導師護衛編
第十六章
結  末

 

 キッドは天王の剣を上段に構え、呆然とキッドを見つめるゲルマの右肩口に斬りつけた。

 辺りに肉が裂け、骨が折れる音が響いた。

 そしてゲルマはあっけなく倒れた      

 

 辺りは緊張が解けきれない沈黙が続く。

 マイケルもキッドも、倒れたゲルマに油断無く構えていた。

「殺った・・のか?」

 ゲルマは動かない。その体を傷からあふれ出した血の池が覆っていく。

 俺はゲルマに駆け寄ると、生死を確認するために軽く奴の肌に触れた。

 既に死体と化していたそれは徐々に体温が失われつつあるところだった。

 俺が近寄っても動く様子がないゲルマを見て少し安心したのか、キッドとマイケルも武器を下ろし近付いてきた。

 後方の魔術師達が固唾を飲んでこちらを見守る。

「心配ない。こいつはもう死んでいる。俺達の勝ちだ。」

 俺は彼等にそう答えた。

「やった・・。」

 緊張の解けたキッドはまずぼそりと呟いた

「やったぜ!うおおぉおおおお!!」

 そして張りつめた物が切れたように勝利に興奮し、叫ぶ。

「ふむ・・なんとかいったな。一時はどうなることかと思ったが・・。」

 ドルニエもそう言いつつ、ゲルマの死体に近付いた。

 そして途中、狂気の魔剣を誰よりも先に拾い上げる。

 既に一度大暴れした魔剣は効果を発揮することなく、そのままドルニエのウルバックへと詰められた。

「でもどうして・・。ゲルマ先生はこんな事になってしまわれたのでしょう・・。」

 マリアが悲しそうに呟く。

「それはこれからギルドが調べることとなろう。今はまず、塔の機能の復旧が第一だ。

 君。ゲルマ先生が制御球を持っておられるはずだ。私に借してくれたまえ。」

 ドルニエは死体の一番近くにいた俺を指名してそう言った。

 まったく・・。普通こんな事女にやらせるか?

 そうは思いつつも俺は手慣れた手つきで死体の荷物を漁る。そして程なく、それと思しき宝玉が出てきた。

「ドルニエ。これか?」

 それをドルニエに見せるとドルニエはこくりと頷いた。

「そう。それだ。借してくれたまえ。」

 そう言って俺から宝玉を受け取るとドルニエは宝玉の力を発揮させるキールーンを唱えた。

 すると宝玉の中に標準魔法言語で様々なメニューが出て、ゲルマが施していた施錠を解除していった。

「これで標準体勢に戻った。私はすぐにハルダー先生の元へ報告に向かう。取りあえずこれは君が持っていてくれたまえ。」

 ドルニエは作業が終わるとそう言って俺に制御球を返した。

「君たちはゲルマ先生を倒した旨を一階にいるザイン導師に報告し、あとは彼の指示に従って行動してくれ。

 それと制御球はザイン導師に渡しておいてくれたまえ。」

 ドルニエはこの場にいる全員にそう指示を出すときびすを返した。

「ど・・導師さん!すぐ行くのか!?」

 キッドはそれを追い、慌てて訊いた。そう。俺達にはこの男の護衛任務があるのだ。

 しかしドルニエの返答はキッドが予想もしない内容だった。

「うむ。しかし君たちの仕事は取りあえずはここまでだ。今日はゆっくり休んでくれるといい。ご苦労だった。」

「え…。」

 キッドは頭の上に?マークを浮かべて固まる。

「あ・・あの、導師様。」

 おずおずとマリアが口を挟む。

「なにかね?」

「その・・導師様も怪我をされたり色々お疲れなのに。道中お一人では危ないのでは・・。」

 おずおずと身を縮めて進言するマリアを見てドルニエはフフッと笑った。

「要らぬ心配だ。テレポートを使えば道中は無い。・・では行ってくる。」

 ドルニエはそう言い残して歩み去った。

「テレポート・・彼はそんな魔法まで・・。」

 立ち去っていくドルニエを見ながらマイケルがつぶやく。

 導師級の魔術師ならばまず修得している魔法だが、こいつ等程度の冒険者が目にすることはまず無いだろう。

 一般冒険者から見るとやはり物珍しい物なのだ。

「さてと。じゃあ俺達は導師さんの言にしたがって休ませて貰うとするか!」

 キッドはそう言って部屋の方に向かって歩き始めた。

「それでは・・。何かあれば呼んで下さい。」

 マイケルも魔術師達にそう言ってキッドの後に続く。

「あぁぁ。待ってくださいぃ〜。」

 マリアが慌てて2人を追う。

「じゃあ後は任せるぜ。」

 俺は手近なまだ若い魔術師に宝玉を預けた。魔術師は笑みを浮かべて受け取る。

「ええ。事後処理は我々に任せてゆっくり休んでください。あなたのおかげで勝つことが出来た。感謝します・・。」

 魔術師はそう言って俺に一礼する。

「あんた達が俺の予想以上にしっかり動いてくれたから助かったよ。じゃあな。」

 俺は手を振ってその場を後にした。

 

 他の魔術師達も移動を始め、その場にはテイファ達と供に行動していた中年魔術師だけが残る。

 彼は人知れず低く笑った。

「見事なり。さすがはゴン・・もといテイファ殿・・。」

 魔術師は人知れずそう呟いた。そして、

「・・・・。」

 魔術師はまるで何かに酔いしれるような顔をしながらしばし沈黙する。

「くぅ〜。何度呼んでも良い名でござるなぁ。」

 たまらず漏れた一言。その声は明らかに中年魔術師のものとは異なっていた。

「魔道師が相手だった故、拙者の助力が必要となると踏んでいたが・・。

 どうやらこの男本人のままでも切り抜けられたようでござるな。」

 『この男本人』とは中年魔術師本人を指す言葉だ。

 男はバッと着ていたローブを外すと黒ずくめの影の男へと変貌を遂げていた。

 どのような技を駆使したのか、体格さえも変貌している。

「さて。拙者の出番はここまで。もっとも出番らしい出番は無かったでござるが。いざ、さらば。」

 影はそう言うと霞のように忽然と姿を消した。

 後には誰もいない静寂だけが辺りを覆っていた・・。

 

 

 その後、ドルニエが報告が届いたのか、すぐに魔道師ハルダーとハルダー研究室でもトップクラスの導師達が塔の方の調査に来た。

 この異様に早い迅速な対応は俺の知る限り他に例はない。

 あらかじめ用意して置いたのだと言うことが容易に想像できた。

 導師達はいろいろ調査を施していたが、何故ゲルマが突如狂ったのかの結果は出ない。

 ハルダーにしてみればゲルマが倒されると言うのは予想外の出来事らしく、俺達の事情聴取に自らがあたった。

 こうしてヤツと話したのも何年ぶりか。ヤツは相も変わらず己の権欲に溺れた醜い目をしていた。

 奴は高圧的な態度で俺達に事情を訊き続けた。

 何処まで俺達がこの事件の事情を知っているのか。それを聞き出すための聴取。

 少しでも何かを察知していると奴に知れたら、俺達は奴を敵に回すこととなるだろう。

 それは避けなければならなかった。

 俺達は目の前に起きた出来事を素直に答え、ハルダーが気になっている裏事情については全く知らないことを密かにアピールした。

 もっともそれを察知しているのは俺だけだ。

 俺達の事情聴取を終えるとハルダーは礼どころかロクに挨拶もせずに俺達の前から去った。

 これで奴の視界から俺達は外れたことだろう。

 調査のために出されていたゲルマの剣をちらりと見たが、ゲルマが作り出したであろう魔法剣と既にすり替わり、俺は狂気の魔剣が人知れずハルダーの元へと返されたことを知った。

 そして調査はすぐに打ち切られた。

 事件を適当に揉み消す為だけの調査だ。形だけやればよい。

 こうして事件は1人の魔道士のエゴを満たし、闇に葬られた・・。

 

 

 

 あれから2週間が過ぎた。

 俺達はトリスタンの冒険者ギルドの酒場に集まっていた。

 酒場の片隅で俺達は席を取っていた。

 席に座って茶などを飲んでいるなか、マリアだけ大きな荷物を抱えてテーブルの脇に立っていた。

 マリアはにこにこして、俺達を見ている。

「マリアちゃん。短かったけどまた一人前になったら組もうな!」

「マリア。あの導師の元で修行し直すというのは正直不安ですが・・。あなたがより素晴らしい魔術師になれることを祈っていますよ。」

「はいっ!ありがとうございますっ。キッドさん、マイケルさん。」

 ペコリと頭を下げるマリア。

 そう。マリアは今日から兼ねてから言われていたとおりドルニエの研究室に編入されることとなっていた。

 編入の手続きやドルニエの出張などが重なって日が遅れ、マリアはドルニエが帰還する予定の今日に研究室に来るように指示されていた。

「それでは名残惜しいのですが・・。短い間でしたけどありがとうございました。」

 マリアはまたペコリと頭を下げると今度は俺の方に向き直る。

「あ・・あの。テイファさん。借金のほう、しばらくかかっちゃいそうですけど必ず返しますのでっ。」

「気にするな。元々ありゃ奢りだっていったろ?今は魔術修める事だけ考えればいい。」

「はい・・。ごめんなさい・・。」

 マリアの顔が暗く沈む。やはりそう言われても割り切れる性格じゃないんだよな。

「魔術学園まで送ろう。いいだろ?」

 俺はそう申し出た。

「あ・・はい。おねがいします。」

「ああ。じゃあキッド、マイケル。行ってくるわ。」

 マリアの返事を聞いて、俺は席を立った。

「ああ。マリアちゃん、がんばれよ。」

「2人共お気を付けて」

「はいっ。がんばりますっ!それではまた・・。」

 マリアはそう言ってまた頭を下げると出口の方に向かって歩き始めた。

 俺も後に付き添う。

 マリアは何度も振り返りながら冒険者ギルド本館を出て、魔術学園に歩を進めた。

 俺達はその間、マリアの短かった冒険生活の思い出話を続けていた。

「・・着きました。」

 程なく俺達は様々な彫刻で飾られた大きな建物、魔術学園に到着した。

「着いたな。」

 少しの沈黙。マリアは名残惜しそうな顔をして俺を見ていた。別れの言葉を探しているのだろうか。動こうとしない。

 俺はポンと軽くマリアの背を押してやる。

「きゃっ・・。」

 考え事をしていたマリアは驚き、小さく声をあげた。

「止まっててどうする。早く行って来な。」

「あ・・。そうですね。テイファさん。行ってきます。」

「ああ。またな。」

「はい。あの・・。また酒場の方にも行きますから・・。」

「ああ。あいつ等にも言っておくよ。」

「はいっ!お願いします。それでは・・。」

 マリアはまたまたまた頭を下げ中に入っていった。

 俺はそれを見送ると俺は建物の外にせり出している柱の陰に隠れ、そのまま待つことにした。

 俺の予想が正しければマリアは・・。

 

 

 しばらくするとマリアが青い顔をして荷物を持ったままフラフラと出てきた。

 その顔には絶望感すら漂っている。

 先程まであれだけ希望に満ちあふれていたマリアを見ていただけに痛々しい。

 マリアは俺に気付くはずもなく、ただフラフラと街の方へと歩き出した。

 その目は何処を見ているのだろうか?周りの通行人すら見えていないような虚ろな目で歩いていた。

 やれやれ。やはり俺の読み通りになってたか・・。

 ここで待っていたことがギルドの連中に知れたらまずい。俺はマリアの姿を見失わないようにこっそり移動を始めた。

 俺がマリアを尾行していると、いつしかマリアは涙を流していた。

 マリアは住宅区域にさしかかり、すれ違う人達が涙を溜めるマリアを怪訝な顔で見ている。

 俺はあたりに目をやった。ギルドからの尾行はないな。そろそろ出ても問題あるまい。

 俺は脇道を使って先回りをし、マリアの正面に立てる位置に回った。

 そしてタイミングを計って角から出た。

 俺はマリアの正面数メートルの地点にいる。しかしマリアは俺に気付かなかった。

「マリア?」

 俺はさも不思議そうに声をかける。その声にマリアがはっとした。

「て・・ててて・・て・て・・。」

 マリアは顔を上げ俺を確認するとボロボロ涙をこぼした。言葉がなかなか言葉にならない。

「テイファさあぁああぁぁぁんっ!!」

 なっ・・!?

 マリアはそう叫んだかと思うと俺の胸に飛び込んできた。わんわん声を上げて号泣する。

「どっ・・どどど・・どうしたんだ?」

 いきなり抱きつかれて俺は少し慌てていた。

 そしてそのまま少し落ち着くのを待った。待つしかなかった。

「テイファさぁん・・。ぐすっ・・導師様がぁ・・ひっく・・ドルニエ導師様がぁ・・。」

 マリアが説明を始めたのは泣き始めて5分が経過してからだった。

「ドルニエがどうした?」

 俺が訊き返すとマリアは俺の胸から顔を離し、俺の顔を見てぼそりとこう言った。

「亡くなられたって・・。」

「なに!?」

「今回の出張の途中で、山賊さんに襲われて同行していたお弟子さん共々殺されたって・・。ぐすっ・・ふええぇぇぇん。」

 マリアはそれだけ言うとまた俺の胸に顔をうずめ、泣きじゃくった。

 やはりな・・。

 元々ハルダーは目障りなゲルマとドルニエ、そして既に金だけは搾り取ったマリアを前の事件で消すつもりだったのだろう。

 その為にドルニエを送り込んだのだが奴の予想に反してドルニエは生き残った。

 将来目障りになりうる導師を、まして事件の内情を知る者を放っておけるはずがない。

 あの男はそこいらの山賊風情にやれるような魔術師ではない。おそらくはハルダーが自ら手を下したのだろう。

「わたしっ・・ドルニエ先生の研究所が無くなって・・。

 ハルダー先生の元にも既に籍が無くて・・。

 完全に破門になっちゃって・・。

 わたし・・村のみんなから来させて貰ったのに・・わたし・・わたし・・無駄にしちゃった・・。」

 しかもマリアはいいように厄介払いされると言うオマケ付きだ。

 予想はしていたものの、ハルダーの無茶苦茶なやり方には腹が立つ。

 いつか思い知らせてやらんと・・。

 しかし取りあえず今は目の前のマリアをなんとかしてやらんと。

「マリア。いつまでも泣いてるんじゃねぇよ。」

 俺はマリアの両肩を掴み、俺の胸から引き離した。

「魔法くらいな、お前がその気になればいくらでも勉強できる。学園に籍が無くてもな。」

「・・え?」

 マリアはキョトンとした顔で俺を見た。俺はその頭を撫でてやる。

「お前なら・・独学でも十分にやっていけるさ。」

「ど・・独学?」

 マリアはキョトンとした顔で俺を見つめた。

「魔術ってのは学園に通わないと修得できない物なんかじゃない。ましてお前は基本術式文法を既に大体理解している。

 お前どうしてドルニエがお前をただで弟子に取ろうとしたかわかっているか?」

「え・・?うーん・・。」

 マリアは考え始める。だがマリアの思考はその問いの答えに至ることは出来なかった。

「おまえはしらないと思うが・・。」

 俺はマリアの肩に乗せていた手をそっと戻しつつ語り始めた。

「普通、自分で術式を0から組み立てると言うのは導師になってから行う物だ。

 だがお前さんは誰も術式を教えてくれなかったから自分で組み立てちまった。そうだろ?」

「え・・?あ・・はぁ・・。」

「普通魔法ってのは完成された術式を覚えることから入るものだ。

 お前は気が付いてないかも知れないけどお前がやった術式の組立って奴は相当凄いことなんだぞ?」

 俺はマリアに微笑みかける。

「そ・・そんな・・。」

 意外だったのだろう。そう言われたマリアは自らの行為を思い起こしながら驚いていた。

「魔術術式なら俺にも多少、心得がある。魔力制御の方はからっきしだが・・。

 お前さえ諦めないのなら俺が教えてやる。」

「テ・・テイファさん・・。」

 マリアの顔がパッと明るくなった。

「ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!」

 マリアは涙目で何度も何度も頭を下げた。

「さぁ、こんな所にいても仕方ないぞ。冒険者ギルドに戻ろうぜ。

 再会が早くなっちまったが奴らだってそれはそれで喜ぶさ。」

「はいっ!」

 俺がきびすを返すとマリアも後ろからとてててっと付いて来た。

 俺達はそのまままっすぐ冒険者ギルド本館の方へと歩を進めた。

 仲間の待つ場所へ。

 本館へ着くと驚き顔のキッドとマイケルが俺達を迎えた。

 2人は早速マリアの傍らによってくる。

 2人に囲まれたマリアは遠慮がちにこう言った。

「あの・・その・・ただいま。」




 次章 前章 戻る