ウェンレーティンの
野望編

第三十七章
サラマンダー


 サラマンダーは2人に何かを告げると前に迫ってきている忍者軍団へ突進した。

 忍者達が蜘蛛の子を散らしたように散開する中、サラマンダーはファイア・ボールを連発する。

 爆発が起きる度に幾人の忍者達が吹き飛ばされ、焼き尽くされていく。

 圧倒的な魔力を振るうサラマンダーの活躍を前に、キッドとマイケルは今のところ全く出番がない。

 流石に中級精霊の魔力は半端ではない。

 魔力に耐性のない者ではまず相手にならないだろう。

 このままサラマンダー1体だけで全滅させられそうな勢いだが、俺はこの状況を楽観視はしていなかった。

 後方では既に多くのスケルトンが斬り倒され、ストーンゴーレム達も僅かな人数で構成された囮役と対峙して完全に引きつけられ、残った忍者達が前進してくる。

 更にその後方では導師達が3人の忍者達に魔術をかけまくっている姿があった。

 恐らくあいつらはこの忍者軍団の中でもトップ3の実力者。

 3人掛かりでサラマンダーに勝負を挑むつもりなのだろう。

 俺が勝てる確率を半々と目算したのはこいつ等が居るためだった。

 3人のマスターニンジャと後方の導師達が同時に掛かれば、あのサラマンダーを引きつけることは十分に可能だ。

 そうなれば残った忍者達が全こちらに殺到してくる!

 やがて俺の目算通り、進みあぐねる忍者達を割るように3人の忍者達が前に飛び出した。

 そして怯むことなく目の前のサラマンダーにスローイングダガーを投げつけながらスパッと綺麗に別れ、サラマンダーの3方を一瞬で囲む。

 驚くべきは奴等の投げたスローイングダガーがサラマンダーの炎の鎧を易々と突き破り、サラマンダー本体に突き刺さった事だろう。

 そう。他の忍者達が使っているものと変わりのない鉄製のダガーが、焼き落とされることなく精霊の体に突き刺さったのだ!

 くそっ!奴等3人とも東方魔術の達人か!!

 実体化しているとは言えサラマンダーは炎の精霊。魔力の込められていない武器で傷つけることはほぼ不可能。

 しかし奴等の秘術は何ら魔力の込められていない無骨な鉄の武器を、瞬時にマジック・ウェポンのように強化する事が出来る。

 東方魔術は俺の専門外なので詳しくはないが、強化する対象は武器に限らずあらゆるものに様々な力を付与することが出来るらしい。

 しかもたちの悪いことに奴等3人はレジスト・ファイアの魔術でサラマンダーの炎から保護されているようだった。

 今の奴等にはサラマンダーの火の粉は届かず、爆炎を上げてもその火力の大部分が殺されてしまう。

 3人の内1人は先日俺達と戦ったAAAのマスターニンジャ。後の二人もAA以上のマスターニンジャだろう。

 ヘイストで速度が強化された忍者達は驚異的なスピードでサラマンダーの周りを等間隔で回り始め、サラマンダーを撹乱し始めた。

 炎の鎧を易々と突き破る力を持つ3人の猛攻を前に、さしものサラマンダーもこの相手に集中せざるを得なくなる。

 そして生き残った忍者達がその脇をすり抜け、一斉にこちらへ進み始めた。

 その数ざっと50は居るだろうか。

 今回の奴等の任務は恐らく俺の生け捕り。

 覇王の槍が囮だと知られたであろう今、真の魔道具の秘密を知っているのは俺だと思われているはずだ。

 サラマンダーが抑えられた今、もはや俺を捕らえるまでの障害は格下の戦士が2人だけ。

 奴等にしてみればもはや障害は無いに等しいだろう。

「キッド!マイケル!来るぞ!!テメーら、しっかりカッコつけろよぉ?」

 二人はちらりと燃え盛る自分の武器かざしてニッと笑った。

 その2人を囲むように黒装束の男達が刀を手に襲いかかる。

 まず最初の一閃はキッドのハンドアクスだった。

 キッドは敵がまだハンドアクスの間合いに入らない内に、威嚇のために無造作にアクスをひゅっと薙いだ。

 すると刃先からハンドアクスの軌跡をなぞって前方に大きな炎が吹き上がり、最前列にいた忍者達をあっという間に呑み込んだ。

 更に吹き上がる炎からは無数の火の粉が舞い、後方の忍者達にも飛び火する。

 キッドのたったの一薙ぎで、10人近い忍者達がたちまち火だるまになった。

「おっひょー!こいつはスゲェや・・・。」

 キッドは自らの攻撃の成果を目にして思わずひゅうと口笛を鳴らす。

「油断してはなりません!次からはこう調子よくは行きませんよ!」

「お・・おう!」

 マイケルに注意されてキッドは再び油断無く構えなおした。

 マイケルの言うとおり今のは敵に早く決着をつけようと思う焦りと、既に疲労困憊の俺達を見た上での油断があった。

 次からはあの炎に警戒しながら向かってくるだろうからこう上手くは行くまい。

 そしてこうなると奴等が打つ手は限られる。

 これを防げなければキッドとマイケルは確実に殺られる!

「マリア、今から俺が教える術式を何とか発動させてくれ。」

「は・・、はい。」

 俺はたった今組み上げたオリジナルの術式を素早くマリアに耳打ちした。

 それを聞くマリアの顔がにみるみる不安の色が浮かぶ。

「て・・テイファさぁ〜ん。」

 術式を一通り叩き込まれたマリアは泣きそうな顔をして俺の顔を見た。

 マリアにとってそれは未知の領域の魔術だ。

 俺はあえて魔力制御のしやすさよりも詠唱速度を重視して術式を組んだ。

 その為ただでさえ魔術の行使が危ういマリアには酷な術式だった。

 マリアは驚くべき事に一度術式を聞いただけでおおよその効力を把握していた。

 いくら俺の元で術式を学んでいるとはいえ、ここまで成長が早いとはな。

「酷なことを言っているのは解っている。しかし死地に立つあいつ等を護れるのはお前だけなんだ。」

 今は一秒の時間も惜しい。俺は術式の説明を省いた。

「は・・・はい・・。頑張ってみますね。」

 マリアは不安に震えながらも勇気を振り絞り、立ち上がった。

 ここで生き残れるか否か。その全責任を一方的に押しつけられてマリアは術式詠唱を開始する。

 術式行使宣言式の後に、一切の術者補助術式が省かれた純粋な魔術術式が詠唱されていく。

 ただでさえマリアにとっては制御が難解な術式だが、効果対象をキッドとマイケル2人にすることで、制御は更に難しくなっていた。

 マリアは1度に2人へ向けて放たれる魔力制御をこなしながら更に続く術式を完成させねばならない。

 壮絶なプレッシャーと難解な魔力制御の為、マリアの額におびただしい汗が浮かんだ。

 いかんな。魔力制御がかなり不安定だ。このままでは不発に終わってしまう。

 俺は術式詠唱を続けるマリアの手に、天王の剣をそっと握らせてやった。

 名剣の誉れ高いこの剣には、強力とは言えないながらも所有者の魔力を補助する効果も持っている。

 今のマリアにとってこのささやかな助力こそが、この魔術を成否を左右させるギリギリのところか。

 マリアは一瞬の間を置いて俺の意図を察し、天王の剣を受け取って剣との同調を試みた。

 特別なプロテクトの掛かっていない天王の剣は、何の抵抗もなくマリアの同調を受け入れて補助体制が整う。

 天王の剣との同調に成功したマリアは、天王の剣から魔力提供を受けながら術式詠唱を進めていく。

 魔力補助を受け、マリアの魔力制御は先程よりもぐっと安定してきた。

 よし!いいぞ!!

 術式が進むにつれて、キッドとマイケルの周りにマリアが注ぎ込んだ魔力が集まっていく。

 キッドとマイケルは距離を取ろうとする忍者達を追い、炎の洗礼をまき散らし続けていた。

 今の間に仕留めたのは2人ぐらいか。

 キッドとマイケルがそれぞれの得物を薙ぐと忍者達は割れるように散らばった。

 そしてそのマイケルの視線の先には、後列で隊列を整えていた忍者達が一斉に弓を構えていた。

「しまっ    

 忍者達が矢を放つのとマリアの魔術の完成は同時だった。

 思わず手で顔を庇うマイケルと、降ってくる矢の雨を見上げてバックラーを構えるキッド。同時にその2人を覆うように球形のフィールドが形成された。

「やっべぇ     !!!」

 キッドの叫び声が辺りに響くと同時に十数本の矢が放物線を描いて2人にに降り注ぐ!

 しかし矢はマリアが作ったフィールドに触れると、それまでの速度を全く無視するようにピタリと止まり、パラパラと真下に落ちていく。

 マイケルは力無く落ちていく矢の音に気付いて顔を上げた。

「これは・・・マリアの・・・。」

 キッドにもマイケルにも1本たりとも矢は届いていなかった。

 マリアは2人が無事なのを見届けると俺に笑いかけ、フラリとバランスを崩した。

 そのまま俺の方にに倒れ込んで来たのを俺はしっかりと受け止めてやる。

「テイファさん・・・わたし、出来ま・・した・・・・。

「良くやったマリア、ギリギリだったがマリアの勝ちだ!」

 マリアは俺からのねぎらいの言葉を聞いて嬉しそうに笑い、そのまま力無く俺に寄りかかった。

「テイファ!マリアは・・・!?」

「心配ない、疲れているだけだ!それより防護魔術が効いている内に片付けるんだ!」

 俺はキッド達に指示を飛ばして視線をサラマンダーの方に移した。

 サラマンダーは3人の忍者の攻撃と同時に、後方から魔術攻撃も受けていた。

 次々にマジックミサイルがサラマンダーに命中し、サラマンダーが苦鳴を上げる。

 サラマンダーも敵魔術師の集団に向かって負けじとファイア・ボールを放とうと構えるが、周りを囲む忍者達がその隙をついて着実にサラマンダーを斬りつけて来るため、撃ち込むことが出来ずにいる。

 今やサラマンダーは完全に敵の手玉に取られていた。

 いずれはこうなるとは踏んでいたがそれにしても早すぎる。このままではサラマンダーが消されるのも時間の問題だ。

 このままサラマンダーが消えてしまえばキッドとマイケルに付与されているフレイム・ウェポンもその効果を失い、今度こそ勝ち目が無くなる!

「キッド、マイケル!サラマンダーが生きているうちに出来るだけ多く仕留めるんだ!!もう長く保たない!!」

「なんだと!?」

 俺の声を聴いて2人はサラマンダーの方を見た。

 自分たちが調子よく忍者達を圧倒している影で、サラマンダーが押されている様を目の当たりにして、愕然とした。

 絶大な力を持って現れたサラマンダーが人間に押されている光景は、あの2人には信じがたいものだったに違いない。

 サラマンダーと戦う忍者マスターが何かを叫んだ。

 忍者語で発せられたその命令を受けてキッド達を取り囲んでいた忍者達が戦闘を放棄し、後ろに退いていく。

「くそ!逃がすかよ!!」

 追いすがろうとするキッドの脇を忍者が放ったスローイングダガーが通り過ぎた。

「なっ・・・!」

 そのスローイングダガーは真っ直ぐ俺達の方に飛んでくる。俺達を狙って2人を足止めする腹か!!

 ダガー自体は避けるまでもなく外れていた。俺の背後にあるマイクの小屋の壁に乾いた音を立てて勢い良く刺さった。

 その一発を皮切りに、立て続きに俺を狙って矢が、スローイングダガーが、吹き矢が飛んでくる。

「テイファ危ない!」

 とっさにマイケルが俺達の前に立ちはだかって盾となり、次々に飛んでくる飛び道具をマリアの防護魔術で無効化していく。

「俺に構うな!これはお前らを足止めする奴らの策だぞ!!」

「そんなことは解っています!しかし貴方達を見捨てるようなことはわたしには出来ない!!」

 マイケルは動こうとしない。くそったれが!!

「テイファ無事か!!くっそ、あいつら舐めやがって!!」

 キッドは俺達の無事を確認すると、サラマンダーと忍者達が戦っている場所を見定めた。

「マイケルそっちは頼む!サラマンダーのお姉さん!今行くぞ!」

「ダメだキッド!逃げろおぉぉお!」

「え!?」

 不意にサラマンダーに飛ばされたマジックミサイル計8本の内1本が、勇んで加勢に向かうキッドに照準を変えた。

 撃てば絶対に目標を外さないと言われる絶対的な命中率を誇る魔術であるマジックミサイル。

 それを躱す手段は多くの場合ルーンシールドに限られ、生身の人間に逃げろと言ったところで躱せるはずもない。

 キッドに向けられた光弾は真っ直ぐキッドに向かって飛んで来た!

「くそ!」

 キッドは真っ直ぐ飛んでくるマジックミサイルを一度は躱した。

 しかしマジックミサイルは必死に回避を試みたキッドを嘲笑うかのように軌道を変えて回り込み、胸の辺りで容赦なくその破壊エネルギーを発散した。

「おぶっ・・・!」

 まともにマジックミサイルを受けたキッドは、鮮血と砕けた鎧の破片をまき散らしながら後方に吹き飛ばされた。

「キッド!!」

 マイケルは目を見開いて自分の相棒が倒れる姿を呆然と見つめる。

 俺とマリアを命に替えても護り抜こうと意気込んだ2人。

 士気は最大限に高まり、何とでもやれそうな勢いで臨んだ決戦の結果がこれだ。

 俺達一人一人などあの後方に控えている導師の魔術一発であんなにもあっさり倒れてしまう。

 例え1本のマジックミサイルに込められた魔力は大したこと無く、まだ致命傷ではないと言ってもキッドが受けたダメージは大きい。

 キッドはもう、まともに立ち上がることさえ出来まい。

 そしてキッドが地面に倒れ伏すと同時に遂にサラマンダーも倒れ、爆炎を上げてその姿を無に帰していった。

 

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