ウェンレーティンの
野望編

第三十一章
蜘蛛の巣


 木々の隙間から射す木漏れ日もだんだんとその色を変えていた。

 時刻は夕暮れ時。普段ならば物静かであろう森の中は、小さな戦場と化していた。

 魔術術式の詠唱を続ける少女の声が静かに響き、敵を向かえ討たんとする男達の緊迫した声が続く。

 俺達の戦いは続いていた。

 マリアのクレイウォールが発動するより早く、敵はクリスに向かい飛びかかった。

 奴の刀が夕日を浴びてギラリと光る。

 対するクリスは槍を高く突きだして迎え撃つ体勢を取った。

 槍は落下してくる敵を確実に捕らえる角度で構えられていた。

 敵はこのまま落下すれば確実に串刺しになる。

 奴らしくない無謀な跳躍は追い詰められた焦りの為か。

「これで終わりなのです!」

 下で待ちかまえるクリスは槍の穂先を敵の急所から外して狙いを定める。

「やった!あれじゃ奴は逃げられ・・・え?」

 キッドは勝ちを確信して思わず声をあげる。

 しかし奴はそれを言い終える前に跳んでいた。

「え・・・?」

 クリスは何が起きたか理解できなかった。

 落ちてくるはずの忍者がまた跳んだのだ。そう、空を蹴って!!

 敵の狙いはマリアだった。

 勝利を確信して待ちかまえているクリスと、その後ろに立つマリアの頭上を悠々と越え、

マリアの背後から襲いかかろうと言うのだろう。

 有り得ない敵の動きに全員がはっと息を飲んだ。

 敵に勝ちを確信させて油断を誘う。敵の虚を突く上手いやり方だ。

 だがそれは同時に、今この瞬間に勝ちを確信した奴にも隙が生じる瞬間だった。

 世の中にはまだ上手が居ることを教えてやろう。

 俺は奴がクリスに飛びかかり、落下に転じる時には奴の手を読み、素早く吹き矢を取りだして矢を詰めた。

 そして奴が空を蹴った時に着地点を予想し、そこよりやや上空を狙って吹き矢を放っていた。

「!?」

 さすがはAAA。この状況下でも俺の殺気に気がつき、奴はとっさに手を伸ばす。

 奴が手を伸ばした先は何もないはずの空中なのだが、奴はその空間をがしっと掴んだ!

 奴はその手を軸に空中で片手大車輪をするように回り、何とか俺の攻撃を(かわ)そうとした。

     読み通りだ。

 俺は奴がそうやって躱そうとすることも計算に入れて吹き矢を放っていた。

 なかなかいい反応だったが、矢は俺の狙い通りに奴の太股をかすめた。

 かすらせる程度に当てたのにも理由がある。

 俺が放った矢は以前忍者と一騎打ちしたときに使った物と同じ毒矢だ。

 この毒は人間相手ならばかすった程度でも十分に効果のある猛毒だ。

 かすった程度で死に至りはしないが、奴の戦闘力を奪う効果は十分期待できる。

 あのクラスの忍者ならば解毒の術を修得している可能性があるため、そのため相手に毒矢を当てたことを悟らせないよう、意図的にかすらせたのだ。

 毒が回り始めてから解毒されても既に回った毒のダメージは残る。

 それが俺の狙いだった。

 奴は空中で大車輪を披露するとそのまま飛び上がり、空中で『着地』した。

 その上奴は目を丸くしてみている皆の目の前で空中を走り始めたではないか。

「ば・・・馬鹿な・・・。彼は空を飛べるのか・・・?」

「え?えぇえぇぇぇえぇぇ?」

 奴は空中を走るだけでは飽きたらず、空中で自在に方向を転じながら跳び、予測のつけづらい動きで迫る!

 マイケルに向かい跳んだかと思えば、途中で方向を転じてキッドの方へ跳ぶ。

「んな・・・!?」

 マイケルのフォローに向かおうとしていたキッドは予想外の動きに全くついて行けず、奴の跳び蹴りを受けて仰け反った。

 とっさに身を庇って跳び蹴りを受けた左腕からから鮮血が吹く!

「・・・・・ぐっ!!」

 見るとそこには刃物でバッサリ斬られたような傷が、パックリと口を開いていた。

 足にも仕込み刀が隠されていたのか!

「キッド!後ろです!!」

 キッドの後ろに降り立った奴はキッドの方に振り返り、刀を振りかぶった。

「でえええい!!」

 キッドは後方に振り向きざま、ろくに狙いも定めずにハンドアクスを()いだ。

 一瞬キッドの方が早く、奴は後に飛び退く。

「キッド!今行きます!!」「キッドさん〜!」

 合わせてクリスとマイケルもキッドのフォローに走った!

 いかん!

 俺は慌てて無防備となったマリアに駆け寄った。

 奴の真の狙いはあくまでもマリアだ!!

 クリスがマリアから離れたことを確認すると、奴はキッドへの攻撃を中断してまた跳んだ!

 そしてまたもや空中を自在に舞うや、マリアを狙って多方向からスローイングダガーを投擲した!

「マリアああぁぁぁぁぁ!ちょっと一緒に跳べえぇえ!」

「え・・?きゃああぁあぁぁ!?」

 俺はマリアに飛びつくや、しっかりと抱き込み、そのままの勢いで押し倒した。

 直後に背後でダガーが地面に次々と突き刺さる!

「止まるな!そのまま転がり回れ!!」

「はわわわわわわあぁあぁぁ〜?」

 俺達はそのままの勢いで抱き合ったまま転がり続ける。

 それを追うように次々と突き刺さるダガー達。一体奴は何本仕込んでいやがるんだ!!

「や・・・やめるですぅ!!」

 クリスは敵の攻撃を止めるべく空中を自在に舞う敵を追い、跳んだ。

「駄目だクリス!今は跳ぶなあぁぁあぁあぁ!!」

「え?」

 俺の静止は遅きに失した。

 勢い良く飛び上がったクリスだが上昇途中、何かに引っかかったように不自然に止まった。

「あ・・・あれは!?」

 見上げたマイケルはクリスの上昇進路中に細い糸が張られていることに気付いたようだ。

 敵は木の枝の上で立ち止まると、木に絡めてあった糸のいくつかを断ち切った。

 ヒュン!ヒュヒュン!

 そんな音がしたかと思うと、落下に転じるクリスの体に幾本もの糸が複雑に絡みつく。

「やあぁあぁん。離して下さいですぅ。」

 クリスは蜘蛛の巣に捕らえられた蝶の如く、身動きが出来なくなっていた。

「おお・・・・!。」

 空中で細い糸できつく絡み取られてしまった美少女。

 体の至る所に細い糸が食い込む様は、そっち系の人が見れば大いに欲情をかき立てられる物に違いない。

 またもや真下という絶好のポイントに位置していたキッドとマイケルはクリスを見上げ、思わず感嘆の声を上げた。

 それが敵の技に対する感嘆だったのか別の物なのか・・・()えて語るまい。

 しかし恐るべきは敵の技量だ。

 奴はクリスとの打ち合いの際、木々を飛び回りながらこうした細い糸の結界を張り巡らせていたのだ。

 この結界は自らの足場ともなる上、敵が絡みつけば縛り上げて捕らえてしまう。

 まさに蜘蛛の巣だった。

 俺はこの存在自体には気付いていた物の、仲間に伝える間がなかった。

「マリア!キッドの治療を!」

「は・・はいいぃい。」

 さっきの攻撃回避で目を回しているマリアはフラフラになりながらも魔法詠唱を始める。

 キッドの傷は決して浅い物ではなかった。

 奴の一撃は皮を斬り裂き、中の筋肉はもとより骨にまで達していよう深さ。

 出血も激しく、放っておけば失血死にも至る可能性がある大きな怪我だった。

 マリアの治療魔法では完治できまいが、出血を止める位の効果はある。

 しかし問題は敵の出方だ。

「クリス!!」

 俺が敵に目をやると、奴は絡み取られたクリスに斬りかかっていた。

「きゃうぅうぅぅ!」

 クリスは涙目で悲鳴をあげた。

 奴の斬撃自体は覇王の槍による力場で完全に防がれていたが、このままでは突き破られるのも時間の問題だ。

 どうしたものかと思案していると、

「マイケル!!しっかり受け止めろよ!」

「ええ!行って下さいキッド!!」

「でええぇえぇぇぇええい!!」

 キッドは無傷の右腕でハンドアクスを掴むと、思いっきり身をよじって力を込め、クリスを絡め取っている糸をめがけて斧を投げ上げた!

 キッドの斧はブオンブオンと轟音を立てながら回転しつつ飛んだ。

 片手で投げてあの力強さ。

 キッドの斧は敵の使っていた鋼糸をブッツリ断ち切るのに十分な威力を発揮した!

 とっさに敵は乗っていた鋼糸から飛び退くが、当然絡み取られていたクリスはそのまま落下する。

「ど・・どいて下さいぃいぃぃ!落ちるですぅ!!」

 そんな悲鳴をあげながら落ちてくるクリスを待ちかまえていたマイケルがその胸にしっかりと抱き止めた。

「よし!奪回成功だ!」

「クリス、怪我はありませんね?」

「は・・はい。大丈夫ですぅ。ありがとうございますですぅ。」

 クリスはすこし涙目で答えた。

 おお・・。こうもあっさりと助け出すとは・・・。

 あいつら、やってくれたじゃねえか!

 直後にマリアの治療魔法も無事、発動した。

 キッドの傷を受けた手に魔力が集中して発光し、やんわりと包み込むと徐々に出血が治まっていく。

「おお、マリアサンキュ。これでまた戦えるぜ!」

 傷は完治していなかったのだが、それでもキッドは力強くはっきりと答えた。

 一方、木の上に戻った敵は相変わらず冷静な顔をしていた。

 が、今回俺達の内で1人も討ち取れなかったのは完全に計算違いだったのだろう。

 奴には少なからず焦りの色が感じられる。

 出てきたときとは打って変わって無口に徹しているのがその証拠だと言えた。

 しかしクリスが蜘蛛の巣に引っかかった時にはどうなるかと思ったが、今回はキッドとマイケルに助けられたな・・・。

 そろそろ奴も毒が効いてくる頃だ。

 さぁここから俺達の反撃だ!


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