導師護衛編
第十五章
決  戦

 

 俺とマイケルは階段前大広間を走っていた。

 俺達の後ろからは魔道士ゲルマが笑いながら魔法詠唱を開始する。

「テイファ!魔法が来ます!」

「あの術式はヘイストだ。直接攻撃魔法じゃない!」

 俺は奴の唱えている詠唱ですぐに奴の使おうとしている魔法を識別する。

 ゲルマは魔法詠唱をすぐに終えた。さすがに魔道士と言われるだけあって早い。

 魔法を完成させたゲルマは全身を魔力のオーラに包まれる。オーラはすぐに霧散し、ゲルマは俺達の追跡を開始した。

 ヘイストをかけた奴の動作は全てに置いて素早くなっていた。

 空気の抵抗、装備の重量、筋肉の過負荷等を一切無視した動きだ。

 俺達は大広間を抜け、ここに潜んでいた魔術師・・偵察の際に俺にインビジビリティをかけた中年魔術師・・と合流した。

 魔術師は俺達が広間を抜けてくるとタイミング良く入り口をクレイウォールの魔法で塞ぐ。

「さぁ早く!この壁もすぐに突破されるぞ!」

 俺とマイケルは頷き、魔術師と供にそのまま円周回廊の方へと向かった。

 俺達が次の角を曲がる寸前にクレイウォールは音もなく粉々に砕け散り、バラバラになった破片は空気に吸い込まれるように消滅する。

 ゲルマの放ったディスペルマジックは、いとも簡単にクレイウォールの魔力を打ち消していた。

 消滅した壁の奥でゲルマは不敵な顔を浮かべると、一直線に俺達を追って走りはじめた。

「ふははははは!無駄!無駄だよ!」

 そう笑いながら俺達を追うゲルマの早さは既に人智を越えていた。

 俺達は必死に走り円周回廊まで出たが、ゲルマはまた俺達の頭上を飛び越えて俺達の前に立ちふさがった。

「なっ・・。馬鹿な・・こんなに早く・・。」

 マイケルはゲルマの動きの激変にただ驚くばかりだ。

「ふふふ。君たちの動きは実に幼稚だ。それで肉弾戦のプロと言えるのかね。」

 そんなマイケルを見て気をよくしたのかゲルマは得意そうに笑う。

 俺はこの間に魔術師にぼそりと指示を出した。

 魔術師は頷き、静かに呪文詠唱を始める。

 そして突如、視界が突如闇に包まれた。

「こっちだ。はやく!」

 魔術師の魔法が完成すると俺はそう言ってマイケルの手を引いた。

「な・・なにごとです!?」

 突然のことにマイケルも混乱気味だ。

「いいから早く来い!」

 俺はそう言って。マイケルを闇の外へと誘導する。

「ぬうっ。ダークネスか。小癪な真似を・・。」 

 ゲルマはそう言ってディスペルの体勢にはいる。

「次だ!頼むぞ!」 

 俺は闇を抜けると魔術師にそう指示を出す。

「うむ。君たちは先に行け!」

 魔術師は頷いて次の魔法詠唱に入った。

 この男、指示通りに的確に動いてくれて助かる。

 そして魔道士を敵に回してこの落ち着きよう。正直ここまでやってくれるとは期待していなかった。

 魔法はゲルマのディスペルマジック発動より僅かに早く発動した。

 魔術師の掌から球形の発光体が浮かび上がる。

 それは魔術師の頭くらいの高さまで上がるとより強く発光し、ゲルマのいる闇をまばゆく照らす。

 ライトの魔法だ。その直後ゲルマを覆っていた闇はかき消され、ゲルマはまばゆい光に照らされる。

「ぬおおっ!?」

 効果は絶大だった。闇に順応しつつあったゲルマの網膜は魔法の光によってしたたかに焼かれた。

「おのれええぇ!小癪な真似を!!」

 ゲルマは視界を奪われ、目を押さえながらでたらめに剣を振り回す醜態を見せている。

「よし!うまく行った!!」

 魔術師は自分が放った魔法の結果を確認するとゲルマに背を向け、少し先に行っていた俺達を追い始める。

 俺達は合流し、円周回廊を回り始めた。

「先程の策は相手の油断をついて見事な策だった。一時はどうなるかと思ったが・・。

 まだ若いのによくこれだけの機転が効くものだな。」

 合流した魔術師が少し興奮気味に俺に言ってきた。

「・・なるほど。そう言う策だったのですか。しかし今後は彼も警戒して来るでしょう。1つ手の内を見せてしまいましたね。」

 マイケルが少し後ろを振り返りながらそう分析する。

 俺はそれに対し頷いて答える。

 ゲルマはこの屈辱的な策に引っかかった奴の怒りは頂点に達するはずだ。そしてマイケルの言う通り奴はこちらの出方を少し警戒する。次に追いつかれれば魔法攻撃が来るだろう。

 ゲルマの魔法の威力は前話で承知の通りだ。

 いまだに全く油断を許されない状況の中、俺達はキッド達との合流地点へと急ぐ。

 後ろを振り返り振り返りして進むが、俺はどうも様子がおかしい事に気が付いた。

「待て。ゲルマが追ってくる気配がない・・。」

 俺は慌てて2人を制止した。

「おかしい。もうとっくに視力は回復しているはずだ。俺達が逃げた方向も音でわかっていたはず・・。」

 俺は最大限に周りの気配を警戒しながら憶測を述べる。

「私達を追うのを諦めたのか・・?」

 マイケルが後ろを振り返りながらそう言う。

「いや、違うな。恐らく奴は正面側に回り込んでいる。慎重に進むぞ。」

「うむ。わかった。」

 俺は2人に注意を促すと慎重に歩を進めた。

 やがてキッド達のいる部屋の扉が見えてくる。

 そしてその扉の更に奥に気配があった。

「やばい!部屋に入れ!!」

 気配を察知した俺はとっさに一番近くの部屋に駆け込む。マイケルと魔術師もすぐに続き、扉を閉めた直後にそれは襲ってきた!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴドドォ!!

 廊下を何かが通過する。

 それがこの部屋の前に到達すると木製の扉はパキパキ音を立ててひび割れ、裂け目から木の焦げる匂いが立ちこめる。

 同時に廊下側の壁際がむっと暑くなり、扉のひび割れた部分がみるみる黒く焦げていった。

 この魔法の正体は恐らくフレイム・ウェイブ。高さ数メートルの炎の壁を作り、それをそのまま直進させる魔法だ。

 ゲルマが放ったフレイム・ウェイブは廊下を舐めるように通過していった。

 幸いにして扉は炎の猛攻にギリギリ耐えていた。後5秒長く炎を浴び続けていたなら扉は完全に破壊され、この部屋は火の海となっていただろう。いよいよ相手も本気だな。

「さすがゲルマ先生・・。何という魔力だ・・。」

 一緒にいた魔術師は呆然と焦げた扉を見つめる。

「しぶといネズミだ。部屋に逃げ込み、生きながらえたか。だが結果は同じ事。」

 通路の奥からゲルマの声がする。

 奴は余裕のある口調でこちらに近付きながら話していた。やがて剣を鞘から引き抜く音が聞こえる。

「窓からは逃げられぬよ。かといって廊下に出たところでわたしの魔法の餌食だ。」

 奴の足音が近付いてくる。しかし今は動けない。キッド達がタイミング良く出てくれるのを待つだけだ。

 俺はマイケルにいつでも飛び出せるよう、指示をした。マイケルが頷くのを確認し、俺は再び神経をゲルマの方に集中させる。

 ゲルマだけではない。2部屋先にいるはずのキッド達の動きにもだ。

「ふふふふ・・素直にそこで待っているがよい。さぁ斬り殺してやるぞぉ。ふははははは!

 ゲルマの気配はキッド達の部屋を通過した。そのタイミングを計って俺は扉を蹴破る。

「行くぞ!マイケル!!」

「ええ!」

 俺とマイケルは部屋を飛び出すとゲルマに突進した。

「うおおおおぉおおおぉおおぉぁあぁぁあ!!」

 俺は捨て身の攻撃に出たとばかりに大袈裟に叫び、槍を大きく振りかぶった姿勢で突進する。

 俺達を迎えるゲルマは勝利を確信した笑みを浮かべ、俺達を迎え撃つべく剣を構えた。

 バァン!!

 ゲルマがもっとも油断をした瞬間、キッドは扉を蹴り破って出てきた。即座にマリアが先頭に立ち、俺の指示通りライトの魔法を発動させた。どうやら魔法詠唱は部屋の中でこっそり行っていたらしく、ゲルマが振り返ったその場に光球が現れていた。

「なにっ!?ぐああぁぁあ!!」

 ゲルマはとっさに目を伏せる。マリアの作った光球は一瞬でその姿を消した。これも指示通り・・だが、効果は浅かったか。

「でぃやあぁぁぁあぁああ!!」

 キッドが目を伏せたゲルマに斬りかかった。切り札である天王の剣で。

 視界が完全に戻っていないゲルマは半歩下がってキッドの攻撃を躱そうとした。

 ゲルマが張っているシールドは天王の剣に接触するとゲルマをすっぽり覆った球形に発光し、ゲルマを保護する。

 バシィッ!

 ゲルマのシールドに付与された魔力と件の魔力が衝突し、接触部分から雷光がほとばしる。

「なにっ!?」

 ゲルマは天王の剣に気付き、驚愕した。この場に来てマジックソードが出てくるとは夢にも思わなかったからだ。

 そして振り下ろされた天王の剣はあっさりとゲルマのシールドを破った。

「ぬおおおぉぉぁぁああぁ!!」

 ゲルマは悲鳴を上げ何とか剣を躱そうとするが、躱しきれずに肉体を斬り裂かれた。鮮血が散りゲルマは苦鳴を漏らす。

「くそ・・浅かった!」

 キッドの言うとおりゲルマは派手に出血はしているものの皮を斬られた程度の軽傷だ。

「くっ・・馬鹿な!!マジックソードだと!?」

 ゲルマは剣を構え直すと横薙ぎに薙いで反撃する。ヘイストの効果があって異様に早い攻撃だ。キッドは大きく後ろに下がってその攻撃をなんとか躱した。

「・・あぶねぇ。なんだぁその異様に早い動きはよぉ!?」

 ヘイストのことを知らないキッドは予想外のゲルマの動きに戸惑う。

「マリア!その槍を下さい!!」

 その間にマイケルは俺より早くゲルマの横をすり抜け、マリアにミスリルダガー槍を要求した。

「は・・はいっ!どうぞ!!」

 マイケルは槍を受け取るとゲルマに向き直る。

「くっ・・マジックソードにミスリル製の槍・・これを狙っていたというのか。」

 ゲルマはマイケルに剣を突きつけ、2人を牽制しながら呻いた。

 その顔には焦りの表情が浮かんでいる。

 既にゲルマの目にはマイケルとキッドしか写っていない。シールドにも多大なダメージを受けた今、ゲルマを傷つけうる存在はこの2人に増えている。ゲルマもそれを悟ったのだろう。

 魔法を使える間がないことを悟ったゲルマは油断無く剣を構える。

「魔道士ゲルマ。本日働いた非道の数々、断じて許せません。覚悟!!」

 まずマイケルが動いた。そして直後にキッドも。

 マイケルは間合いを一気に詰め、右側に構えていた槍をまっすぐ突き出す。

 それに対しゲルマは真上に跳んだ。

 ゲルマのレビテーションはまだ生きている。奴は一瞬でふわりと天井近くまで上がっていた。

「おわっ・・!?」

 間合いを詰め斬りかかろうとしていたキッドは、正面にいたはずのゲルマが突然宙に舞うと言う予想外の動きに戸惑った。

「死ねい!小僧!!」

 ゲルマはその声と同時に真上からキッドに斬りかかる。

 大上段に剣を振りかぶり、重力をも味方に付けた宙からの必殺の一撃。更にはヘイストにより加速されたこの攻撃は常人では対処できるものではない!

 しかしキッドはその攻撃を天王の剣でギリギリ受け流していた。

「っくぁ〜。あぶねぇ〜。」

 ゲルマがヘイストで能力を上昇させているのと同様に、キッドも天王の剣の恩恵を受けて肉体能力が飛躍的に上昇しているのだ。

「なに?受け止めただと!?」

 床に降り立ち、ゲルマは驚愕した。

「逃がしません!」

 間髪入れずに体勢を整えたマイケルが降り立ったゲルマを横から突く。突く。突く。

 ゲルマは体勢を整えながらマイケルの全ての攻撃をシールドの結界も巧みに利用しながら受け流していった。

 狂気の魔剣に与えられた剣士としての能力は俺の予想を超えて強い!

 キッドとマイケルの攻撃は続いていたがゲルマは巧みに躱していく。

 ヘイストによる助力もあるせいだろうが、天王の剣で強化されたキッドとマイケルの2人を相手にしても隙を窺わせないとは。

 防戦を強いられているゲルマだがキッドとマイケルの体力が尽きれば立場は逆転する。

 そうなればここで奴を止めることは出来ない!!

 目の前で繰り広げられる戦い。俺はそれを前にして何もできない自分に歯噛みした。

 ちっ・・。ここまでか。

 俺がそろそろ撤退の指示を出そうとした頃、後ろから誰かの気配が近付いてきた。

 誰だ・・?

「そちらは無事か?。こちらは片付いた。これから君たちのサポートに回る。」

 振り返ってみるとそこにはドルニエと数名の魔術師がこちらに向かって走っている姿が見えた。

 奴らはキッド達の戦闘が見える位置まで近付くと止まり、ドルニエが指示を出すと一斉に呪文詠唱を始めた。

 ゲルマも援軍に気が付くが、キッドとマイケルの相手で精一杯だ。

 ドルニエの野郎、絶好のタイミングで出てきやがった。

 魔法の効果が現れたのはキッドが最初だった。

 奴の筋肉がこころなしか盛り上がり、引き締まる。

「うおおぉぉお!?な・・なんだこりゃあ!」

 キッドは自分の身体の変化に驚く。

 ストレングスの魔法。対象の筋力を一時的に増幅させる魔法だ。

 純粋に筋力を増加させてあるこの魔法ならば今のゲルマ相手にも有効な手段だろう。

 そしてドルニエはエンチャンテッド・ウェポンの詠唱を行っていた。

 ドルニエの手から俺の槍に電光のような魔力の光がバチバチと送り込まれる。

 ドルニエの詠唱が終了した頃には俺の槍は即席マジックスピアと変貌を遂げていた。

 よしっ!これだけの魔力付与があれば弱っているゲルマのシールドは破れる!!

「助かった!こいつを待っていたんだ!」

 俺はドルニエに向き直り、礼を言うと、ドルニエはいつもの人を見下したような冷笑を浮かべて応えた。

「よぉしっ!いくぞおおぉぉお!!」

 俺はそう叫んでゲルマに突進する。

 そして今までの斬り合いで多少傷を受けていたキッドとマイケルにヒーリングが施される。

 ここまでやると形勢は一気にこちらに傾いた。

 2人相手に均衡を保っていたゲルマはキッド、マイケル、そして俺の計3人の相手をしなければならないのだ。

 魔法で一気に焼けば片付くだろうが、キッド達の連続攻撃を前に呪文詠唱もままならない。

 俺はキッドとマイケルの攻撃を必死に受け流し続けるゲルマに背後から近付く。

 俺は今の自分の体格に注意して間合いにはいると、ゲルマの後ろからすねを狙い槍を薙ぐ。

「ちぃっ!後ろからもきおったか!!」

 しかしゲルマは後ろからの攻撃も敏感に察知していた。ゲルマは俺の攻撃を跳んで躱す。

 そう。上に逃げるしかない。残念ながらな。

 ゲルマのレビテーションはまだ生きている。奴はふわりと天井近くまで上がってしまった。

 上に逃げたのが仇となった。奴の短い狂気の魔剣では足の方に来る攻撃を受けきることは出来ない。

「ぬおおぉぉぉお!!そこをどけ小僧ども!!」

 ゲルマはそのままキッドとマイケルの頭上を飛び越そうとした。

「逃がしません!」

 そこへマイケルの槍が上にいるゲルマに突き出された。

 ゲルマも必死に受け流そうと試みるが遂にマイケルの槍はゲルマの腿をとらえた。

「ぬぐぁ!!」

 シールドに阻まれさほど傷は深くなかったが、マイケルはそのまま槍を振り下ろしゲルマを廊下に引きずり下ろした。

「キッド!とどめを!!」

「任せろ!!」

 キッドはそう言うと天王の剣を両手で構えてまだ体勢を整えないでいるゲルマとの間合いを詰めた。

 立ち上がったばかりのゲルマはさすがに身構える余裕もなく、狂気の魔剣を前に突きだして必死にキッドの勢いを削ごうとした。

ガキイィィン!!

 キッドは突き出された剣を払った。小気味のいい音が辺りに響き、狂気の魔剣はゲルマの手から飛ぶ。この時点でゲルマは狂気から解放されたはずだ。

「かぁーっこいつはご機嫌だぜ!」

 ゲルマの剣を払い飛ばしたキッドはそんな事情は知らぬまま、天王の剣を上段に構え、呆然とキッドを見つめるゲルマの右肩口に斬りつけた。

「が・・ご・・。」

 ゲルマの鮮血が床に落ちる。

 キッドに斬りつけられ、しばらく呆然と立ちつくしていたゲルマは2、3歩フラフラと後退するとそのまま力無く崩れ落ちた。




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