ウェンレーティンの
野望編

第三十二章
決  着


 何なんだこいつ等は。

 ニンジャマスターキラールはただ驚嘆する他無かった。

 カストリーバの防衛網をかいくぐって逃げてきたという10代から20代中頃の若い冒険者と、

ヴァーンハールの家に住んでいたと言うメイドの少女。

 覇王の槍奪取を命ぜられて実際に黒の団を率いて追跡を試みたところ、どうにも違和感が拭えなかった。

 強者と当たる手応えがまるでないのだ。

 偵察に向かわせた部下達からも彼等がAクラスにも満たないB級冒険者のようだという報告が相次いだ。

 彼等に近付いた偵察部隊は(ことごと)(けむ)に撒かれ、

先回りした張った罠も全てが回避されてきた。

 そしてここ数日、暗殺者を送り続けたが全てが返り討ちに遭ってきたのだ。

 黒の団を相手にどうしてB級冒険者がここまでやってのけられるのか?

 相手がB級だろうとC級だろうと手加減をするような者は黒の団には居ないはずだった。

    何故なんだ!?

 その答えが今、実際彼等と戦闘を行う事で明かとなってきた。

 覇王の槍。

 槍を手にした小さな覇王はAAAクラスのキラールをも圧す力を持っていた。

 Sクラスにも届こうかと言う驚異的な身体能力と、不死身とも思える強固な力場。

 一般的な武器を扱う英才教育を受けてこられたウェンレーティン閣下がこれを手にされれば、

どれ程の力を発揮することだろうか。

 メイドとして働いていた14か15くらいの娘が手にしてこの威力。

 だが実際にはゴンザレス・ゴンゾーの養女だという娘の、神業とも言える状況判断と的確な指揮が、

B級の能力しか持たないはずの彼等の力を100%、いやそれ以上引き出し、無視できない戦力になっている。

 しかし戦況は敵方が優勢だった。

 槍を手にしたメイド以外は全てBかCクラスの能力しかなく、本来ならば物の数ではないはずなのだ。

 たった16,7くらいの小娘がどんな教養を受ければこれ程の指揮者になれるのだろうか。

 また彼女自身、身体能力こそCクラス程度の能力しかないが、人並みはずれた戦闘センスを持つ優れた戦士だ。

 Aクラスの忍者達が次々に返り討ちにされたのも頷ける話だった。

 2日前に主君であるウェンレーティン侯爵から、一週間以内に槍を奪取せよとの命令が送られており、

ここで取り逃がしてストール川の駐留部隊に手柄を譲ることは絶対に許されないのだ。

 望みをかけた忍術『蜘蛛の巣』も一人の死者を出すこともなくあっさり破られ、手持ちの手裏剣も尽きかけている。

 その上完全に避けたはずだった毒矢がかすっていたらしく、だんだん右太股がヒリヒリと痺れ始めていた。

 まさに最悪の状況だが、それでも彼はここで退くわけにはいかない。

 やるしかない。

 キラールには選択肢などはなかった。



「ごめんなさい・・・。ありがとうございますですぅ。」

 マイケルの胸から下ろされたクリスはマイケルに一言礼を言うと、再び槍を構え直して敵を睨みつけた。

「ビックリしたですけどもう引っかからないですよ!」

 クリスは臆することなく最前列へ出ると堂々と槍を構える。

 小さいながらもその存在感はこの中の誰よりも大きかった。

 対する敵は降りてくる様子はなく、俺達を木の上から注意深く見ていた。

 俺達は敵の技をなんとか躱し続け、優勢を保っているように見えた。

 しかし実際はまだそうとは言い切れないのだ。

 クリスの力場はもう随分と削られてしまい崩壊寸前。

 さらにキッドの怪我もあるしマリアの魔法も尽きかけている。

 一気に反撃して仕留めねば危ない。

「そろそろ俺が撃ち込んだ毒が効いてくる頃だ。皆!一気に行くぞ!!」

「ど・・・毒!?いつの間に・・・」

 毒のことを言うと皆が一様に驚いた。

 どうも全員俺が毒矢をかすらせていたことに気付いてなかったらしい。

 まぁあの状態でそこまで注意深く見ていられる者などそうそういまいが。

 だが今は悠長に説明している時間はない。一気に叩き込み、ケリを付けるのだ!

 俺はウルバックから弓と矢筒を取り出した。

 疾風の弓と呼ばれるこの長弓の特製は速射製にある。

 強力な合弓に、弓を引く際の力を軽減させる魔力が付与されており、力の弱い者でも引くことが出来るのだ。

 威力は増強されてはいないが、元が強い合弓なのでなかなか強い。

 それが合図となったのか。

 敵が刀を抜き、残っている蜘蛛の糸の上を再び走り始めた。

 どうやら向こうも長期戦は不利と見て一気に勝負をかけてくるつもりのようだ。

 それにあの距離で刀を抜くと言うことは恐らくもう飛び道具も尽きかけているのだろう。

 奴はまた張り巡らせた蜘蛛の糸を足場に、縦横に飛び回りながら攻撃の機会をうかがっているようだ。

「よし!みんな固まれ!」

 俺は敵の出方を見て直ぐさま指示を出した。

「おう!」「わかりました!」「はいですぅ!」「はい!」

 皆は四人が四様の返事をして直ぐさまマリアの居る位置へと集結を始める。

 敵から白兵戦を仕掛けてくれるのならば、散って個々で迎え撃つよりも多人数で迎え撃つ方が安全だ。

 俺達が動くのを見て敵も動きを定めた。

 皆が集結するのに気を取られている隙を突いて一気に仕留めるつもりなのだろう。またもや空中で方向を転じ、一直線に俺に向けて斬りかかってきた!

 ちっ、どうやら奴めまず俺様を殺ろうという腹か。

「なっ・・テイファ!」

 皆は敵の攻撃に気付き、慌てて方向を転じる。

 真っ直ぐ飛んでくる奴は微妙に毒が効き始めてきたのか、僅かに動きの切れが鈍くなっていた。

 まずは   !!

 俺は真っ正面から飛んでくる敵の眉間に狙いを付けて矢を放った!

 勢い良く放たれた矢は風を斬り裂きながら真っ直ぐ奴の眉間めがけて飛んだ。

 奴との距離や相対速度を考えると、頭部を串刺しにできる威力はあろう。

 奴の眉間に届こうかという刹那、

 パシィ!!

 奴はその矢を刀で切り払い、見事にこれを打ち落として見せた。

「テ・・・テイファ!!」

 今、奴の目の前に立つ無防備な俺を見てキッドが声を上げた。

 マジックアイテムだとは言え、元が木製の弓。奴の斬撃の前にはあっさり俺の首もろとも斬られてしまうだろう。

 凄まじい勢いでクリスが迫っているものの、とても間に合う距離ではない。

 奴は勝利を確信してにやりと笑みを浮かべると、先程と同じようにまた俺の目の前で一度着地した。

「だからお前さんは詰めが甘いんだよ。」

「なに?」

 俺は奴が着地した瞬間を見計らってひょいと弓を投げた。

 俺が投げた弓は輪投げの要領で奴が構えていた刀の切っ先にスッポリとはまり、

そのままするりと落ちて刀を持つ手に引っかかった。

「なっ・・・!?」

 まさか弓で輪投げをされるとは思わなかったのだろう。奴は注意を逸らされ一瞬動きが止まった。

 俺は弓を投げると同時に天王の剣を抜き放ち、すぐに防御姿勢をとる。

 直後に我に返った奴の斬撃が俺を襲った!

 上段からの袈裟斬り。しかし弓に気を逸らされて集中できぬまま繰り出された技には全然切れがない。

 俺はその斬撃を難なく受け流し、またダガーを取り出すかのごとく懐に手を差し入れた。

「くっ・・・!!」

 奴は俺の懐からの攻撃を警戒し、奴は手に引っかかった弓を払い落とし、スパッとバク転しながら回避行動に移った。

 まだ攻撃も繰り出してねぇのに。どうも俺様は相当警戒されているらしい。

「待つですー!!」

 奴が逃げたその先にはクリスが迫っていた!

「くっ・・・メイドか!」

 奴がすぐに振り返ると、既にクリスは攻撃に入っていた。

 クリスの鋭い突きを刀で受け流すと、たちまち2人は激しい打ち合いになった!

「テイファ!無事だな!?」

「ああ。見ての通り、ピンピンしてるよ。心配かけたな。」

「まったく・・・ヒヤリとさせられましたよ」

「よし行くぜマイケル!」

「ええ!」

 次々と追いついたキッドやマイケルも俺の無事を確認すると、すぐにクリスと奴との打ち合いに参戦した。

 さしもの奴も3人に囲まれ、その上毒も回ってきている足では容易に逃げることなど出来まい。

 敵は不利を悟って懸命に間合いをとろうと試みるが、クリスがそれを許さない。

 クリスはピッタリと張り付くように間合いを詰め、先程と同じ様な連続攻撃を繰り出して奴が飛び退くタイミングを掴ませなかった。

 そしてマイケルが横から、キッドは背面に回り込んで包囲網を築き上げる。

「テイファ!マリアの方のフォローを頼む!」

 キッドは戦闘を続けながら俺にそう指示を出す。

「わかっている!」

 俺は先程の弓を拾いつつ、マリアの元へ駆け寄った。

 それにしてもさすがAAA。キッドとマイケルを加えた3人掛かりの攻撃もそのほとんどを躱しきっていた。

 僅かにマイケルとクリスの突きがかする程度で、受けるダメージを最小限に抑えている。

 しかし毒が効いてきたその足でどれだけ保つか。

 後はこちらと奴との根比べだな。

「マリア!いつでもヒーリングを使えるよう、心がけて置いてくれ!」

「はい!テイファさん。」

 マリアの横に着いた俺は矢を取り出して、いつでも矢を射れる体勢を取った。

「でええい!」

「たぁ!」

「えいえいえいえいえいえいですぅ!」

 3人が3様のかけ声をかけ、敵に集中攻撃を掛ける。

 クリスは覇王の槍で容赦のない連続攻撃を繰り出し、キッドはハンドアクスを振るい敵の撹乱を狙う。

 そしてマイケルのエストックが一瞬の隙を捉えようと華麗に舞った。

 奴は刀を捨てて小刀を2振り抜き、二刀で受け流しに徹していた。

 こちらの圧倒的な手数を捌くにはそれしかあるまい。

 しかしそれにしてもおかしい。

 先程まで奴はクリス一人の攻撃を躱すので精一杯だったはずだ。

 それが今や3人掛かりで攻めているというのに、いまだにかすり傷をチクチク受ける程度の怪我ですんでいる。

 いくら小刀二刀流に切り替えて手数を捌けるようになったとは言え、ここまで安定して躱し続けるなんて到底考えられない。

 Bクラスのもの相手ならば3人でも4人でも躱し続けることは出来るだろうが、今のクリスは奴を上回る実力を有しているはずなのに・・・。

 まっ・・まさか!?

「っく!?」

「マイケル!?」

 敵が一瞬の隙を突き、マイケルの太股を斬った!

 傷自体は浅いが、じわりと血が滲む。

 いかん!こんなに早く来るとは!

 このままでは一気に押し切られる!!

「マリア!」

「はい!」

 マリアはすぐにヒーリングの詠唱に入った。

 クリスの攻撃は尚続く。が、そのクリスの突きが明らかに鈍くなっていた!

「あ・・、当たって下さいですぅ〜。」

 先程まで元気に暴れ回っていたクリスはが、突然息を乱し始めていた。

 口調も弱々しい物になり、クリスの顔から血の気が引いているではないか!

 病気の再発!?

 こんなところで!!

「でえあぁぁあぁ!!」

 奴は叫びながら斬りかかるキッドの攻撃を大きく払う。

 ガキイン!

「おわっ!?」

 キッドは大きく仰け反るように体勢を崩された。

 奴はその間を使ってクリスに対して一気に攻勢に出る!

 槍の突きを一刀で受け流しながら一歩踏み込み、もう一刀でクリスを覆う力場を斬り裂く!!

 ゴッ!!シュウウゥウゥゥウゥゥゥ・・・・

 その斬撃でクリスを護り通してきた力場が霧散した。

「な・・・そんな馬鹿な!?」

「ク・・・クリス!!」

「あ・・・ぁ・・・。」

 クリスは敵の前で覇王の槍を支えにして力無く両膝をついた。真っ青な顔をして。

 ・・・・・・保たなかったか。

 すぐにキッドとマイケルが奴を止めるべく斬りかかろうとするが、

「そこまでだ。」

 チャキっとクリスの首筋に小刀を突きつけられると、もはや手負いの2人には打つ手はなかった。

「く・・くそぉ。なんだってんだよ・・・」

 キッドは武器を下ろし悔しそうに独りごちる。

「覇王様になったんじゃなかったのかよ!何でいきなりクリスを見捨てるような真似をしやがる!」

 キッドはクリスがまだ手放さずにいる覇王の槍を恨めしげに睨みつけた。

 槍は何も応えない。ただ沈黙してクリスの手に収まっているだけだ。

「勝負あったな。お前ら程度の冒険者がこの俺をここまで追い詰めるとは・・・。

 実に惜しかったがどうやら槍はそのメイドより我が方を主と認めたようだ。」

 奴はそう言うとクリスが必死に掴んでいる槍に手をかけた。

「ダメ・・・ダメです。これはダメなんですぅ。」

「ふん・・・うるさい。」

「っきゃう!」

 奴はそう言うと必死に槍にすがりつくクリスを蹴り飛ばし、遂に槍はクリスの手から敵の手に渡ってしまった。

 クリスはそのまま倒れ込み、起き上がる事もできない程に生気が弱まっていた。

 それを見て俺の横にいるマリアが俺のマントの裾を掴み小刻みに震える。

「クリス!!」

「騒ぐな。」

 奴は倒れたクリスの首に足に仕込んだ小刀を突きつけ、駆け寄ろうとするキッドをまたもや制した。

「いくらお前達が心配したところで槍の助力もなくなったこの女はもう助からん。

ただでさえ死にかけだったのが今の戦闘で無理をしてさらに寿命を縮める結果となったな。」

 奴はくくっと笑った。

「本来ならばこの場で全員殲滅するところだが、今回は俺もダメージを受けすぎた。

お前達の努力に免じここは退こう。長らえた命、大事にするんだな。」

 奴はそう言うと覇王の槍を手にクリスから飛び離れ、そのまま森の奥へと退いていった。

「まっ・・・待ちやがれ!」

「待てキッド!」

 俺は慌てて追おうとするキッドを制した。

「俺達の負けだ。クリスが戦えなくなった今、俺達に勝算はないよ。」

 キッドは一瞬俺を睨みつけたが、その顔がすぐにも泣きそうな顔に変わる。

「ちくしょおおぉおおおぉぉぉぉおぉお!!」

 キッドは大空に向かって吠えた。





 皆で息も絶え絶えのクリスを囲んでいた。

 クリスは苦しそうに息を乱し、瞳に涙が浮かべて弱々しい眼差しで俺達を見る。

「クリス!死ぬな!こんな所で死んでどうする!」

「クリスちゃん、頑張って!負けないでぇ・・・・。」

 クリスの手を取り必死に声をかけ続けるキッド。そしてその横でマリアは既に泣き顔だ。

 マイケルは沈痛な表情でこれから訪れるであろう少女の死を受け止めようと心構えている様子だった。

み・・・みなさん、ごめ・・んな・・さいです・・・。

 クリスが弱々しく謝った。

 本当に弱々しい声。耳を澄ましていなければ聞こえないほどの弱々しさだった。

「馬鹿!君が謝るな!!」

 クリスが謝るとキッドは叫んでいた。

 クリスをここまで追いやった責を感じているのだろう。キッドは小刻みに震えていた。

わ・・わたし・・。ずっと・・・ずっと・・・、皆さんに・・・ご迷惑を・・・。

「クリス・・・もういいよ。」

 クリスが何かを言いかけた所で俺は微笑みを浮かべ、やんわりとクリスを制した。

「テイファ・・・。」

 みんながそんな俺を見て何かを悟った様に黙り込んだ。

「クリス。もう何も言わなくていい。後は俺らに任せてぐっすり眠れ。・・な?」

 俺がそう囁きかけるとクリスはじっと俺の目を見つめた。

 俺もクリスの目を見つめ返し、何かを言い聞かせるように一つ頷いた。

 それを見たクリスはふと安心したように笑みを浮かべ、

・・・テイ・・ファ・・さん・・。

 と俺の名を呼んだ。

 クリスに呼ばれ俺はとっさにクリスの口元に耳をそば立てる。

 クリスは声になるかならないか位のかすれた声でボソボソと呟く。

 俺は聞き漏らしがないよう、注意深く聞き取った。

 俺が聞き届けるとクリスはにこりと笑みを浮かべ、直後に心臓の鼓動を止めた。

 キッドが手に取っていたクリスの手が、力無くするりと落ちる。

 生命活動を停止させ、クリスは見る見る冷たくなっていった。

 クリスはとても安らかな顔をして眠りに入った。

「ダメ、クリスちゃん、ダメぇ!!」

 マリアが泣きながら必死に寝入ったクリスを揺さぶる。

 しかし当然ながらクリスは何の反応も返さない。

 マリアはクリスに覆い被さって泣きじゃくった。

「クソ・・。俺達がもっともっとしっかりしていれば・・・」

 キッドもがっくりと肩を落としてうなだれ、マイケルは言葉も発せず、ただ黙って涙を堪えていた。

 日は既に沈み、夜の闇が辺りを覆い始めている。

 夜の静寂に包まれた森の中で、マリアの泣き声だけが響いていた。


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