ウェンレーティンの
野望編

第三十章
覇王の覚醒め


「心配はいらん。すぐにお前の仲間達も送ってやる。」

 敵はそう言い放つと情けのかけらもない白刃をマリアに振り下ろした。

「はうっ!」

 目を背け縮こまるマリア。

 目を背けたのはマリアだけではなく、マイケルとキッドも思わず目を背けていた。

 ひどくゆっくりに感じる一瞬。

 俺の動体視力は敵の刃がマリアに斬り下ろされる場面を滑稽なほどゆっくり写し出していた。

 マリアの右肩口からの袈裟斬(けさぎ)り。

 奴の実力ならば易々と腹部まで斬り込めよう。

 そうなれば勿論、助かるはずもない。

 しかし俺もマイケルもキッドも駆けつけることはおろか、動くことすら出来ない状態だ。

 今マリアを助けられるのはお前しか居ない。

 頼む!間にあってくれ!!

ゴオオォォオオォ!!

 マリアの肩口に兇刃が達しようとした刹那、マリアの背後に人影が現れ、直後に蒼い力場がマリアをすっぽり覆った!

「な・・!?」

 敵は反射的に刀を止めようとするが、斬撃は既に止められる状態ではなく、

刀の切っ先は蒼い力場を斬りつける結果となった。

バシュ!シュオオォオォォオ・・・

 力場は斬り裂かれてパックリ口を開けたが、すぐにその切り口は覆い隠された。

 斬撃は蒼の力場を斬り裂いたにとどまり、マリアは無傷だった。

 よしっ!!間にあってくれた!

「な・・・なんだと!?」

 敵は驚嘆にくれながらもマリアの後ろに立つ気配を感じ、バッと飛び離れた。

「・・・・え?」

 恐る恐る目を開け、状況を確認するマリア。

 その後ろにはムスッと怒った顔をしたクリスが覇王の槍を構えて立っていた。

「ええええ!?ク・・クリスちゃん?」

 全員の目がそこに立つ少女に集中した!

 先程まで息も絶え絶えだったクリスが皆の視線を一身に受けながらマリアの前に歩み出る。

 血色も良く、足取りもしっかりしており、表情もムスッと怒り顔ではあるが、病による苦しげな物は何も感じられない。

 クリスは敵をきっと睨みつけ、槍を構えた。

「これ以上みんなをいじめたら許さないですぅ!!」

 対する敵の忍者は明らかに動揺していた。

「馬・・・馬鹿な!!先程まで気も尽き、死にかけていた小娘が・・・。何故今平静でいられるのだ!!」

 奴が驚くのも無理はない。

 クリスの命の灯は俺から見ても消えかかっているように感じた。

 しかし今はそれがゴオゴオと燃え上がっているのだ。

 しかもクリスと出会ってから今まで、感じたことがないくらいに強く。

 普通の人間ではまず有り得ないような生命力。

 例え魔法による適切な治療があっても、あの状態からここまでスッキリと動ける人間がどれ程居るだろうか?

 クリスはそれを治療魔法無しにやってのけているのである。

「これ以上私を怒らせないうちにおうち帰るですよ!じゃないと本気でケンカしちゃうですから!!」

 クリスは本気で怒っていた。それが今クリスを立たせている原動力なのか。

 しかしケンカは無いだろうケンカは・・・。

「その槍が覇王の槍か・・・。ならばお前を倒し、奪い去るのみだ。

 こちらももう時間がないのでな!!」

 敵は少し自分を落ち着けると、懐からスローイングダガーを4本取り出してクリスに投擲した!

 奴のスローイングダガーの威力は先程見たとおりだ。

 投げたと同時に奴は確実にとどめを刺すべく刀を抜き放ち、ダガーを追うように走った!!

 対するクリスにはダガーを避けようとはせずに槍の柄の中程を持って飛来するダガーを待ち構えた。

 避ければ後ろにいるマリアを貫いてしまう。敵はそれも計算に入れての攻撃なのだろう。

「無駄ですぅ。」

 しかしクリスは槍の刃先と柄の先両方を巧みに使い、飛んでくるダガーを跳ね飛ばしていった。

「んな・・・・。」

 キッドから思わず驚嘆の声が漏れる。

 クリスは最後の1本を弾く際に故意に上方に跳ねさせ、更にもう一回打ち込んだ。

 打ち込まれたダガーはぐるぐると回転しながら敵忍者の方へ飛んで行くではないか!!

「ちちい!!」

 敵忍者は予想外の反撃に面食いながらも、刀でダガーを斬り払った。しかしそこには既にクリスが迫っていた!!

 鋭い突きが何度も忍者に襲いかかる!

「つくです、つくです、つつくですぅ!」

 たちまち何合もの金属音が辺りに響きわたった。

 必死に突くクリスの技は非常にでたらめな手つきなのだが、何より手が早い。

 並の使い手ではたちまち捕まるであろう鎌鼬(かまいたち)のような連続突き。

 しかし忍者は余裕こそ無いものの確実に受け流しきっていた。

「く・・・。ありえん!!これがさっきまで死にかかっていた小娘の動きか!!」

 マイケルとキッドも固唾を飲んで2人の戦いを見守っていた。

 今の俺達とは次元の違う戦いが繰り広げられている。

「おい、動けるぞ・・・!」

「わたしもです!これで我々も戦える・・・。」

 敵の意識の集中がこちらから逸れたためか、影縫いはその効果を失なっていた。

 俺達は急ぎそれぞれの獲物を手に参戦の用意をした。

 しかし2人の超人的な早さの前には横から加勢するタイミングが掴めない。

 戦場は目の前の地表から上にそびえる木の上まで、3次元に達していた。

 地上で斬り結んだかと思えば両者は飛び退き、背後の木を蹴って跳び、空中で刃を交える。

 ガキィンという金属音と共に火花が散り、敵は地へ着地し、対するクリスは木の上まで跳んでいた。

 クリスの身体能力はAAAクラスの忍者を上回っている。

 ただ者ではないと思っていたがここまでやるとは・・・。

 今のクリスはSクラスにも到達しかけているかも知れない。

 ヴァーンハールが槍を託して逃がしたのも頷ける話だった。

「す・・すげぇ。どうなってんだ一体・・・。」

 クリスの戦いぶりに思わず驚嘆の声を上げるキッド。

「へへ・・・決まってるだろう?」

 俺はそう言って呆然とクリスを見つめるキッドとマイケルに目を向けた。

「考えて見ろ。今のクリスは槍を手にした覇王様なんだぜ?」

『!!』

 答えを聞きハッとしたのはキッドとマイケルだけではなかった。

 そう。クリスと交戦している忍者もこの会話を聞いていたのだ。

 死にかけている状態から所有者を覚醒させ、その上圧倒的な戦闘力まで付与される、覇王の槍の真の威力を。

 そう考えればまだまだ幼い少女が今までに発揮した驚異的な身体能力にも説明が付くのだ。

 その間にも息もつかせぬクリスの連続攻撃は続いていた。

 戦いは圧倒的にクリスの方が押している。

「何を見とれている。俺達も参戦するぞ!」

 俺の一言で呆然と見とれていた2人は我に返った。

「ち・・・。参戦と言ったってこりゃ何処まで食い込めるかわからんぞ。」

「しかしレディ一人には任せる訳にはいきません。ただでさえ病み上がりなのですから。」

 俺達はそれぞれの得物を構えて戦う2人の元へ急ぐ。

 敵がクリスから目を離せない今がチャンスだ。

「マリア!周りの木と木の間にクレイウォールだ!出来るだけ高く、囲うようにな!」

「そんな・・・一度に出来るじし・・・」

「当たり前だ!何度かに分けて出せばいい!」

「はい!わかりました。」

 こいつ、魔法術式を教えたら理解は早いし、短い期間で多くの魔法を叩き込んでは来たのだが、

使い方はからっきしでいちいち誰かが指示を出さないと自分で使いどころを判断できないのだ。

「キッド、テイファ、あの2人には我々の足では追いつけそうにもありません。

 追いかけるのではなく、広く別れてクリスのフォローを努めましょう!」

「あいよっ!」「了解した!」

 俺達はマイケルに従い直ちに散開する。

「・・・なるほど。これがこいつ等の強さというわけか。」

 俺達が展開を進める様子を見た忍者は不利を悟り、森の奥の方に大きく後退した。

 すぐにクリスがそれを追おうとする。

「待てクリス!敵の狙いはその槍だ。わざわざ敵の誘いに乗らなくても俺達がフォローできる位置でやり合えばいい!」

「あ・・はいです。わかりましたですよ。」

 クリスは俺が声をかけると身を翻し、俺達が展開する中央辺りに降り立った。

 そう言っている間にマリアのクレイウォールが一つ、二つと構築されていく。

「クリス!マリアのフォローを!マイケルキッド!すぐに木の影に隠れろ!来るぞ!!」

「はいです!」

 俺の指示を聞いて皆が一斉に動く。

 俺とキッドとマイケルはすぐに木の影に隠れ、詠唱を続けるマリアの前にはフォースフィールドで護られているクリスを配した。

 俺が先程まで立っていた場所には正確に投擲されたダガーが幾本も通過し、マリアに投擲されたダガーはその大半がクリスに打ち落とされ、

それをくぐり抜けた物もフォースフィールドに阻まれた。

 大方の予測通り、攻撃は俺とマリアに集中した。

「そんな攻撃、効かないのです!」

 クリスはびしっと槍を前に突きだして敵を威圧する。

 今や俺達が完全に奴を手玉に取っていた。

 奴としては俺達から目を離して仲間を呼びに行くわけにも行かず、不用意に飛び込むわけにも行かない。

 そして是が非でも槍を手に入れねばならないのだろう。

 奴も不用意に動くことが出来なくなり、自然と睨み合いになる。

 しかしこちらとしては睨み合う状況は好ましくない。

 こうしている内にも奴の仲間が俺達を捜索し回っているのだ。

 何とか奴を誘い込んで一撃喰らわせ、奴の動きを止めねばならない。

「マリア、次は正面だ!」

「はいっ!」

 マリアの顔には魔法の連続使用による疲労が浮かんでいたが、今は耐えて貰わなきゃならない。

 マリアもわかってくれているのだろう。文句一つ言わずに黙々と俺の指示に従ってくれた。

 さて、こうなると焦るのは敵の方だ。

 土壁の構築で視界を塞ぐ事で逃走の可能性を示唆し、奴に仲間を待つ時間を与えない。

 奴としては俺のこの意図が読めたとしても、俺達を追わねばならない。

 奴は意を決したのか刀を抜き、真っ直ぐこちらに向かっては知り始めた。

「来るぞ・・。」

 キッドがそう呟くと全員に緊張が走る。

 クリスが実力で押していたとは言え、油断は出来ない相手だ。

 次の一戦で勝負が決まる。

 奴は素早く距離を縮めると、マリアの魔法発動前に壁の内側に到達し、そのままクリスを目指して

一際高く跳んだ・・・・。


 次章 前章 戻る