ウェンレーティンの
野望編

第三十四章
師からの手紙


 ニンジャマスターキラールは覇王の槍を携え、他の団員よりも一足早くベルドリューバ王宮へと帰還を果たした。

 実は黒の団には忍者だけではなく、腕のいい導師達が少数ながら在籍している。

 彼等の使命は黒の団の後方支援及び壮大なテレポートネットワークによる機動力の確保だ。

 黒の団は忍者軍団という性格上、極めて広い範囲での活躍が求められる。

 その為目的地迄の行程は極めて長くなることが多く、徒歩による移動では到底間に合わない場合が多い。

 それを解消するために編成されたのが彼等というわけである。

 彼等は全てがゲート・ポータルを開くことの出来る上級導師達であり、黒の団を神出鬼没と成しているのは彼等の活躍のためだ。

 キラールは自陣へ退いた後、毒の治療を彼等にさせて一足先にゲート・ポータルをくぐり、アルバート卿の部屋へ報告に向かった。

 時刻は夜中であったが黒の団の団長である彼は当主の部屋へ忍び込むことが許されている。

 そう。自陣営の当主の部屋に入るのにも忍び込まなければならない。

 見張りの兵士に姿を見せてはいけないのだ。

 彼等黒の団はそれほどの機密の中に存在している。

 キラールは天井裏に設けられた彼等専用の通路を足音を忍ばせて走った。

 そして当主の部屋へ音もなく降り立つ。

「キラールか。」

 眠っていたはずのアルバート卿は気配を断って忍び込んできたこの男の気配を瞬時に悟った。

「たいへん長らくお待たせいたしました。覇王の槍を手に入れて参りました。」

 それもいつものことなのだろうか。

 キラールは大して驚きもせずに淡々と報告を行う。

「今回、お前にしては手間が掛かったな。報告を聞かせて貰おうか。」

 アルバート卿はベッドの上で身を起こした。

 その傍らには裸体の少女がぐったりと眠っている。

 よほどよく眠っているのか少女は全く目を醒ます気配がない。

 キラールは少女には目もくれずに報告を始めた。

「まずは被害報告を。」

 それを聞き、アルバート卿の眉がぴくりと動く。

「この度下忍20名、中忍8名、上忍3名、計31人の死亡が確認されています。

 その他にも行方不明者が12名。これも絶望的かと思われます。」

「馬鹿な。信じられん・・・・。」

 有り得るはずのない被害だった。

 何故たった4人の冒険者とメイドの少女1人に黒の団の忍者軍団がこれ程やられていったのか。

 警備の厳重な敵勢貴族の邸宅へ暗殺に行かせても、これ程の被害は受けたことがない。

 これは黒の団発足以来最悪の被害数だ。

「敵と交戦し、生き残っているのは私だけです。

 他の者がどのような経緯で殺られたのかははっきりしませんが、恐らくはこの槍に倒されたものだと推測されます。」

 そう言ってキラールは腰のポーチ型ウルバックから奪い取ってきた覇王の槍を取りだした。

「おお。それが覇王の槍か。」

「は・・。恐ろしい槍です。」キラールはここまで言って一呼吸を置いた。

「実際にこの槍を手にしたメイドの娘と一戦交えましたが、終始押されていたのは私の方でした。」

「なに・・!?」

 アルバート卿は俄に信じられなかった。

 黒の団の中でも群を抜く能力者のキラールが終始押されていたというのだ。

「この槍は使い手をどのような攻撃からも護り抜く力場を発し、私の攻撃もその全てが力場に阻まれました。

 その上一介のメイドに私を凌ぐほどの身体能力を付与し、メイドの戦闘力が爆発的に跳ねあげたのです。

 ・・もしあのメイドが病を患っていなければ危ういところでした・・・。」

「一介のメイドがお前ほどの男を打ち破れるほどにだと!?それは(まこと)か!」

「はは。(まこと)恐ろしき魔槍でございます。」

「それほどの槍か!そうかそうか・・・。」

 アルバート卿は納得して頷いた。

 それほどの槍なのならば確かに損害が出るのも頷ける話なのかも知れない。

 黒の団は大幅に戦力ダウンしてしまったが、一介のメイドが持ってそれだけの力を発揮する槍だ。

 アルバート卿自らが使えばもう怖い物などあるまい。

「キラール。これをアストナージに渡し、秘めたる力を鑑定させよ。」

「はは。直ちに。」

 アルバート卿は上機嫌でキラールに命じると、キラールは来たときと同じく静かに姿を消した。

「くっくっくっく・・・。どうやら天はこの私を真の覇王と認めたようだな。」

 部屋にアルバート卿の忍び笑う声が静かに響く。

 彼はこの先に起こすであろう本国との大戦に思いを馳せていた。




 マリアがクリスの服を脱がすのに悪戦苦闘する中、俺は手紙の解読に取りかかることにした。

 本一冊の容量があるのはマイク以外の者に読むことが出来ないようにするための仕掛けのためだろう。

 俺は敢えてこの手がかりをクリスの人形と共に残していこうと考えていた。

 俺達がクリスの正体を掴めずに立ち去ったことを装うため、

奴らに解読出来そうに無い物だったら内容を記憶し、ここに置いていこうと思ってのことだ。

 そこそこ分厚い錠付きの本につけられた鍵にはマジックロックが施されている。

 術者の魔力を上回る魔力で無理矢理こじ開けるか、術者が設定したキーを使わない限りこの錠が開くことはない。

 俺はクリスが眠りに入る間際に言い残したキールーンを唱える。

「アルバート卿ウェンレーティンのうんこ野郎。」

 カチャリと音を立てて小さな錠前が外れる。

 下品ながらもウェンレーティン家に於いては絶対に口にされないであろう効果的なキールーンだ。

 例えキールーンが敵方にばれたとしてもそうそう口に出来る単語ではない。

 さて・・・。

 本を開くとそこには魔術言語で文がしたためられていた。

 時折魔術言語は魔術師同士の暗号文にも流用されることがある。

 もっともそれが出来るのは魔術術式を完全に理解した高レベルの魔術師同士でないと出来ないことなのだが。

 しかし逆に言えば導師クラスの者ならば記すことは出来なくても解読は出来る。

 ウェンレーティン家にも魔道師クラスの魔術師が居ることはあの爺さんも知っていたはずだ。

 それを知っていた上で()えて魔術術式を使っている。

 さて、解読に掛かろう。


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1.


 久しぶりだな。親愛なる弟子マイク・アンダーソンよ。

 と、言いたいところだが今この本を読んでいる貴様が我が不肖の弟子、マイク・アンダーソンである保証はない。

 まぁ儂が色々と趣向を凝らしたマジックロックを、簡単に解錠出来る魔道師もそうはおらんだろうがな。

 しかしいかに鍵が強力であっても本体は本だ。

 無理矢理力技で中身だけ取り去られればもはやそれまで。

 さすがにどうしようもない。

 これは極めて重要な資料が記載された私がこの世に遺す遺言書だ。

 すなわちマイク・アンダーソン以外の人間に読まれることは非常に望ましくない。

 であるからしてまずは読み手が我が不肖の弟子、マイク・アンダーソン本人であるかどうかを確認せねばならん。

 これより多岐に渡り、読者である貴様に質問を投げかける。

 貴様が我が不肖の弟子ならば容易く我が遺言まで辿り着くことが出来よう。

 心して掛かるが良い。

     では始めよう。

 

 質問一、

 次の内、私の好みの物はいずれか?

 1.イチゴパンツ        252へ

 2.ハートパンツ        132へ

 3.彪 柄パンツ        312へ

 4.やはり純白!        282へ


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 俺は息を飲んだ。

 ・・・・目を疑うような馬鹿げた内容。

 見た目はとんでもなく馬鹿げているが。

 しかしここまで警戒に警戒を重ねていれば一流だ。

 本文を短く切って、それぞれに項目番号を設定し、指定された番号の一文を追うことで本文を読み進めることが出来る。

 この方式だと本の何処に核心が書かれているかがわかり辛くなり、解読者は全ての文を追わなければならない。

 しかも全文に渡って魔術術式を解読しながら、だ。

 しかし本自体には何ら魔力は込められてはおらず、その気になれば何度でもやり直しは効くし、困難ではあるが途中から読み進めて核心部分だけを検索することも出来る。

 だが爺さんは、その弱点を知っていてわざと放置してある。

 解読者に文章の核心部分を何度も何度も検索させて時間を稼ぐ意図がそこにはある。

 そう。

 こんな文章などはただの時間稼ぎだ。

 この手紙の核心となる遺言は本文をいくら読んだ所で絶対に辿り着けない。

 恐らくこの本文に書かれていることは全てがただの戯れ言。すなわちこのややこしい暗号文自体がダミーなのだ。

 ではこの遺言状とは別に本物の遺言状があるのか?

 答えはNoだ。

 爺さんの遺言は全く隠されることなく、実に堂々と紙面に書かれていた。

 そこに小細工は一切無い。

 それは普通に見るだけで誰にでも目にすることが出来る

 しかしそれを文字と認識できる者など、魔道士クラスの魔術師にもそうは居まい。

 これを文字だと認識できた魔道士がいたとしても、それを解読できる者はその中に幾人いようか。

 本文の項目と項目の間を仕切るように入っている幾何学模様の罫線。

 これこそが古代高速言語でマイクに宛てた真の遺言状だ。


 俺はそれを見て身震いしていた。

 古代高速言語を駆使して魔術を行使できる魔道士は少なからず存在する。

 しかしそれも『定められた術式の丸暗記』による術式行使の場合がほとんどだ。

 古代高速言語を暗号代わりに自在に用いる事。

 そしてその解読は魔術知識においてSクラスに到達した者以外にはまず不可能だ。

「やれやれ、あまり派手な噂は聞かないからAAA止まりだと思っていたが・・。」

 俺は溜め息を吐きながら呟いた。

 魔道士ヴァーン・ハールは80を越える老齢でこれだけの物を綴り上げたのだ。

 本文ではメイド服と純白パンツの魅力を熱く語る色ボケ老魔道士はその実、世界レベルの魔道士であることは間違いなかった。

 ウェンレーティン家お抱えの魔道士にこれ程難解な古代高速言語を解読できる奴など居るはずもないだろう。

 さて。そうなるとここからが大変だな。

 これを全て記憶する。

 この俺様の頭脳を持ってしても難解な作業だ。

 俺は所々メモに取りながら全てを記憶していく。

 解読の必要はない。

 この俺様なら出来ないこともないだろうがそんなところに無駄に割く時間はない。

 ウェンレーティンの奴らもあの槍が囮であったことなど容易く見抜くだろう。

 それまでに可能な限り距離を広げておかないとならない。

 これだけハイレベルな術式を記憶するのも久しぶりだ。

 多少の苦戦は覚悟するべきだろう。

 ・・・と思っていたのだが、思いの外スイスイと脳に定着していった。

 あ・・そうか。

 俺は今、人生中もっとも輝ける年代に若返っていたんだっけ。


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