「どう言うことだ!アストナージ!!」
ベルドリューバ宮殿アルバート卿執務室。
目がくらむほどの豪奢な彫刻が、部屋の随所に施されている巨大な芸術空間にアルバート卿の声が響いた。
アルバート卿は細かい彫刻の施された大理石の机に手をつき、声を荒げていた。
机を挟んで向かい側には、ウェンレーティン家の参謀を務め、最高魔道士でもあるアストナージが恭しく頭を垂れている。
机の上には神々しいまでに蒼い1本の槍が置かれているのだが、アルバート卿はアストナージの報告を聞くなり、この槍を睨みつけた。
槍の柄の部分にまでふんだんにミスリル鋼が使われているこの槍の美しさは、アルバート卿の所有するマジックアイテムの中でも群を抜く美しさだ。
ミスリル特有の蒼い柄は、まるで鏡のように一点の曇りもなく磨き上げられており、光を当てると神々しく輝く。
だがそんな魔槍を鑑定した結果が、到底彼の納得のいくものではなかったのだ。
「ご説明申し上げます閣下。この槍に付与されている魔術はフォースフィールドを展開する物に限られております。
所有者を覇王道へ導く力も所有者の身体能力を強化する術式も組み込まれていませんでした。」
アルバート卿はギリッと歯噛みした。
表情は明らかに怒りに燃え、顔も見ぬ逃亡者に新たな殺意を向けていた。
「ヴァーン・ハールがあれだけ頑なに守り、やっと自白させた逸品だぞ!これは到底偽物にはみえん!」
声を荒げる主君を前にアストナージは全く動じない。
彼は淡々と報告を続けた。
「閣下のご高察通り、ヴァーン・ハールの言にも嘘はありますまい。
確かにこれは本物の覇王の槍でございます。かの者が生涯最後に遺す為に用意した媒体でありましょう。」
アストナージはここで一旦コホンと咳払いをして少し間をおいて続ける。
「この槍にはSクラスにも匹敵する恐るべき魔力許容量がございます。
しかしながらこの槍に封じられた魔術はその許容量の1割に満たず、未完成のまま持ち出したものであると推測されます。」
「つまりはこうか。」
アルバート卿は参謀の冷静な説明を聞いてクールダウンしたのか、剥き出しだった殺気は収まっていた。
「その槍はヴァーン・ハールが発見したという噂のSクラスマジックアイテムではなく、奴が生涯最後に遺そうとした奴の自作のただの屑ということか。」
多少の落ち着きはあったが怒りが鎮まるわけではない。
これを手に入れるために払った損害を考えてみればどう考えてみても割に合う物ではない。
再びアルバート卿は烈火の如く怒りがわき上がってくる。
「恐れながら閣下。この槍を屑と決めつけるのは早計かと思われます。」
まるで主君の怒りが爆発するのを見計らったように、アストナージは落ち着いた口調で主君に進言した。
アストナージは怒りを露わにした主君を前に、一時しのぎの保身のために嘘を言う男ではない。
この槍に何かしらの使い道を思いついたというのならば、それは興味深いことだ。
「ほう。お前はこの槍をどう使うというのだ?」
そう訊かれてアストナージは顔を上げた。
まだ30台半ばであろうか、魔道士としては若すぎる金髪の男は口元に笑みを浮かべて、
「ヴァーン・ハールの目的はこの槍の完成にあるのでしょう。
例のメイドにこの槍を完成させるための術式を収めた魔道書を持たせ、マイク・アンダーソンに託すつもりだと考えられます。
ならばその書をアンダーソンよりも先に手に入れ、この私がうまく完成させれば強力なマジックスピアに生まれ変わりましょう。」
「出来るのか?アストナージ。」
「Sクラスまで上げるのは難しいと思われますが、最低AAクラスには持って行って見せます。」
それを聞いた途端にアルバート卿の顔があからさまに落胆した。
彼が求めているのはSクラス超級のマジックアイテムであり、それ以外のものは屑でしかないのだ。
「・・・それと閣下。」
しかしアストナージの話はまだ続いていた。
アルバート卿も反射的に耳を傾ける。
「閣下がお求めになられている噂のSクラス超級のマジックアイテムも槍とは別に存在するはずです。
覇王の槍は本命を隠すための囮であることは明か。
聞けば敵の中には勇者、ゴンザレス・ゴンゾーの娘が居たとか。
ゴンゾーの知識を受け継いでいるのならば、ヴァーンの意図を先読みしてキラールを策にはめ、いまだ本命の魔道具を隠し持っている可能性は極めて大きいかと思われます。
逃げた冒険者を捕らえましょう。」
「キラール!」
アルバート卿が声を上げると黒の団団長、キラールが音もなく天井から降り立った。
そのまま無音でアルバート卿の前に跪く。
「話は聞いたな?全軍でゴンゾーの娘とやらを生け捕りにしろ。喋れる状態ならば腕や足の1本くらい切り落としてもかまわん。」
「・・・御意。」
キラールはそう答えると助走も無しに天井の上へ跳び上がった。
「キラール。」
不意に呼び止められ、キラールは天井裏で停止した。
「次は抜かるなよ。」
「お任せ下さい閣下。」
互いに視線も向けることもないやりとり。
音もなく天井に開かれた出口が閉じられ、キラールは完全にその気配を断った。
それを満足げな顔で見送るアルバート卿。あとは寝て待てだ。
「それと閣下。先日黒の団が入手した『青の鎧』ですが、こちらも鑑定が完了いたしました。」
「ほほう。」
「お喜び下さい。こちらは紛れもなく本物です。」
アストナージは最後にとっておきの朗報を用意していた。
「でかした!よくやってくれた!!」
アルバート卿は先程までの怒りも忘れ、狂喜した。
異界から襲来した魔族を討ち滅ぼしたと言われる伝説の三勇者。
その中の一人、青の勇者が身に纏っていたというスーツ・アーマー。
これが伝説通りの代物ならば、目の上のたんこぶであった金色(の勇者マイク・アンダーソンをも打ち破ることももはや夢ではない。
機は熟してきた。
キラールの帰還を待ち、すぐにも本国へ攻め入る準備を整えねば。
執務室にアルバート卿の笑い声が響いた。
「こりゃまた重心が結構きついなぁ。」
キッドはそう言いつつ愛用のスケールメイルを装着に掛かっていた。
「テイファ、マリア、済みませんが前後から押さえていただけませんか?さすがにきついようです。」
「ああ、わかった。マリア、しっかり押さえろよ?」
「はい!がんばります!」
マイケルもキッドと同様に愛用のブレストプレートの装着に掛かっていた。
俺とマリアが前後から鎧を押さえつけて、マイケルがその間に留め具を一つ一つ固定していく。
「さすがに背負い袋タイプを中に収めるのはきついか。悪いなマイケル。」
そう。
実はキッドにはポーチ型ウルバックを、そしてマイケルには背負い袋型ウルバックを背負わせ、その上から鎧を装着させているのだ。
キッドのポーチにはマイケルの荷物が、そしてマイケルの背負い袋には眠りについたクリスが入っている。
「ちょっときついと思うが出来るだけ自然に装ってくれ。まずはキッドからな。」
「任せろ。んじゃ、お先な。」
キッドは自分の荷物も担ぎ上げると街道の方へと足を向け、森の木々の中に姿を消した。
目的地はストール川に設けられた関所だ。
昨日の今日であそこの厳戒態勢が解かれるとは考えられない。
だから俺達は荷物検査対策のために小細工を弄して橋を渡ることにした。
キッドが一人でまず橋を渡り、続いて残った三人組が橋を渡る。
先を急ぐ旅だが念には念を入れて十分な間を取ってから出ないと。
俺達は森に潜み、橋の様子をじっと窺っていた。
やがて遠くに見える橋にキッドと思われる男が姿を現した。
キッドの姿は橋に着くとすぐに衛兵達に囲まれて見えなくなる。
その様子を心配そうにマリアがじっと見つめる。
「大丈夫。心配はいりませんよ。」
そんなマリアの肩にポンと手を置いてマイケルは微笑んだ。
「ほら。」
マイケルが視線を橋の方に戻してそう言うと、衛兵の囲みが解かれてキッドの姿が再び視界に入った。
奴は重々しくスキップを踏みながら橋を渡って行く。俺達に無事をアピールしているつもりなのだろう。
「・・・馬鹿か?あいつは・・。」
「うーん、それについては私からは何ともコメントできませんね。」
そんな奴を見てマイケルは苦笑する。
さて次は俺達の番だ。
しかしここで少し困った事態になっていた。
マリアが緊張でカチコチになってしまっているのだ。
「マリア、ここは自然を装わないと非常にまずいんだ。だから緊張を表に出すな。」
「あ・・は・・はいっ!」
ピシッと固まって元気良く返事するマリア。こりゃダメだ・・・。
「いえ、テイファ。マリアにはこのままで行っていただきましょう。」
マイケルはそう言って、何処からか取りだした櫛で丁寧に髪をとかし始める。
「私は貴族を装い、マリアには緊張してついてくる従者に扮していただきます。
こうすれば私が荷物を持たないのも、より自然に見えてくると思いますよ。」
なるほど、そりゃ良い案だ。
元々貴族のボンボン(だと思われる)こいつならば自然にその訳もこなしてみせるだろう。
「で、俺は何の役なんだ?」
俺は猛烈に嫌な予感を憶えつつ訊いてみた。
「そうですね・・・。さしずめテイファは私の恋人と言ったところが自然で・・・」
マイケルは俺から発せられる猛烈な殺気に気付いて止まった。
加えて俺はとびきりの笑顔を向けていたのだが、今の奴に俺の顔に振り向く余裕はない。
「・・・いや、ここは私の護衛の剣士といった役の方が自然です。そうしましょう。これに決まりです。」
よしよし。それでいい。
俺が殺気を引っ込めるとマイケルはほっと溜め息をついて苦笑した。
その後マリアには言葉を発しないように指示を出し、軽く身なりを整える。
身に纏っていた衣服はカストリーバを出て以来洗濯もできなかったのだが、この時のために取り置きしておいた綺麗なものに着替えてある。
その上マイケルは何処に隠していたのか、香水の瓶を取りだした。
マイケルは取りだした香水を数滴手に垂らし、自らの顔を平手で叩くようにつけた。
顔の他にも耳の後ろやうなじ、手首や足首、髪の先っちょ等、いろんな箇所に香水を使用する。
ふわっと辺りに香水の香りが広がった。
香水は貴族に多く常用されるものだが、特に旅に出る貴族にとっては必須アイテムだ。
なにしろ旅の途中、高貴な貴族と言えども何度も野宿することになる。
その間当然風呂なんてものに入れるわけはなく、数日もすれば貴族の気品を脆くも崩し去る体臭に包まれてしまうのだ!
貴族としての気品を保つためには、芳(しい香りを放つ香水が必要なのだ。
マイケルが香水を使うのは初めて見るが、瓶の中身は幾分減っていた。
冒険者としての生活に慣れない内には多用したんだろうな。
奴の手慣れた動作を見れば以前は日常的に用いていたのだろうと予測が付く。
「テイファとマリアにはこれを・・・。」
一通りつけ終わるとマイケルは俺に今使っていたものとは別の香水の瓶を差し出した。
え・・・俺もつけるの?
俺は気は進まなかったが今の状況下ではやむを得まい。素直に奴に従うことにした。
しかしさすがの俺様でも香水の付け方の作法なんてものまでは知識にない。
「おいマイケル。つけるのは仕方ないけどさ・・。」と訊こうとしたとき、
「わぁ。なんですかこれ?凄くいい匂いしますよ〜。」とマリア。
香水という代物自体を知らない農村出の田舎娘ここにあり。
マイケルはそんな素人丸出しの俺達を見て苦笑し、「では時間もありませんし今回は私がつけさせて頂きます。」と言って俺に差し出していた瓶の蓋を開け、自分にしていたのと同じように数滴手に垂らした。
「では失礼しますね。」
マイケルは興味深そうに目を輝かせているマリアから先に、香水をつけ始めた。
俺達は出発したのはそれから7組のパーティが関所を渡ってからだった。
森をかき分けて街道の方に向かい、街道に人影がないのを確認してから街道に降り立った。
それから即座に体にまとわりついてきた葉や蔦などを取り払う。
「さて・・・参りましょうか。」
準備が整うとマイケルは颯爽とマントを翻し、優雅に歩き始めた。
俺はマイケルの少し斜め後ろに付き、後ろからバタバタとマリアが付いてくる。
さて。いよいよ作戦開始だ!
先頭に立って歩くマイケルの姿は実に堂々たるものだった。
疲れを感じさせない整った歩調、そしてまっすぐに伸びた背筋、奴自身の端正なマスクは勿論のこと、微風になびく長い金髪も気品に満ちあふれていた。
またマントの下に覗くブレストプレートの重量感、そして腰に下げている細身のエストックが奴の気品に強さを加える。
マイケルの鎧もエストックもマジックアイテムではないが、名のある名工の作なのだろう。
派手な装飾は施されていないシンプルなデザインだが、マイケルの気品を静かに引き立てる何かがあった。
そして空を漂う香水の香り。
これがこの男の本来の姿だったのだろう。
森の中を通る街道を進むと程なく森を抜けた。
その先には広い草原地帯が広がり、街道から少し距離を置いた地点で駐留軍のキャンプが張り巡らされている。
そして俺達が進む街道の先に、問題の橋が見えていた。
橋の前に立つ衛兵は俺達の姿を確認すると、立てかけてあった槍を手にとって道を塞いだ。
「止まられい!」
この検問隊の長と思われる衛兵が右手を前に広げて俺達を制止した。
とっさに俺はマイケルを庇うように前に歩み出る。いつでも剣を抜ける体勢でだ。
マイケルは即座に「待ちなさい」と俺の肩に手を置いて制止し、
「何事です?この警備体制は。」と落ち着いた口調で衛兵に訊いた。
「ははっ!」衛兵達はマイケルを見て姿勢を正し、敬礼をする。
「突然のご無礼、誠に申し訳ありません。この検問は領内に潜むある重要犯罪人を捕らえるため、ウェンレーティン閣下の命により行われております。失礼ながらお荷物の検査をさせていただきたい。」
「無礼な!衛兵風情が我等を疑っていると言うのか!?」
そう食ってかかったのは俺だ。
俺が言ったことが気に障ったのだろう。衛兵達の表情が僅かに歪む。
「やめなさい。無礼なのはあなたですよ。」そこで即座にマイケルがフォローを入れた。
マイケルはやんわり諭すような口調で俺を押しとどめ、衛兵達に向き直ると「私の護衛の者が失礼をいたしました。」と謝罪した。
マイケルの謝罪に対して衛兵達は敬礼で応えた。
「ウェンレーティン閣下の命ならば我々は喜んでご協力いたしましょう。荷物ならば従者の者に持たせてあります。どうぞご覧下さい。」
そう言いながらもマイケルはマリアの方に視線を送らず、俺の方に何か言いたげな視線を向けた。
俺は瞬時にその意を読みとり、命令口調でマリアに前に出るよう指示をした。
マイケルは一見爽やかな貴族成年を演じつつも、下賤な従者には直接声をかけないと言う貴族特有の癖の演技もちゃんとこなしていた。
貴族の全ての者がそうではないが、下賤の者と直接話をする行為に嫌悪感を感じる貴族は多い。
「は・・はいっ!」
マリアはガチガチに緊張したままだった。
衛兵の前に歩み出ると重そうにウルバックを衛兵に手渡し、同時に俺も別の衛兵に荷物を手渡した。
「それでは失礼します!」
荷物を受け取った衛兵はマリアにではなく、俺とマイケルだけに一礼をして検査台の方へ向かっていった。
奴らは俺達の荷物を広げることもせず、ただウルバックを開けて中身を覗くだけ。
奴らが探している物は槍だ。
槍のような物が入っていなければその時点でシロと判断する。
もう何日にも渡ってこの単調な作業を続けているのだろうし、自然とチェックも甘くなるってもんだ。
程なくして。
「異常ありません。ご協力ありがとうございました!」
あっさりとチェックは終わり、荷物が返された。
「ご苦労様です。それでは失礼しますよ。」
マイケルはにこやかな笑みを浮かべると先頭に立って橋を渡り始めた。
俺やマリアも後に続く。
馬車も通れる大きな石橋の先は本国直轄領だ。
こうして俺達は実にあっさりとウェンレーティン領を抜け出すことに成功した。
それからという物、何の障害もなく数日が過ぎた。
俺達は最短ルートの街道を順調に進んで来た。
黒の団の連中も一度ベルドリューバに報告に戻るのならばもう追いつけまい。
途中で偽物だと気付いたとしても双方の距離に数日の差が開いているのは確実だ。
しかし俺達は念を押して途中の街に立ち寄ることはせず、ひたすら一直線にマイクの家を目指した。
敵を振り切り、後もう少しでこの逃避行も終わりを告げる。
その安堵感のためだろうか?
今まで溜まっていた疲れが一気に皆を襲っていた。
満足に水も飲めず、食事も、そしてろくに眠ることさえ出来なかった黒の団からの逃避行。
それをくぐり抜け当面の脅威から解放された今、体が休息を強く求めているのだ。
荷物は肩に食い込み、足は鉛のように重い。
冒険者としての経験の浅いマリアは橋を渡ってからと言うもの、緊張の糸が切れてかなりぐったりとしていた。
マイケルも重い鎧を着けた上にクリス一人分の体重を背負っていては、他人を気遣う余裕も無いようだ。
キッドは自分の荷物とマイケルの荷物、その上今はマリアの荷物も背負い、更にマリアの肩を支えて歩いている。
このパーティでは一番体力のある男だが、これだけの負担を一身に受けてはさすがにきついだろう。
俺はというとやはり重い足を引きずるように歩いていた。
皆だんだんとペースが落ちていき、数日経つ頃には休み休み進まねば進めない状態になった。
時々すれ違う人達が訝しげに俺達を見て行くが、そんなものに構っている余裕はなかった。
誰もが一言も発さずにただ目的地へ歩を進めるだけ。
しかしそんな陰鬱な雰囲気もに吹っ飛ぶ時が来た。
「見えました。トリスタンです!」
先頭を歩いていたマイケルが丘の上に登り切ったところで声を上げた。
俺達も続いて登り切ると、城塞都市トリスタンの姿が丘の下に広がっていた。
王都トリスタン。
俺達が身を置くトリスタン王国の王都であり、王国中最大の都市でもある。
大規模な港湾施設を整えた城塞都市であり、王都の中央にある宮殿に至るまでに3つの城壁と3つの堀を備える難攻不落の要塞でもある。
その大都市へ至る街道の途中に、マイクの家に至る分かれ道がある。
「もうちょっとだ!一気に行ってしまおう!」
トリスタンを見て少し元気がみなぎってきたのだろう。
陰鬱に沈んでいた皆の顔が少し明るくなった。
勢いづいた俺達は一気にペースを上げて分かれ道に入り、マイクの野郎が勝手に押っ立てたという案内板を辿って遂に海に出た。
俺達が通ってきた道は海に掛かる小さな橋に続き、その先にはマイクの所有する小島が浮かんでいた。
「ついた。あれが奴の島だ。」
俺が島を指して言うとキッドの歓声が上がった。あの島に逃げ込めたらもう安全だ。
「ふぅ・・。一時はどうなるかと思いましたけど何とか辿り着けましたね・・。」
「よし!早いところクリスを見て貰おう!」
おお!っと皆で声を上げて俺達は橋を渡った。
無敵の冒険者マイクの家
AM9:00〜PM5:00迄営業
定休日 日・祝
ただいまマイクは不在
その看板を見たとき、今さっき燃え上がった気力が一気に鎮火してしまうような気分を味わった。
奴もちょくちょく外に遊びに出る冒険者だから不在なのが珍しいわけではないのだが・・。
やれやれ。奴が出ていると言うことは1日や2日で戻ることはあるまい。
看板の上にちんまりと設置されている小さいポストに手紙でも残してトリスタンへ戻っておくか・・・。
そう思った矢先のことだった。
俺達が今渡ってきた橋の上に同じ様な黒いローブに身を包んだ男が3人現れた。
その中の一人がおもむろに術式詠唱を始める。
この場にいる全員がその行為が何のために行われようとしているのかを察するのに数秒の時間を要した。
「や・・・やべ。」俺は数秒かけて奴等が一体何者であるかをやっと理解し、戦慄した!
「奥だ!今すぐ荷物も捨てて奥の小屋の方へ向かうぞ!!」
まだるっこしい説明をしている暇はない。俺は簡潔にそう叫ぶのがやっとだった。
今から奴の詠唱を止めるのは不可能だ。
やけにスローに感じる時間の中、やっと現状を把握したキッドがウルバックを下ろし、まだ事態を理解できていないマリアを抱きかかえた。
マイケルはクリスの入っているウルバックを背負ったまま駆け出す。
俺も荷物から飛び道具だけを抜き取って捨て、矢を一射しながら後に続く。しかし俺が放った矢は男達が張っていたシールドに阻まれて落ちた。
ちっ・・・、全く準備の良いことだ!
そして男の術式が完成すると、そこには青白く発光する人間よりも一回り大きい異空を結ぶゲートが出現した。
そのゲートから一人、二人、いや、十人二十人ではきかない、大勢の忍者達が次々と島に降り立つ。
「く・・・黒の団・・。」マイケルが絶句した。
これは完全な誤算だ!まさか先回りされていたとは思わなかった!
俺達が必死に奥へ退いていく中、既に百人くらいの規模に膨れ上がった忍者軍団の中から一人の忍者が前に出た。
以前俺達とやり合ったニンジャマスターだ。
奴らは俺達を一瞥すると、右手を前にかざして言った。
「 かかれ。」
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