ウェンレーティンの
野望編

第十八章
城塞都市カストリーバ


 あれから数日が経っていた。

 俺達はトリスタンへ向けて、ベルドリューバ街道を進んでいた。

 途中、小さな村に続く脇道が数カ所あり、そんな場所で食料を軽く購入したりしながら俺達は進んでいた。

 取りあえずは中継都市、カストリーバを目指す。

 カストリーバはベルドリューバ街道中継都市の中で最大の街で、旧メリア王朝期には首都ベルドリューバへの道を阻む拠点だった城塞都市だ。

 かつてはメリア王朝最後の砦と呼ばれ、戦時最大級の激戦区だった。

 しかし今となってはトリスタンの内地に位置するようになったので大きな軍隊は駐留していない。

 比較的治安も良く、平和そのものである。

「見えてきたな。クリスちゃん。あれがカストリーバ市だ。」

「わぁ〜凄いですぅ〜。」

 俺達は小高い丘の頂上についた。

 ここからだと盆地にある街が一望できる。

 湖を背にして創られた街は湖側を除き、ぐるりと城壁で囲われている。

 城壁の外にも集落がちらちらと点在し、その部分にはのどかな田園風景が広がっていた。

「よぉーし。もう一息だ。夕方までには街にはいっちまおう。着いたらうまいメシでも食ってのんびりしようぜ!」

 キッドがそう言うと皆から賛同の返事が返る。

 今はまだ昼過ぎなのだが距離はまだ結構ある。今のペースで行けば丁度夕方頃になるだろう。

 俺達は談笑を交えながら丘を降り始めた。

 

 

 街に着いたのは予定通り、夕方過ぎだった。

 俺達は武器を所有しているので入城手続きの際に通行税が取られる。

 外の集落に逗留すればそんなものは要らないのだが、俺達は冒険者。街まで来てしけたところで一夜を過ごすなんて真似は御免だ。

 冒険中は様々な我慢を強いられるものだ。

 寒くて固い土の上での野宿。当然のことながら寝込みを襲われる可能性もあるためぐっすりは眠れない。

 そして食事。当然生ものは持ち歩けないので持っていくものとなると乾物に限られてくる。

 しかしこれらの保存食は非常用で基本的には狩りや採集で凌ぐのだ。

 常人では想像を絶するような珍味が皿に並ぶこともしょっちゅうだ。

 食えるものなら草でも木の皮でも虫でも食わなきゃならん。

 だから街へ戻ると贅沢三昧するのだ。

 浴びるように酒を呑み、うまい物を食ってぐっすりとベッドで眠る。

 もちろん金が無ければ出来る物ではないが、大抵の奴らは多少無理をしてでも贅沢三昧するのが通例で、俺達も例外ではないってことだ。

 外の集落だと貧乏くさい所で安い物しか食えまい。遊ぶにゃやっぱり街の整った城内だ。

 と言うわけで入城手続きを踏んでいたのだが、俺は奇異な視線を感じた。

 皆が一様に名を名乗り通行税を支払っているときに、離れた位置にいた他の衛兵が俺達の様子を怪訝な顔で見ていたような気がしたのだ。

「・・気のせいか?」

 俺がそちらに目を向けたときには別の方を見ていた。

 手続き自体はすんなり終了し、何かスッキリしないまま俺達は街に入った。

 

 

「わぁー。こんなところ、はじめてですぅ。」

 クリスが周りをキョロキョロ見回しながら喜々とした表情で呟いた。

 その目は建物、店の看板、通行人といった別に珍しくともなんともないものを追っている。

「ふふ。街には出たことがないのか。」

「はい。はじめてなんですぅ。」

 キッドの問いに答える彼女は、本当に楽しそうだ。

「なんだったら少し見て回るといい。テイファ、マリア、荷物はギルドの方に運んどくから一緒に行って来な。」

 キッドは微笑みながら俺にほらと手を差しのべる。

「わかったよ。・・すまないな。」

 俺はウルバックから財布の入っている小物入れを抜き、キッドに託した。

「ではマリアの分は私が・・。」

「すみません・・。」

 そう言ってマイケルはマリアのウルバックを預かる。

「クリスちゃん。君のも預かろう。重いだろう?」

「あ・・いえ、これにはとても大事な物が入っているので・・。ごめんなさいです・・。」

 クリスは申し訳なさそうにそう言うとペコリと頭を下げた。そう言えば届け物があるとか言っていたな・・。

「いや。別に謝らなくてもいいんだけど・・。まぁとにかくメシ時までの間、その2人と一緒に行くといい。俺達は先に宿で待ってるからな。じゃあテイファ。そっちは頼んだぞ。」

「ああ。任せろ。」

 キッドは軽く手を振るとマイケルを伴って冒険者ギルドカストリーバ支部の建物の方へと姿を消した。

「じゃ、クリス。何処から行きたいよ?」

 クリスはうーんと考え込む。

「何処でもいいぞ。好きなところ、付き合ってやるよ。」

 俺は軽い気持ちでそう言うと、クリスは嬉しそうに「はい」と笑った。

 

 

「く・・来るんじゃなかった・・。」

 俺はきゃいきゃいはしゃいでいるクリスとマリアを見て溜め息を吐いた。

 無邪気にはしゃいでいるのはいい。むしろ微笑ましい光景だ。

 だが問題はここが婦人服屋ということだ!!

 何処でもいいと言った手前、ダメだとも言えず入ってしまったが・・。

「テイファさーん♪(^0^)」

 はぁ・・またか。

「これなんかかわいいですよぉ〜。テイファさんどうですかぁ?」

 そう言ってマリアは、店の中にまで入れずに入り口で待っている俺に白いワンピースを持ってきた。

 確かにかわいい。今の俺が着ればぐっと来ること間違いないだろう。

 だが!!

 俺はなんだ!!

 んなもん着れるかぁぁぁぁぁぁ!!

「お・・俺はいいから自分の気に入ったのを探しなさい。」

「これもダメなんですかぁ・・。テイファさんなら絶対似合うと思ったのになぁ・・。」

 マリアは残念そうにとぼとぼ戻っていった。

 はぁ・・。さっきからマリアは俺に合いそうな服を見つけるとこうやって持ってくる。

 好意は嬉しいのだが物が物だけになぁ・・。

 マリアの奴、今度はクリスに似合いそうな服を見立てている。

 クリスの方は俺と違いにこやかにマリアと談笑していた。

 俺はそれを見つつ、人知れず溜め息を吐いてふと店の前の通りに目をやった。

 その先に妙な光景が移った。

 3人の革鎧姿の男達が通りの通行人達を乱暴に押しのけながらこちら側に向かって歩いている。

 この街の衛兵だ。

 連中は目を殺気立て、どすどす歩いていた。雰囲気が尋常ではない。

 衛兵達は何かを探すようにキョロキョロ辺りを見回しながら通行人の波を裂いて歩く。

 俺はある予感を覚えて目を移すと1人の男が目に付いた。

 何気ない仕草だが衛兵に見える位置に陣取り、妙に不自然な動作を繰り返している   何かの合図を送っている   男。

 しかもこの男・・キッド達と別れる時にもあの場にいた!!

「マリア!!クリス!!すぐに店を出ろ!!」

 俺はとっさに叫び、通りに飛び出すと護身用ダガーに手をかける。衛兵達は男の合図を確認すると俺達の方を向いて剣を抜いた。

 こいつら、明らかに俺達を狙っているな・・。

 辺りは騒然となった。衛兵の男の1人は俺に「動くな!!」と警告を発すると、3人でじりじりと距離を詰めてくる。

「テイファさん?一体どうしたんですか?」

 マリアとクリスがパタパタと走ってきた。そしてこの状況を目にしてマリアは絶句した。

「テイファさん一体何が・・?」

「わからん。」

 そう言ってる間にも連中は間を詰めてくる。こちらが全員女だからか、連中の表情は油断しきった余裕の表情だ。

 しかし雰囲気は即座にかかってくる雰囲気で堂々とした殺気が感じられる。

 話の出来る相手じゃなさそうだ。

「ありゃ、話はしてくれそうにないな・・。マリア、クリス。走るぞ?」

「え?でも私達何も悪いことなんか・・」

「いいから走れ!!」

「きゃっ!?」

 俺はマリアの手を引っ張り、奴らに背を向けて逃走を開始した。

「あっ!ま・・待てぇ!!」

 衛兵達も俺達が走り出すのを見て走り始めた。だが鎧を着けている奴らに遅れをとることはない。

 奴らは走りにくそうに俺達を追ってくる。その点身軽な俺達は巧みに通行人を避け、すいすい走り抜けた。

「よし。こっちだ。」

 俺は通り道にある角を適当に3回ほどくねくね曲がり、人混みにまみれた。

 俺はここで一旦立ち止まり、奴らがまだ曲がってきていないのを確認してから髪をくくっている紐を解いた。

 くくられていた俺の赤毛がサラッと広がる。

「よし、クリス。少しじっとしていろ。」

「あ、はいですぅ。」

 俺はクリスの背後に回ると、衛兵達に気を配りながら髪をポニーテールにササッとくくり上げた。

「テイファさん?髪型のかえっこですか?」

「そんなモンじゃない。マリア、お前はこれを被ってろ。」

 俺はすぐ脇にあった帽子屋の商品を取って被せた。

「て・て・て・テイファさん?」

「簡単だが変装だ。これだけの人混みでだとパッと見が変わるだけで簡単に撒ける。」

 俺がそう言った矢先、角の所に衛兵達が追いついた。キョロキョロと俺達の姿を探す。

「テイファさん。あの人達また来てるですぅ。」

「顔を向けるな。後ろを向いて置け。」

 心配そうに衛兵達の方を見るクリスにそう言いかけつつ、俺は帽子を物色する。

「テイファさん。逃げないでいいんですか!?」

 マリアが落ちつきない様子でおろおろと俺の服の袖を引っ張る。

「マリア、落ちつけ。ここは買い物客のフリをして切り抜ける。」

「あ、なるほど。」

 クリスもマリアもようやく俺の意図が分かってくれたらしい。2人共帽子を物色し始めた。

「テイファさん。これなんかかわいいですよ〜。」

「あ、ほんとお似合いですぅ♪」

 こいつ等、そう来たか・・。

 俺は2人の変わり身の早さに舌を巻いた。

 先程までおろおろ慌てていたというのに今は心底楽しそうに商品を物色しては俺に合う帽子を色々持ってくる。

 さっきの洋服屋でのこと、根に持っていたのか?

 しかし時が時なので今度は断ることも出来ない。

 俺は次々に女物の帽子を被せられながら奴らをやり過ごす羽目になってしまったのだった。

 とほほ・・。



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