ウェンレーティンの
野望編

第三十九章
資 格


 その戦いは長くは続かなかった。

 残った黒の団の忍者達は我々を完全に無視し、総力を決して彼に立ち向かった。

 彼に向かって一斉に飛び道具が放たれ、後方からは魔術術式の詠唱が一斉に始まる。

 それからの出来事は魔術に詳しくない私から見ても異様な光景だった。

「へぇ、駆け出しの魔術師がなかなか面白い術式を組むじゃないか。ちょいと拝借するぜ?」

 彼はマリアにそう言うと、飛来する無数の飛び道具を避けることもなく、自分の周りにフィールドを形成した。

 飛び道具がそのフィールドに触れた瞬間、それに触れた全てのものは全てその場に落ちていく。

 これはマリアが我々にかけてくれた防護魔法と全く同じ効果だ。

 しかし何という詠唱速度なのか。

 彼は悠々とマリアに話しかけてから術式を構築して間に合ってしまうのだ。

 飛び道具の一斉射に少し遅れて、敵の魔術師達はその背後に多数の光弾を浮かばせ、今まさに発射されようとしていた。

「お次はマジックミサイルか・・・。」

 彼はそう呟くとまたしても一瞬の間に術式を構築してしまう。

 敵の魔術師が光弾を発射させるタイミングと、勇者マイクが同様に光弾を発射するタイミングは計ったかのように同時だった。

 勇者マイクは彼を狙い飛んでくる光弾を迎撃するように次々と光弾を放ち、それは狙い違わず空を飛ぶ敵の光弾を撃墜していく。

「・・・つまらん。基本通りのマジックミサイルでこの俺様が倒せるとでも思ってるのかよ?」

 驚異的な詠唱速度に目を見張る忍者達に不敵な笑みを向け、彼は間髪入れずにまた魔術術式を構築し始める。

「せめてこれくらいの芸は見せてみろよ忍者野郎ども!」

 彼がそう言いながら発動させた魔術もマジックミサイルだった。

 彼の背後にはまたも何十もの光弾が浮かび上がり、それが1発1発忍者達に向かって連射されていく。

 やがてそれは降りしきる雨のように忍者達へと叩き込まれていき、忍者達は入り乱れて逃げ惑った。

 そして奇妙なことに逃げ回る忍者達に注がれる光弾の雨は止むことがない。

 そ・・・そんな、もう100発くらいは撃ち込まれているのに!?

 私はその異常な光景に気が付いて、勇者マイクの方に振り返ってみた。

 なっ・・・これは・・・・。

 私は自分の目を疑った。

 すでに100を越える光弾が忍者達に降り注いでいるというのに、勇者マイクの背後に浮かぶ光弾の数はまるで減っていない。

 いや、正しくは発射される毎に次弾が現れて尽きることがないのだ。

 その上よく見ると敵の近くまで到達したところで1発1発の光弾が、更に5つくらいに分裂していまいか?

 忍者達は必死にその雨を避けているが、「さぁ!踊れ踊れぇ!」と言いながら笑っている彼の様子から察するにあれは恐らくわざと外しているのだろう。

 こうなると黒の団に打つ手はなかった。

 攻撃を避けるのがやっとで、巧みに土が剥き出しになっている広場へと追いやられていく。

 全ての忍者達をその一点に追い詰めると、今まで楽しげに忍者達をあしらっていた彼の表情が突然険しくなった。

「帰ったら主人に伝えておけ。今度盛大に遊びに行ってやるから楽しみに待っておけとな!こいつはサービスだ。」

 そう言って彼は右手を高く挙げて指を鳴らすと、広場全体に巨大な魔法陣が浮かび上がって瞬く間に忍者達を呑み込む。

 忍者達は予想だにしなかった事態に戦慄した。

「あばよ忍者ども。次はお前らの根城で会おうや。」

 彼は忍者達に冷酷な視線を向けて、挙げていた手を空を斬るようにばっと下ろした。

 するとそれが合図だったかのように広場に出現していた魔法陣の線に沿って壁状に光が発し、忍者達を完全に包み込むと一瞬で消え去った。

 跡に残されたのはただの剥き出しの広場だけ。

 巻き込まれた忍者達をはじめ、魔法陣の痕跡すら残っては居なかった。

 す・・凄い。

 我々があれだけ追い詰められてきたあの忍者軍団をこの一瞬で。

 しかも彼が全く本気を出していなかったのは誰の目に見ても明かだった。

 これがギルドに正式認定されたSクラス冒険者、マイク・アンダーソンの力なのか・・・。

 私は勇者と称された彼の戦いを目の当たりにして全身に鳥肌が立ち、半ば放心状態になっていた。

 それは私の前方でよろりと立ち上がるキッドも同様のようで、忍者達が消えた広場を呆然と見つめ、「俺達は夢でも見ているのか・・・?」と呟いていた。

 すっかり静まり返った島を見れば、キッドの言うとおり先程までの激しい戦闘がまるで夢か幻だったのかようにさえ思えてくる。

 それほどに現実感のない光景だった。

 魔術とはかくも恐ろしい力なのか・・・。

 私は呆気にとられたまま小屋の上に立つ勇者マイクを見上げていると、彼はヒラリと小屋の屋根から飛び降りた。

 その仕草は華麗で重さを全く感じさせない。

 あの身に纏っているスーツアーマーは幻なのかと疑いたくなるような身の軽さだ。

「よう。危ないところだったな。遅くなってすまなかった。」

 勇者マイクはそう言って負傷している我々に手早く治療の魔術を施し始めた。

 とても簡単そうな短い術式詠唱の後に現れた効果は絶大だった。

 先日の戦いで受け、マリアの治療魔法をもってしても完治しなかった我々の傷が何も無かったかのように消え去っていく

「さて、取りあえずは君達の話を聞かせて貰おうかな?」

 そう言って小屋の扉を開けて我々を招き入れた。



 勇者マイクの小屋は見た目通り広いものではなかった。

 木の一枚板で壁を張り、その上に屋根を乗せただけの簡素な造り。部屋も一間しかなくて、床は剥き出しの地面だった。

 その中に雑然と並んだ棚と1人用の簡素な寝台が置かれている。

 棚は頑丈な金属製のもので、そこには沢山の革袋がいっぱいに敷き詰められていた。

 その上棚に収まりきらない革袋や背負い袋が床に散乱している。

 ウルバックから出されたクリスを寝台に寝かせ、その傍らにマリアとテイファに座らせると、残った男衆が座るスペースなど残らない。

 これが勇者マイクの住まい・・・。

 私はてっきりもっと豪華な屋敷を想像していたのだが、これではまるでスラム街の小屋のようだ。

 彼は自らの住まいに冒険生活で得た財宝を山のように貯め込んでいると聞いていたのだが、果たしてこの小屋の何処にそのようなものが隠されているのだろうか。

 しかし住まいはともかく、今目の前にいる勇者マイクはやはりただならぬ迫力を持っておられる。

 歳は私やキッドとそう変わらぬ彼だが、一目見ただけで我々とはまるで別世界を生きている方なのだとわかってしまう。

 そんな彼を前に、わたし達は緊張を隠せない。

 彼とは今までにも何度かギルドでお会いしたことがあるが、こうして対談するのは初めてのことだ。

「まずはありがとう。そして身内が迷惑をかけてすまなかった。」

 勇者マイクは緊張して突っ立っている我々に軽く頭を下げた。

「こっちにもお師匠から連絡があってな。報せを受けてから街道を遡っていたんだが、すれ違ってたんだな。」

 勇者マイクもクリスを探して街道を遡っておられたのか。

 私はカストリーバで街道を進んでいれば・・・と一瞬考えたがすぐにその考えを打ち消した。

 あのまま街道を逃げていれば確実に挟み撃ちにあって我々は捕らえられていただろう。

「しかし焦ったぜ。いくら街道を遡ってもこっちに向かってきているはずのクリスと鉢合わせないんだからさ。」

「カストリーバで一度見つかってさ。山の中を突っ切ってきたんだよ。」

 キッドがそう説明すると勇者マイクはヒュゥッと口笛を鳴らした。

「カストリーバで見つかって逃げおおせたのか。やるねぇ。」

 あの時はテイファの知略と全員で道を切り開いた。それを誉められて我々も少し誇らしい気分になる。

「君らがクリスを連れて島に運んできたって報せをミヨちゃんから受けたときは驚いたぜぇ?しかも無数の忍者に追われてるって言うじゃないかよ。」

「ミヨちゃん・・・ですかぁ?」

 マリアは勇者マイクの話の途中に登場した聞き慣れない名を聞き、思わず訊き返していた。

「ああ、君らと一緒に忍者の撃退に当たったサラマンダーだよ。また召喚し直さなきゃならんのか・・・。面倒だな。」

 勇者マイクはそう言って忌々しげに舌打ちをした。

 彼女はミヨちゃんという名だったのか・・・。

「ところで勇者マイク。クリスの容態はいかがなのでしょうか。」

 私はここで一番気になっていた質問をしてみた。

 今の勇者マイクの様子から見て深刻な状態ではないのだろうとは思いながらも、やはり気になる。

「心配ないさ。お前達が早い段階で背負って運んできてくれたおかげでまだ暫くは保つ。ホント、助かったよ。」

 その答えを聞いて私達は安堵の溜め息を吐いた。

 クリスはクリスのまま助かる見込みが強くなったのだ。

 キッドならば跳び上がって喜びそうなところだが、さすがに疲労が強くて控えめだった。

「さて。身内がお前達にさんざん迷惑と世話をかけちまったようだし。まずはその礼をさせて貰おうかな。」

 勇者マイクはそう言いながら手を指しだし、我々に4本の指を立てて見せた。

「一人当たり400。またはそれ相応のマジックアイテム。そんなところでどうだ?」

 銀貨400枚。一度の仕事で得られる物としたはもかなり高額なものだ。今回の仕事の難度を加味すれば、我々にはそれが相応な報酬だろう。

「はは、銀貨400か・・・すげぇな。」

「す・・すす、凄いです。いっぺんにテイファさんにお金返せちゃいます!」

 隊商に契約を破棄されて赤字確定だった我々には思わぬ現金収入に、キッドもマリアも目を丸くしている。

「え?」

 そんな2人の様子を見て勇者マイクは驚いたように声を上げた。

 見れば何か不思議そうな顔で我々を見ている。

『・・・え?』

 テイファを除く我々3人はオウム返しに声を上げた。

「ふ・・・ははははは!」

 それを見て勇者マイクは声を上げて笑った。

 我々は・・・・。何か我々はおかしいことを言っただろうか?

 テイファを見てみると声に出してはいないものの、勇者マイクと同じように笑っている。

 あ・・・まさか!

「おいおい、誤解するな。400って金貨でだぞ?」

『えっ・・・えええええ!?』

 そのまさかな答えに、我々3人は同時に驚きの声を上げた。

「驚くことはない。今回の君達の仕事に対して対等な代価だ。」

 驚く我々に対して勇者マイクは真顔で説明をはじめた。

「君達が今回相手にした敵はウェンレーティン侯爵家。その監視厳しい領内から女の子1人を脱出させ、ここまで送り届ける。こりゃAA難度の大仕事だぜ?」

 そう言えばそうだった。

 我々は目の前の危機を乗り越えるのに必死で失念していたが、我々の敵は巨大な領土を持つ大貴族。

 すなわちその領内の者全てを敵に回していたと言うことなのだ。

 しかも下手をすればこれはトリスタン王国全体を敵に回す危険性もはらんでいる。

 勇者マイクにそう指摘されて初めて、我々は自ら晒された危機の大きさを実感させられた気がした。

 我々は絶句したまま勇者マイクを見つめていた。

「ま、そう言うことだから遠慮はいらねえよ。お前らは堂々受け取れば良いんだ。お前らにゃその資格があるんだから。」

 勇者マイクはそう言って笑った。

 思わずテイファの方を見ると彼女も笑みを浮かべながら頷いている。

「さて、報酬の品を選ぶのは後でゆっくりして貰うとして・・・」

 勇者マイクはそう言って一息つくと、辺りを見渡した。

「いるんだろ?出て来いよジョニー。」

 勇者マイクはキッドに向かって、いや正確にはキッドの後ろの壁に向かって?そう声をかけた。

 え・・・?と思い振り返ると突然ばさっと壁が・・・正確には壁に貼り付けてあった紙のようなものがめくれあがり、そこには黒装束の男が立っていた。

 一体どういう技なのか。突如現れたこの忍者は壁と一体となって身を潜めていたというのか!?

「にっ・・・忍者!?」

 キッドは反射的に後ろ回し蹴りを今現れた忍者に繰り出していた。

 そして私も反射的にエストックに手をかけてしまう。

     しまった!

 我々2人がジョニーという名を思い出した時にはもう遅かった。

 キッドの蹴りは止められぬ勢いで繰り出され、彼を強打したはずだった。

『え・・・?』

 私達は自分の目を疑った。

 確かに当たっていたキッドの蹴りは、彼の体を素通りして抜けてしまったのだ。

「なかなか良い蹴りでござるな。反応も悪くなかったでござるよ。」

 そう言いながら平然とそこに立っている忍者を前に、キッドは何も言えずに立ちつくした。

「さてマイク殿、拙者に何か依頼でござるかな?」

 ジョニー殿はキッドの攻撃を全く気にかけることもなく、そのままの姿勢で勇者マイクに訊いた。

「ああ、これからウェンレーティンにケンカを売る。だから王国に対して正当な口実となるものを見つけてきてくれ。捏造してくれてもかまわん。」

「なるほど拙者向けの仕事でござるな。承知致した。直ちに向かうでござるよ。」

 そう言うと彼は地を蹴り、一瞬のうちに消えてしまった。

 一体何処から出て行ったのだろうか。

「さて、これからはSクラス難度の仕事になるが君達もついてくると良い。」

 そう言って勇者マイクは悪戯っ子のように我々に不敵な笑顔を向けた。

 ウェンレーティンにケンカを売るってまさか・・・!?

 彼はその私の疑問にその不敵な笑顔で答えていた。

 これからベルドリューバ宮殿へ乗り込むのだと。

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