俺達は今、街のあった帽子屋で追い迫る衛兵達をやり過ごしている最中だ。
髪型を変え、帽子を試着して奴らの目をごまかす・・。
その作戦は今のところ順調に進んでいる。
衛兵達はこの通りに入るや俺達の姿を見失ったようでキョロキョロ見渡していた。
「いらっしゃいお嬢さん方。よくお似合いですよ。」
店の奥に座っていた人の良さそうな中年の親父がパイプを置いて俺達の接客にやってくる。自然を演じるにはいい材料だ。
衛兵達の方をちらりと見てみると奴らは俺達を見つけられず、悔しそうに通りを抜けていった。
あの様子ではこちらには気付いていまい。戻ってくる様子もなく、俺は完全に撒いたと判断した。
「おっちゃん。こいつらが被っているのいくらする?」
俺はこのまま帽子を被らせて奴らの目をごまかすため、俺は2人が試着している帽子を買うことにした。
買うことになるとは思わなかったのだろう。マリアもクリスもちょっと驚いた顔をしている。
「ええ。二つで銅貨40枚ですよ。」
俺の問いに親父はにこにこ答えてくれた。
俺は財布を開けると親父に帽子代を銀貨で支払った。
「はい。ありがとう。」
買い物を済ませて俺達は店を出た。
「マリア。クリス。2人は今から保存食になるものをここらで買い集めてくれ。
そして買い揃ったらここで待っていろ。俺はキッド達を連れてくるから。」
俺は自分の財布をマリアに手渡す。突然の注文にマリアは困惑気味だ。
「テ・・テイファさん?」
「詳しい話は合流してからする。今は言われたとおりにしてくれ。」
「あ、はい。わかりました。じゃあクリスちゃん。行きましょうか。」
「はい。頑張るですぅ♪」
俺は2人に頼んだぞと告げて走り出した。
俺達には尾行がついていた。となれば当然キッド達にもその危険性はあるというわけだ。
それに俺達3人は奴らからまんまと逃げおおせている。
仲間の待つギルド辺りに警戒が張られるのは当然のことだろう。
俺は周りを警戒しつつギルドへと向かった。
俺は無事、ギルドの前まで戻ってきた。
ギルドの向かいにある雑貨屋の影からギルド正面入り口を念入りに観察する。
衛兵達の姿はない。しかしそんなことはわかりきっている。
「1,2,3,4・・。4人はいるな・・。」
のこのこと俺達がここに戻ってくるのを待っている見張りらしき男が4人うろうろしていた。
時折裏の方にも配置されているらしい奴らと度々入れ替わっている。
合計すれば7,8人にはなるだろう。まずはここをキッド達を連れて通り抜けなきゃならない。
もしかしたらもう既に捕まっている可能性もあったが、通りの落ち着き具合から見てそれはないと判断した。
通りに出た俺はそのまま自然に歩いてギルド支部へと向かう。
見張りに立っていると思しき男達は全然俺の変装に気付くことはない。
もともと顔を知っているわけではなく、『冒険者風の3人組みの女』とでも伝えられているのだろう。
俺はまんまと通り抜けるとギルドへと入っていった。
1階酒場を見渡していると程なくキッドとマイケルが見つかった。
俺達が帰ってから呑むつもりだったのだろう。席を取って待っているようだった。
俺は中にも見張りがいないかをすぐさま確認する。しかし幸いなことにキッド達に注意を向けている連中はいなかった。
それを確認してから俺は奴らの元に向かった。
「テイファ、どうしたんだ?髪ほどいちゃって・・。それにマリアとクリスがいないようだが・・?」
キッドは俺に気付くと当然の疑問を投げかけてきた。
「キッド、マイケル。緊急事態だ。ここではまずいから部屋で話す。もう部屋取ってあるだろ?」
俺は周りには聞こえないよう、声量を落として伝える。
キッドもマイケルも怪訝な表情を浮かべて席を立ち、こっちだと言って部屋に向かう。
俺はキッドとマイケル用に取ってあった2人部屋に案内された。
部屋にはいるとカーテンを閉め、ベッドに腰かける。
キッドとマイケルも俺と向かい合うようにもう1つのベッドに腰かけた。
「・・で、緊急事態って一体どうしたんだ。まさかマリアとクリスの身に・・。」
キッドは顔を緊張させて訊いた。
「いや。取りあえず2人とも今は無事だ。どうやら俺達、追われているようでな。
この建物の前にも見張りが立っていた。だから変装して1人で戻ったって訳さ。今はマリア達とは別行動を取っている。」
俺はほどいた髪の毛をサラリとかき上げ、変装箇所をアピールした。
「それは変装なのか。で、追われているってどういうこった。一体何者がなんの目的でテイファ達を・・。
何か身に憶えは?」
「身に憶えなんて無いよ。・・ただな、お前達と別れるときから俺達に尾行が付いていたようだ。
俺達を追っている奴ってのはこの街の衛兵だ。」
「衛兵!?・・一体何故!」
マイケルが息を飲む。
「ここにも見張りがついている。
まずはここを脱出して全員集め、安全な場所に隠れる。話の続きはそれからだ。
すぐに軽い変装を施して出る用意をしてくれ。」
「わかった。」
2人はすぐに作業に取りかかった。
その間に俺は荷物をウルバックにまとめる。俺の小物用ポーチ型のウルバックに俺の荷物全部とキッドの荷物を詰め込み、
マリアのウルバックにマイケルの荷物を詰め込んだ。
これで外の見張りの目はある程度そらすことが出来るだろう。
結局2人共髪型を変えるだけにとどめた。
キッドはオールバックにし、マイケルは頭にバンダナを巻いてやった。
「うおおおお。これ、スゲェ重いんですけど・・。」
苦労したのはポーチ型ウルバックの装着だ。
キッドのウエストにくくりつけるのだが、ベルトでは重量に耐えきれないのでロープを使用した。
2人分の荷物の重量がずっしり腰の小さいポーチにかかるのだ。これは重い。
俺達は打ち合わせをして3人ともバラバラに出ることとなった。
集合地点はマリア達と別れたあの通りだ。
まず俺が出て、キッド、マイケルの順に出る手筈だ。
「よし、じゃあ後でな。ヘマして捕まるなよ?」
「テイファも気を付けて下さい。」
俺は笑みを浮かべて頷くと部屋を出た。そのまま自然を装ってギルドを出る。
誰も別に俺には関心を持たず、俺はすんなり出ることが出来た。後は集合場所に戻って2人を待つだけだな。
俺はまっすぐマリア達と別れた通りへと向かう。
途中、1度衛兵とすれ違ったが問題なく集合地へと着いた。
辺りを見渡すとすぐにマリアの姿が見つかった。マリアも俺を見つけたらしく、パッと笑顔を見せて寄ってくる。
「テイファさんお帰りなさい〜。キッドさん達はどうでしたか?」
マリアは俺の目の前まで来ると早速そう訊いてきた。
「ああ大丈夫だ。バラバラに出てきたからもうすぐ着くと思うが・・。ところでクリスは?」
そう。クリスの姿が見えないのだ。俺は辺りを再び見渡したが見つからない。
「大丈夫です。バラバラにいる方が見つかりにくいと思ってすこし隠れていただきました。
クリスちゃんからは私達が見えているはずですよ。」
「そうか。よくやった。」
どうやらマリアは機転をきかせてクリスを隠れさせたようだ。俺はマリアの頭を撫でてやるとマリアは嬉しそうに微笑む。
そうしているウチにキッドが到着し、少し遅れてマイケルも到着した。
クリスも出てきて全員が揃うと俺達は人気の少ない裏路地へと移動し、手近な廃屋に身を潜めた。
辺りは夕日も既に沈みかけている。
俺達が身を潜めた廃屋はかなり古い建物だった。
所々壁にも穴の目立つ木製の建物で、部屋は1つだけ。
床もなく、むき出しの土の上に屋根と壁だけ作ったような作りの貧層住居だ。
ただし決して狭いわけではなく、5〜6人寝られる寝台が部屋の隅に造られている。
家具や調度はボロボロなのが残っており、テーブルに壁に備え付けの小さな棚、かまどがある。
家の外には近くの住民達が共同で使うための用水路と地下下水道へ降りるための通路があり今俺達が身を隠すには格好なところだと言えた。
廃屋に身を隠した俺達は即座に武装を整える。
武装を整えながら俺は話を切りだした。
「今の俺達の状況だが非常に危険な状態だ。
相手は町の衛兵。こうなると城塞都市であるこのカストリーバから脱出するのは結構大変だ。
なにせ門は奴らが見張っているからな。うまく街に閉じこめられたって状態だな。」
俺がそう言うと皆は息を飲んだ。
今置かれている危機的状況を少し実感したようだ。
まぁ何しろ急なことだったし追われる理由もわからないんじゃ仕方がないかも知れないな。
「テイファさん・・。どうして私達が兵隊さんに追われるんですか?わたしたち、何も悪い事してませんよ。」
マリアはクリスと共に寝台に座り納得いかない様子でそう言った。
「ああ。その通りだ。
何故突然俺達が衛兵に追われる立場になったのか。
少なくとも俺達4人は、ばれるような犯罪行為は全く働いていないだろう。
もちろんこの街の衛兵団に恨みを買うような真似も、喧嘩を売るような真似もしてない。
だとすれば考えられる要因は1つだ。」
「1つ・・?」
キッドとマイケル、マリアもクリスも一緒になって考え込む。
そしてマイケルは考えが至ったのか、はっと息を飲んだ。
「まさか・・クリス・・!?」
マイケルがそう言うと俺を除く全員の視線がクリスに集中した。
「え?わたし?」
クリスは自分を指し、びっくりした顔になる。
俺は壁により掛かり、ゆっくりクリスに視線を向けた。皆が俺の次の言葉を待つ。
俺は一つ頷いて口を開いた。
「ああ。追われるようになった理由は恐らくクリスが握っている。」
「まさか・・まさか・・。」
クリスは自分のウルバックを胸に抱きかかえ、ぼそぼそとひとりごちた。
この女・・やはり何か握っている。
俺の疑念は彼女の反応を見て確信へと変わった。
「まさか・・まさか・・。」
そう呟きながら自分のウルバックを胸に抱きかかえているクリスに皆の視線が集中する。
皆のその表情には複雑な思いが込められている。
この女は何か握っている。それは間違いなさそうだった。
「クリス。こうなってしまった以上、話して貰わなきゃこれからどう身を振るか答えは出せない。
だから俺の質問に正直に答えてくれ。いいな?」
「は・・はいですぅ。」
クリスも自分に要因があると言われたのがショックらしく、俯き加減にそう言った。
俺は頷いて続ける。
「まずはお前に届け物を依頼した奴と受取人を確認したい。」
クリスは俺の質問を聞くと顔を上げて皆を見据えた。
「えっと・・わたしのご主人様はヴァーン・ハールというお名前なんですぅ。えと・・お届け物はご主人様にお頼みされまして、トリスタンにお住まいのマイク・アンダーソン様の元へお届けするんですぅ。」
ポツリと弱々しい声でクリスは答える。
「ヴァーン・ハールとマイクか・・。」
この2人ならば人道に反する犯罪行為のようなヤマではないだろう。
俺はクリスが悪意を持って俺達を巻き込んだのではなく、彼女もまた巻き込まれただけだと言うことを確信した。
「テイファ。ヴァーンって奴のこと知っているのか?俺は聞いたこと無い名前だけど・・。」
キッドが腕組みをしたまま訊いてくる。俺はクリスに視線を向けたまま「ああ」と頷く。
「魔道士ヴァーン・ハール。もう現役は引退しているが有名な魔道士だ。
マジックアイテムを作る際に用いられる付与魔術研究の世界的な権威の一人でな。 徹底した現場主義で80歳で現役を引退するまでの間、ずっと自ら古代遺跡に足を踏み入れ、調査にあたっていたという変わり者だったという話を聞いたことがある。
今はもう90近い老魔道士のはずだ。
マイクに魔術の基礎を叩き込んだ師匠でな。親交も厚かったと聞いている。
その点は信用の置ける魔道士だ。」
「ゆ・・勇者マイクの師・・。さぞ徳の高い魔道士だったのでしょうね・・。」
マイクの魔法力の強さは冒険者の間でなくとも広く知れ渡っている。
それだけにその師匠ともなるとどれ程の使い手か。一般冒険者の想像は誇張とも言える物となるのだろう。
「はい。ご主人様はとっても偉い魔法使いのお爺さんなんですぅ!」
クリスはヴァーンの話題となると、とてもうれしそうにそして自慢げにそう言った。
その表情からどれ程主人を信頼し、慕っているかがうかがえる。しかしその表情がふっと暗く沈んだ。
「でもご主人様・・わたしに最後の頼みとおっしゃってこの槍を私に託されたんですぅ。」
そう言ってクリスは自分のウルバックから1振りの槍を取りだし、俺達に見せた。
「こ・・これは!」
マイケルから驚きの声が漏れる。
その槍は柄の部分から見事な装飾が成され、全体的に幻想的で鮮やかな蒼みを帯びている。
柄まで全て金属製の槍だ。
この鮮やかな蒼は極めて高純度のミスリルが使われていることを示している。
俺の持つミスリルチェインやミスリルダガーを上回る純度だろう。
長さは180pくらいと言ったところか。
「この槍は『覇王の槍』と言うそうで、所有者を覇王道へと導くと言われているんだそうですぅ。
それをウェンレーティンという方が狙っていて・・・・。」
「ウェ・・ウェンレーティンですって!?」
「ウェ・・ウェンレーティンだとおっ!?」
俺とマイケルは同時に叫んでいた。
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