導師護衛編
第十三章
語れない真相

 

 俺はゲルマが上に上がっていくのを見ると階段を駆け下りる。

 あいつが持っていた剣には見覚えがあった。

 なるほどな。これで全てが繋がる。

 あの剣は間違いなく狂気の魔剣だ。

 その名前から手に持った瞬間狂気にとりつかれると思いがちだが、普通に使えば質のいい剣で何ら持ち主に害を与えることはない。

 しかしキースペルによって魔力が解放されると話は別だ。

 次に手に取った者は剣に支配され、狂気の殺戮者と化す。今のゲルマのように。

 高い魔力抵抗力を持つはずの魔道士級の者でさえ、その支配を抗うことが出来ないところを見ると相当強力な呪いだな。

 この狂気の魔剣、もともとは10年以上前に古代遺跡を探索した際に手に入れた物だ。

 宝を分配する際に当時一緒に冒険していたハルダーが欲しがり、持って行った。

 研究の対象にするとか何とか言っていたが…ライバルの謀殺用に取ってやがったのか。

 事の真相は恐らくこうだ。

 

 もともとゲルマはハルダーと同門の出で、ハルダーの弟弟子に当たる。

 ハルダー研究室は今回ゲルマの行う魔法剣制作実験に反対を唱えていた。

 未知なる魔法の使用実験の危険性を訴えていたハルダーだが、結局ハルダーの意見は通らず実験は承認された。

 今回魔法剣制作実験で成功するとゲルマは遂にハルダーの地位を抜いてしまうことが確約されており、ギルド幹部会はそれを妬んだ妨害だと見なしたのだ。まぁ実際そうだろうが・・。

 その後もハルダーはゲルマに直接実験の中止を訴えていたらしい。しかしゲルマも出世欲の大した野郎らしく、全く取り合わなかった。

 そこで今回のような強行手段に出たのだろう。

 ドルニエを使って剣をすり替えさせ、魔力を発動させて暴れさせようとしたのだ。

 これでドルニエが道中やけに急いでいた理由も説明が付く。

 近日中に行われるであろう魔術完成式典とやらが始まるまでにすり替える必要があったからだ。

 恐らくはマリアが予想以上に仲間を集めるのに時間がかかったため、急ぎの旅になっちまったんだろう。

 しかしここまでなら俺達が行かずともドルニエ1人で決行できるはずだ。

 奴ならテレポートで一瞬にしてここまで来れたはずだしな。

 だがしかし敢えてまだ半人前のマリアをわざわざ出した理由は別にちゃんとある。

 マリアは今回の事件をより悲劇的な物にするために選ばれた生け贄だ。

 貧村出身の彼女が狂ったゲルマに惨殺されたなら周りから同情を買うにはいい存在だ。そして貧村出身と言うだけでなんら研究室には役に立たないと見なされていたのだろう。

 授業料だけふんだくって散々放って置いた挙げ句、口減らしのために使い捨てにするつもりだったのだ。

 ハルダーは更にドルニエもここで殺すつもりだったのかもしれん。

 ドルニエは性格悪い上に実力があるから成長するのを恐れた可能性がある。芽のウチに摘んでおこうってわけだ。

 弟子にとって師匠の命令は絶対だ。あること無いこと吹き込んでやらせたのだろう。

 結局ハルダーは昔と全然変わって無いどころか更にロクでもない奴になっていたってことか。何だか安心したぜ。

 しかし真相が分かったところで俺達がこれを証明してもハルダーに揉み消されるだろう。

 ここは事の真相は黙っていた方がいいな。

 キッド達に真相を知らせたら危ない。

 変に知っていることがばれたらハルダーを敵に回すことになるからな。

 ロクでもない奴だが奴の力は大きい。ギルド内の権力だけでなく本人の実力も相当な物だ。

 あいつ等が巻き込まれたら切り抜けることはできまい。

 ここは何とかごまかさないとな・・。

 しかしそれ以前に問題なのはゲルマとどうやって相対するかだ。

 先程見た限りではごく強力なルーンシールドが張られている。今残っている魔術師達をかき集めても破れる代物ではあるまい。

 その上奴はシールドまで張っていたようだ。今の奴は魔法による攻撃と物理攻撃両方に大きな抵抗を有しているというわけだ。

 あのシールドを破るには対装甲用の巨大なクロスボウかマジックアイテムでも持ち出さない限りここにいるメンバーでは打ち破ることはできまい。

 

 

 俺が3階についた頃、俺にかけられていたインビジビリティの魔法はその効果を徐々に失っていった。

 やれやれ。何とか凌げたな。俺は2階におりようと階段を見下ろすとマリアが1人でのこのこと上がってきた。

「テイファさん!ああ・・よかった・・。また凄い震動でしたけどお怪我はありませんでしたか?」

 マリアは涙目でオロオロしながら問う。

「馬鹿。勝手に上がってきたら俺が行った意味が無いじゃねぇか。」

「だって・・沢山の魔術師の方が降りてこられていたのにテイファさんが帰ってこられないから・・。」

 マリアは涙目でそう言った。なるほど・・心配してきてくれたって事か。

「心配してくれるのはありがたいけどな。だからといって何の策も講じずに単身でやって来るってのは感心できんぞ。で、他の連中は?」

「はい。みんなは1階です。・・テイファさん。勝手なことをしてすみませんでした。」

 マリアは俺の質問に答えた後律儀にお辞儀をしながら謝った。

「次からは気を付けてくれ。じゃあ降りるか。」

 俺がそう言って階段を下りようとしたとき、

「ど・・導師様!?」

 4階への階段の方を見ながらマリアが叫んだ。

 振り返ると血まみれのドルニエが階段を壁づたいにのろのろと降りてきていた。

 爆煙で確認できなかったがあの時斬られたのはこいつだったのか!?

 俺達が駆け寄ろうとするとドルニエはバランスを崩して階段から転げ落ちた。

 そのまま倒れるドルニエの側に駆け寄る。

「ぐ・・君たちか・・。」

 ドルニエはかろうじて意識を保っていた。俺はすぐさま傷の具合を診る。

 ドルニエは左肩口から腹部辺りまでを斬られていた。傷自体は比較的まだ浅い方だったが出血がひどい。しかもこれだけ広い範囲の斬り傷になると止血は出来ない。

 魔法による治療がないと・・。しかし下まで魔術師を呼びに行ってから戻ってくるのは大変危険だ。しかもそれでは間に合わないかもしれん。かと言って連れていくことも俺達の体力では難しい。

「・・だめだ。お前はもう助からん・・。」

「ええ!?」

 声を上げたのはマリアだ。口に手をあて震えている。

「私も運がないな・・。よりによってここで出会ったのが君たちのような何もできない冒険者達だとはな・・。私は・・こんな所で死ぬのか・・。」

 ドルニエは目に涙を溜めたて恨めしそうに天井を見ていた。

 ち・・事の発端はこいつだったとは言え、これからのことを考えるとそこそこ使える奴だったのにな。

「導師様!諦めないで下さい!今、治療いたしますから!」

 マリアはそう言うとドルニエの傍らに膝をつき、パラパラと魔道書をめくると呪文詠唱体勢に入った。

 なに?治療って・・お前はヒーリングは使えないんじゃないのか?

 俺はそう問おうとしたがマリアは既に精神集中に入っていたのでやめた。

 予想外の展開に俺もドルニエも驚きを隠せない。マリアは前の戦闘で確かにディテクトマジックとライトしか使えない、と言っていたはずだ。なのに今は治療するというのだ。一体どうなっているんだ?

 マリアはたどたどしく呪文詠唱を始めた。黙って様子を見守る。

 これは・・!?

 俺はマリアの詠唱に違和感を感じた。

 ドルニエもそうなのだろう。マリアの方を驚きと不安の混ざった顔で見ている。

 マリアの詠唱している術式は魔術師ギルドで教えている術式とは明らかに異なっていた。妙にぎこちなく、無駄に長いところがあるが確かに治療効果を求める術式のようだ。

 そして・・・・

 多少危ういところもあった物のマリアはなんとか魔力制御に成功し、ドルニエの傷が塞がってゆく。

「おお・・」

 俺は思わず感嘆の声を上げた。ドルニエの傷は完全に塞がりはしなかった物の、完全に止血された。ここまで効果があれば大丈夫だ。奴は生き延びられる。

「よかった・・成功しました・・。」

 マリアはふぅと一息ついて言った。

 ドルニエは傷を抑え、小さく呻きながら身を起こし、マリアを見る。

「・・驚いたな・・。しかし今の術式は誰に教わったのかね。」

 一命を取り留めたドルニエは何とも頼りない命の恩人を見て呟いた。

「その・・術式を一生懸命頑張って組み立ててみました・・。実際に発動させてみたのは今回が初めてなんですけど・・。」

「なんだと!?」

 俺とドルニエは仰天した。

 基本的に初級魔術師の魔法修得法と言えば術式の丸暗記だ。そのため初級魔術師が使う魔法はすべて術式が統一されている。最初の段階で一応術式は学ぶ物の、術式を実際に組み立てて魔法を研究するのは導師になってからだ。

 しかしこいつは駆け出し魔術師の実力にも満たない段階で勝手に術式を組み立てたと言うのか!?

「あのっ、無茶なことをしてごめんなさい・・・。」

 驚いているドルニエを見て怒られたと思ったのだろうか。マリアはドルニエに深々と頭を下げて謝っていた。

「・・いや、謝ることはない。君の無茶のおかげでこうして一命を取り留めることが出来た。感謝する。」

 ドルニエはまだ呆気にとられたままマリアに礼をいった。その一言を聞いたマリアの顔はすぐに明るくなる。

「しかし一命を取り留めたと言ってもここを切り抜けられたわけではない・・。ゲルマ先生相手にどうやって勝てと言うのだ・・。」

 溜め息混じりにそう言うドルニエ。ゲルマの魔力を目の前で見、そのすさまじさに圧倒されているのだろう。

「・・いや、切り札はある。」

 俺は先程頭に浮かんだ1つの方法を思い浮かべながら、自信に満ちた顔をしてそう言ってやった。

「・・・・愚かな・・。君はゲルマ先生の恐ろしさを知らないからそういえるのだ。我々導師の魔力を持ってしても・・」

「奴が張ってあるシールドとルーンシールドだろ?わかっているさ。」

 ドルニエの言を遮って俺がそう言うとドルニエは驚きの表情を見せる。

「俺を見くびるなよ。さっきインビジビリティかけて貰って奴が暴れているのを見てきた。奴の防護魔法を破る方法はある。」

「な・・?」

 ドルニエは俺の言葉に驚き、声も出ない様子だ。

「とにかくここは危険だ。早く降りねぇと奴が来る。話は途中でしてやるからとっとと立て。」

「うむ・・。」

 ドルニエ壁に手をつきながらはよろよろとよろよろと立ち上がる。

 出血がひどかったせいだろう。今の奴はまともに歩くことが出来そうになかった。

「ち・・。しょうがねぇな。マリア、右側を頼む。」

 俺はそう言ってドルニエの左側からに肩を貸してやる。

「えっ?あ、はい。」

 マリアもすぐさま右側に回ってくれた。

 俺とマリアでは左右に高低差が生じるが、まぁ支えが無いよりましだろう。

「せ・・世話をかけるな・・。」

 ドルニエはばつが悪そうにそう言った。

 今まで散々無能とののしった相手にこうやって助けられているのだ。気分はあまり良くないだろう。

「んなことはいい。しっかり歩けよ。」

 俺はそれだけ言って階段の方に歩き始めた。



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