今度のは先程より近い!!
音とともに人の悲鳴がそこかしこから聞こえた。
上階実験室の結界内で暴発しているような物じゃない。誰かが結界外で意図的に魔力を振るっているのだ!
しかしギルド本部ほどではないにしろ、ここにも厳重な防護策が講じられている。
それをいとも簡単に破り、上階まで行けるような魔術士か・・。
いや、あるいは内部でやけを起こした大馬鹿野郎か。
一体何が起きているんだ!?
そうしているウチにキッドが扉を蹴り開けて出てきた。
「くそっ!なんだってんだよ!!取りあえず行ってみよう。」
キッドは悪態をつきながらそう提言し、俺達は階段の方に向かって走りはじめた。
中央の大階段に辿り着いた。上階からは悲鳴と不気味な笑い声が微かに聞こえてくる。
戦闘が行われているのは間違いないようだ。
「テイファ!マリア!危険です!部屋に戻っていて下さい!!」
階段の前でここの魔術師と思われる2人と一緒に、上の様子を窺っていたマイケルが、俺達を見つけてそう叫ぶ。
馬鹿言うな!何で俺がのこのこもどらにゃならんのだ!!俺がそう言おうとした矢先、
「マイケル!それよりお前も戻って防具を付けてこい!!ここは俺が見ておく!」
キッドがそう言い放った。
「そんな悠長なことをしている暇はありません!私はこのまま行きます。」
「悠長っ・・て何がおきてんだよ!?」
キッドはそう言ったマイケルに詰め寄った。
マイケルは答えて何かを言おうとするが一緒にいた中年の魔術師の一人に制された。
「待ちなさい。それは我々から説明しよう。」
「む・・。」
そう言われこの場にいる者達は皆、その魔術師の方に向き直る。俺達だけではなく、その場にいた数人の召使い達もだ。
「いま、上では魔道士ゲルマ先生が魔剣を片手に狂ったように暴れておられる。」
ゲ・・ゲルマだとぉ!?
「原因は一切わかってはいない。ゲルマ先生は既にこの塔の制御球を手中になされ、我々は脱出することすら出来ない状態にある。・・どうやらゲルマ先生は塔内の者を皆殺しになさろうとしておられるようだ。」
魔術師は困惑した顔でそう語った。最後に深い溜め息。
「我々は今、絶望的な状況にあるというわけだ。そこでゲルマ先生が何とか落ち着いていただくために力を貸して欲しい。今上では魔術師達が懸命にゲルマ先生を取り押さえにかかってはいるが先生の魔力は強く、なかなか難しい状態なのだ。」
魔術師の顔には焦り、不安、恐怖、絶望の色が濃く伺える。まぁ相手が魔道士とあれば仕方あるまい。
魔道士ゲルマ。こいつは最近ギルドでも実力を伸ばしてきている魔道士だ。
昨日ちらりとドルニエの野郎がゲルマの魔術完成式典に出ると言っていたが、以前俺の掴んでいた情報が正しければその儀式とは剣に魔力を封入するものだったはずだ。この儀式が完成すればゲルマの地位向上は約束されていた。
明るい未来が約束されていた男が何故突然こんな凶行に走ったのか?・・わからねぇな。
わかっていることはかなり危険な状態にあると言うことだけだ。
何せ相手は魔道士だ。ギルドでもトップクラスの実力を持つ者が魔道士という称号を与えられる。その魔力は導師級の者の比ではない。
厄介なことになってきたぞ・・。
「そんな!なぜなんですか!?何故ゲルマ先生のような偉大な先生がこんな事を・・。」
マリアが泣きそうな声でわめく。原因はわからないと言われたところだったのだがそれでは収まらないのだろう。
「おい。ちょっと待て!脱出もできないってのはどういうこった?」
「先生は塔の制御球を抑えられ、入り口に、そして全ての窓に鍵をかけられたのだ。これらの鍵は制御球を取り戻さない限り開くことはない。そしてこの塔は特殊な結界によりテレポート魔法が封じられているのだ。外からはいることも中から出ることもできなくなっている。」
「・・・・。」
「やるしかないのだ。生き残りたくばな。」
魔術師の答えを聞いたキッドはしばらく何も言えずに止まった。
そして後ろの召使い達がわめき始める。彼等は悲鳴を上げながらこの場から逃げ去っていった
「くそ・・なんてこった・・。テイファとマリアはここら辺で隠れていろ。君たちを護れる余裕はなさそうだ。」
キッドが申し訳なさそうにそう言った。
「何言いやがる!俺は護って欲しくなんかねぇ!!自分の身くらい自分で何とかするさ!」
俺は即座にそう言い返す。
「しかしだな、相手は魔道士だぞ?はっきり言って俺達でも勝てる見込みが薄い相手なんだ。」
キッドが溜め息混じりに言う。
「ああ。その通りだ。お前達じゃ勝てない。だから俺も行くってんだ。だいたい隠れたところで仕方ねぇだろう。すぐに見つかって殺られるのがオチさ。」
俺は笑みを浮かべて言ってやった。
「・・テイファさん。」
マリアが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「取りあえず相手を見ねぇとな。相手をしらねぇかぎりは勝ち目は見えない。全てはそれからだ!」
俺は階段の上を眺めた。魔術師しか立ち入れないエリアだが、今扉は開いている。
「あんた達、インビジビリティ使えるか?使えるなら俺にかけてくれ。様子を見に行く。」
俺は魔術師連中に向き直ってそう言ってやる。キッドとマイケルの血相が変わった。
「テイファ!1人で行くつもりか!?無茶だ!!殺られちまう!!」
「そうです!ここは私に任せて・・」
「黙れ!
俺じゃなきゃダメなんだよ!いいか?俺の鎧は特別製だ。魔法抵抗力に関してはお前らのそれの比じゃねぇ。忍び足にも自信がある。第一お前らにパッと見ただけで勝機を探し出すことが出来るってのか?」
そう言われキッドは唖然とした。
「・・あなたは相手をパッと見ただけで勝機を見つけだすことが出来るのですか?」
言葉に詰まったキッドの代わりにマイケルが俺にそう問う。
「いいから任せろ!お前はとっとと行け!!マリア達もすぐに行ってくれ。」
「は・・はい!テイファさん、どうかお気を付けて・・。では行って来ますっ。」
マリアは素直に動いてくれるから助かる。ペコリとお辞儀をすると下の階の方に走っていってくれた。
「テイファ・・」
尚も食い下がろうとするマイケルを今度はキッドが止めた。
「マイケル。ここは彼女の言うとおりに動こう。俺達が行っても勝機を見つける自信なんて全くねぇ。彼女にはそれがあるんだからそれに賭けよう!」
「・・・・・・わかりました・・。」
マイケルとキッドの方も大丈夫だな。
「よし!おっさん!とっとと頼む。」
俺は何とかパーティがまとまってきたのを確認すると、魔術師に魔法を促す。
「・・わかった。それでは始めよう。」
そう言って魔術師は呪文を唱え始めた。
マイケルは部屋の方に戻り、キッドと残りの魔術師がマリアを追って下に降りていく。俺はその様子を見守りながら魔法がかかるのを待った。
呪文詠唱が終わりに近付き魔力が高まる。・・と言っても大した魔力ではないが。この魔力ではそう長く保つまい。保ってせいぜい10分くらいか・・。
俺は走る体勢を整える。そして呪文が完成した。俺の体は次第に薄れ、他人からは全く見えなくなる。魔術師が何か説明しようとしていたようだが俺はそれを一切無視し、上に向かって走り始めた。
ゲルマは恐らくこの上の上の階、すなわち4階にいる。振動や悲鳴から推測したものだ。俺は3階に登るとそのまま4階に向かう。
途中の踊り場で走るのをやめ、音を立てないように隠密行動に移る。俺は天王の剣を抜き油断無く辺りを注意しながら先へと進んだ。
4階に近付くにつれ、辺りに肉の焼ける臭いと焦げ臭い臭いなどが漂ってきた。そして強大な魔力も。
戦闘は階段を上りきったところの正面にある通路で行われていた。階段を背にして立つゲルマ。つまり今俺は奴の背後約30メートル地点にいる。
そして奥に10人くらいの魔術師達がいた。彼等の後ろにあるはずの通路が魔法の石壁でふさがれ、魔術師達は退路を完全に塞がれている。
彼等は追い詰められた恐怖に顔を青くして呪文を詠唱している。
それを前にして、ゲルマは悠然と立っていた。1振りの剣を手にし、魔術師達が呪文を唱える様を眺めている。ここからでは表情は見えないが、何となく笑みを浮かべてたたずむ表情が想像できた。
順に魔術師達の呪文が完成し、ゲルマに襲いかかる。エネルギーボルトみたいな初級魔法からファイア・ボール級の強力な物まで様々なようだ。