆煙の中から聞こえた。ゲルマだ!奴は見事に結界で全ての攻撃を遮断していた。

「その程度でこのわしが倒せるか!」

 爆煙が晴れるとゲルマはそう叫び、魔術師に斬りかかっていった。皆、ゲルマが動くことで空いた隙間をぬって散り散りに逃げ出す。上の階、下の階へとバラバラに。俺はこちらに走ってくる魔術師を手すりの上に乗って避けた。

 ゲルマは逃げる魔術師に目もくれず狙いを定めた男に近付き、剣を振るった。

 逃げ遅れた魔術師は為す術もなく奴の剣の餌食になって倒れる。俺はその様子を見てはっとした。

 あの剣は!?

 俺にはその剣に見覚えがあった。間違いない。しかし何故奴が・・?

 ゲルマは邪悪な笑みを浮かべながら次の獲物を求めて歩き始めた。

 来るか?

 しかし奴は俺の危惧をよそに上の階に上っていった。

 ふぅ・・何とか時間が稼げるな。上に逃げた連中が全滅するまでどれくらいもつか・・。

 ゲルマは上に追い詰められた連中を全滅させに行ったのだろう。それが終われば次は下だ。

 それにしても・・。

 俺は奴が持っていた剣を思い起こす。

 あの剣には見覚えがあった。しかしどうして・・。

 はっ・・もしかしてそう言うことなのか!?

 いや、そうとしか考えられない。

「なるほどな・・そう言うことだったのか。」

 俺は1つの確信を頭に浮かべながら仲間の元に戻っていった。



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