ウェンレーティンの
野望編

第二十九章



『くくくく・・・・。なかなか見事な策だな。』

    !!

 だ・・・誰だ!?

 どこから、そしていつから聞いていた!!

 俺達全員の表情が瞬時に凍った。

 

この俺に・・・・、

 

この俺様に見つからずに潜んでいただと!?

 やがて俺達の前に、木の上から黒装束の男が1人、降り立った。

「実に惜しかったな。今の策ならば間違いなく川を越えられただろう。」

 覆面で隠されている男の口元には、にやりと笑みが浮かべられていた。

 俺はすぐに辺りの気配を探るが、この男以外の敵の気配はない。

 敵はこの男一人だけだ。

 男はちらりと寝ているクリスに目をやった。

「ふふ・・。あのメイドは病気でも拾ったか。あの様子だと()って1週間。

 お前達が命をかけてあのメイドを護衛する意味はもうあるまい。」

「何・・・?」

 キッドは男の言葉を聞き、怒りの表情を浮かべて男を睨みつけた。

「その女の気は既に尽きかけている。医者に診せたところでもう助からん。

 死に逝く者に義理立てて命を捨てることはあるまい。

 おとなしく覇王の槍さえ渡せばお前達の命の保証をしよう。」

 睨みつけられた男はそう言うと左手を広げて前に差し出した。

うるせえよ!!

 だいたいテメエ等の言うことが信用できるか!!」

 キッドは油断無く間合いを取り、ハンドアクスに手をかける。

 同時にマイケルも俺とマリアの前に出てエストックを抜いた。

「ほう。やるつもりなのか。」

 敵は武器を構える俺達を見てにやりと笑みを浮かべる。

「今までうまく逃げてきたからとは言え調子には乗らぬ事だ。

 ニンジャマスターである私を倒せるなどと考えるなよ。」

でええいやかましい!!

 マイケル!!絶対にこの男を逃がすな!!

 マリアとテイファはクリスを頼む!!」

「ええ!わかっています!」

「はっはいぃっ!」

 キッドとマイケルは敵の口上に耳を借さずにそれぞれの得物を構えた。

「ふふ。こちらも時間がないのでな・・手っ取り早く終わらせて貰うぞ。」

 敵はそう呟きながら突進して来る二人に目をやり、ゆっくりと刀を抜く。

「マリア。クリスの所まで下がってヒーリングの用意だ。」

「は・・はいっ!」

 俺が声をかけるとマリアはパタパタとクリスの方へとかけて行く。

「行くぞゴルアァアァアアァァアァ!!」

「はああぁあぁあぁ!!」

 俺が小声で指示を出した直後にキッドとマイケルが2人並んで敵に突進した。

 丁度俺の視界から敵を隠すような形だ。

 だが、キッドとマイケルは敵の前方で左右にスパッと別かれた。

 2人が別れて出来た隙間が俺と敵との間に一直線の射線を結んだ。

 俺はとっさに敵の眼球に狙いを定め、吹き矢を放つ。

 同時にマイケルとキッドが左右両方向から敵に襲いかかった。

 マイケルは敵の左側から脚を突き、キッドは右側から首を狙ってアクスを()ぐ。

 その上正面からは俺が撃った毒矢が迫る。3人同時攻撃だ。

「遅いな・・・。」

 敵がそう呟いた瞬間、キッドとマイケルの視界から奴の姿は消えていた。

 2人の初撃は虚しく空を切る。

 奴は跳躍していた。

 キッドとマイケルの頭上を悠々と越えて。

「んな・・・なんだとぉ!?」

「テイファ!!」

 2人が焦燥の声を上げる。

 そう、奴が刀を振り上げて飛んでくる先には俺が居た。

 敵は相変わらず余裕の笑みを浮かべ、真っ直ぐ俺を狙っていたのだ!!

 助走無しで5メートルは跳ぶこの跳躍力!こいつ、間違いなくAAA(トリプルAクラス)以上だ!

 敵の巨大な殺気がビリビリと俺に伝わってくる。

 俺を見定め空より襲い来る様はまるで獲物に襲いかかる猛禽そのものだ。

 獲物を狩らんと飛び来る奴の血走った目。

 その目から発する殺気に呑み込まれた者は、その場から動くこともできずに斬り伏せられる。

 あの男は『目で殺す』眼力を備えた殺しの達人だ。

 勝負は一瞬だ。

 次の一瞬を制せねば俺はその場で斬り伏せられ、血まみれの骸を晒すことになる。

「へへ・・・。」

 俺は笑みを浮かべて吹き矢をウルバックに突っ込み、天王の剣を抜く。

 奴はありったけの眼力で身構える俺を威圧し、俺の一歩手前に一度降り立った。

 跳躍が届かなかったわけではない。

 上空からの斬撃では狙える範囲が上半身だけに狭まる。

 (ゆえ)に上方にだけ注意を向ければよく、意外と避けやすいのだ。

 奴はそれを嫌い、確実に攻撃を当てるために地上戦を選んだ。

 更には着地という間を一瞬置くことで相手のタイミングを崩す意図もある。

 やれやれ、とことん戦闘慣れしている野郎だ。

 これら一連の動作に”間”はほとんど無い。

 全ての動作が空を飛行する鳥の如く滑らかに繋がり、敵は人間の常識を覆す速度で俺に迫った!!

 奴は着地と同時に刀を逆手に持ち替え、瞬時に下段からの攻撃に切り替えて斬り上げた!!

 マリアが俺の後ろで悲鳴をあげ、マイケルとキッドが慌てて敵を追う姿がちらりと見えた。

 ガキイイィイィィィン!!

 俺は派手な金属音と共に後ろに吹き飛ばされた。

 力無く宙を舞う俺を見て皆が絶句した。

 そして敵は宙に投げ出された俺を追撃せんと慌てて走り出す。

 さすがに歴戦の忍者、反応が早い!だが・・・・

 俺は空中で身をひねり、ベルトに差してあるダガーを1本抜いて敵に投擲(とうてき)する。

「!?」

 これは奴の予想外だったのか敵は驚きの表情を見せた。

 そのまま進行方向とは直角に横っ飛びしてなんとかダガーを避ける。

 俺はそのまま飛ぶに任せ、鮮やかに受け身を取ってそのまま立ち上がった。

「てっ・・テイファさん!!お怪我は・・・。」

「心配ない!無傷だ!!」

 心配して叫ぶマリアに俺は顔を向け、ビッと親指を立てて答えた。

 俺は敵の斬撃を剣で受け止めるとそのまま斬撃の衝撃に乗って後ろに飛び、距離を取ったのだ。

 あの場で踏ん張っていたら今の俺の身体能力では体勢を完全に崩され、次の攻撃には対応できずにその場で斬り伏せられていただろう。

 しかしまだ奴の初撃を(かわ)したに過ぎず、楽観できる状況ではない。

 あの敵は身体能力、技量共に俺達のそれを圧倒的に上回っている。

 目で奴の動きが追えるのも恐らく俺だけ。

 今の俺達では勝つのは難しいだろう。

「さすがだな・・・。ゴンゾーの名は伊達ではないと言うことか。」

 奴は教えもしない俺の姓を呼び、楽しげに笑みを浮かべ、バク転を繰り返し距離を取った。

 こいつら、既に俺達のことはしっかり調べ上げているようだ。

「くそ!なんて早さだ!!」

 俺の元に着いたキッドは俺を庇うように前に立ち、マイケルも後に続いた。

 そう言っている間にも奴は動きを止めない。

 奴は懐から球体の物を取り出し、俺達の足下に投げつけた。

 ボン!!

 小さな爆発音と共に、凄い勢いで煙が立ちこめる。煙玉って奴か!

 俺とキッドはたちまち煙に巻かれ、視界を遮られた。

「ゲホッゲホッ、くっそ、なんだこれは!」

「ゴホッ、煙幕か・・・!」

 俺達が煙に巻かれている間に奴は木の上に飛んだ。

 すぐに強烈な殺気が俺達を睨みつける!

「来るぞ!!」

 俺が叫んだとき、俺達3人に向けてスローイングダガーが放たれていた。

 ザザザ!

 皆煙に包まれる中、俺の声に反応して立っていた地点から飛び退いた。

 ドカカカカ!!

 ダガーは全て狙いを外し、地に突き刺さった。

 煙幕の隙間から地に刺さったダガーをちらりと見えた。

 ふふん、さすがに大した威力だ。

 人間が投げた投擲用(とうてきよう)の小さなダガーが、その刀身の3分の2ほどを固い地面に埋めている。

 こんな物今の体で喰らったら鎧の上からでもダメージを喰うのは必至だ。

「これで3人・・・。後は魔術師の小娘だけか・・・」

 その一言で俺は全身が凍り付くような悪寒に襲われた。

 しまった、まさか奴の狙いは・・・!!

 奴は木から降り立つと俺達の後方に立つマリアの方に向かい、悠々と歩き出した。

「なめんなこらあ!!俺達を無視って・・・あ?おおおおおおお!?」

「馬鹿な!?ぬぐぐぐぐ・・・ぐぅ、こ・・これは・・!?」

 俺達の体は地面に張り付けられたように動かない。や・・やはり奴の狙いは・・

 俺は苦労して視線を足下に向けた。

 俺の影、両脚の部分に1本ずつダガーが刺さっている。

    影縫い。

 上級忍者達が使う奇抜な術の一つで、敵の影にダガーや楔、釘といった物を突き立て、その場に縫いつけて動きを封じるものだ。

 この程度の影縫い、男だった頃の俺なら気合ではじき飛ばせていたはずだが今は全くびくともしない!

 奴の狙いは俺達でなく、俺達の影だったのだ!

 くっそ!!こんな手に引っかかるとは!!!

 奴は途中に立っている俺達の間を悠々と通り抜け、マリアと対峙する。

「え・・?ほぇ?」

 全く状況を理解できず、おろおろ狼狽(うろた)えるだけのマリア。

 俺達はかろうじて視線を向けることは出来たがそこまでだった。

「か・・・体が動かねえぇえ!!」

「マリア!!早くそこから逃げて下さい!!早く!!」

 マリアでは逃げ切ることは出来まい。

 あの忍者とマリアが1対1で相対した場合、マリアが生き残れる可能性は限りなく0に近い。

 そしてマリアが病に倒れたクリスを置いて逃げるような娘ではない事が、更にその可能性を狭めていた。

 マリアは気丈にも寝ているクリスを庇うように腰のダガーを抜き、精一杯の怖い顔を作って敵を睨み威嚇する。

 ・・・と言っても縮こまって小刻みに震える体、そしてうるうると潤んだ瞳。怖いどころか、かえってかわいいだけだった。

 普通の男ならば傷つけるのをためらってしまうような弱者オーラ全開のマリアだが、今回は相手が悪すぎる。

 奴なら何のためらいもなくマリアを斬り伏すだろう。

 くそ・・・!俺達はただ見ているだけしかできないのか!!

 キッドもマイケルも懸命に影縫いから抜けようと踏ん張るが、踏ん張って抜けられるような術ではない。

「心配はいらん。すぐにお前の仲間達も送ってやる。」

 奴はそう言うとマリアにその兇刃を振り下ろした・・・。


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