俺達は急襲してきた忍者達をなんとか振り切り、追っ手をなんとか撒くため休み無しで進み続けていた。
時刻は既に昼を過ぎ、朝食すらとれていない俺達の体力は徐々に削られていく。
俺自身メンタル面はどうにかなるが、このひ弱な体は既に悲鳴をあげ始めている。
荷物は肩に食い込み、息は切れ、足取りが重い。
今までならマリアのペースに抑えて進んできていたためまだ余裕はあった。
しかし今はそうも言ってられない。起伏に富んだ道無き道を切り開きながら進まなきゃいけない。
キッドやマイケルはさすがにまだしっかりしているが、マリアはキッドに手を引かれてやっとついて行っている状態だった。
俺も疲労のため、喋ることも億劫になっている状態だ。今はこの貧弱な肉体が忌々しく思えて仕方がない。
今朝までの元気がなかったクリスは、それが嘘だったように身軽に先に立ち、道の安全を確認してくれている。
今のところ、追っ手の気配はない。
だからといって安心できる状況でもない。
「待て!クリス!!」
2番目を歩いていたキッドが突然声を上げた。
名を呼ばれてクリスは歩を止め振り返る。その足下には1本のロープが道を横切る形で張られていた。
キッドはそばによってロープを調べ始める。
「キ・・キッドさん。これは・・?」
「トラップだ。これに足を引っかけると向こうに設置されたクロスボウが・・。」
「キッド!!前だぁ!!」
その刹那、ロープを張っていた向こう側の地面から2本の槍が地表を突き破り、キッドとクリスを襲う!!
「おわぁっ・・!?」
罠の説明をしていたキッドは俺の声でクリスを抱えてとっさに後ろに倒れ込んだ。
キッドはなんとか槍を躱しきったが、クリスと共に倒れ込んだ状態だ。
槍が出てきた地面がめくり上がり、隠されていた穴から黒装束の男が2人飛び出してきた。2人はすぐに倒れ込んだキッドとクリスにとどめを刺そうと襲いかかる。
「くっ・・こんなところに!?」
俺もマイケルも前へ飛び出そうとするもあの距離では間に合わない。いきなり絶体絶命だ!
「でえぇえぇぇい!これでも喰らえ!!」
しかしキッドは慌てて立ち上がろうとせず足でロープを蹴り上げた。
ヒュッヒュヒュッ!!
そんな音がしてトラップの矢が仕掛けた忍者達に襲いかかる!
「……!?」
そのまま飛び込む勢いだった忍者達だったが予想外の攻撃に阻まれとっさに後ろに飛び退いた。
矢は忍者達には1つも当たらず木に突き刺さった。
その間にキッドは立ち上がる。
「ひゅぅっ。まさかテメェ等の罠に救われるとはねぇ…。」
キッドは落としたハンドアクスを拾い上げて構えなおした。
まさかとっさにあんな機転を利かすとは俺にとっても予想外だった。
マイケルと俺も前へ出る。忍者達は無言のまま槍を捨て、背にさしてあるニンジャ・ブレードを抜いた。
「マリア!全員にシールドを。」
「は…はいぃっ。」
マリアはすぐに魔法詠唱にはいる。それを合図に忍者達が動いた。
キッドとマイケルは迎え撃つ体勢にはいる。
本格的な戦闘に突入した。まず1人目の忍者が走り寄ってマイケルに斬りかかろうとする。
マイケルはエストックを前に長く突きだしてその攻撃を牽制し、勢いを殺した。
勢いを殺された忍者にクリスが何ら武装もないまま突進する。
「なっ!待ちなさいクリス!!」
突進するクリスの姿を見てマイケルは制止した。しかし……。
「だめですうぅうぅぅ!!」
ついた勢いはもう止めることが出来ない。
忍者はマイケルのエストックの切っ先を払い、突進してくるクリスに斬撃で迎え撃った。
「クリス!!」
マイケルが張りつめた声を上げる!
しかしクリスはそれを軽々と跳んで躱していた。その上そのまま跳び蹴りの体勢に入る。
「やああぁあぁ!!」
かけ声と共に繰り出される跳び蹴り。忍者はそれを後方にバク転してかわした。
そしてゆっくり体勢を整えると油断無く構えなおす。
「マイケルさん、ごめんなさいですぅ…。」
「怪我はないですね?それより前を!」
その間にキッドはもう1人の忍者と斬り結んでいた。
必死に敵の斬撃をバックラーとハンドアクスで受け流す。
「ぐおおお…くそっはええ!!。」
明らかに相手の方が技量は上で、キッドは相手の攻撃を躱すので精一杯の様子だ。
「………………。」
相手は終始無言に徹していた。かけ声どころか息さえ荒げない。
「くそっ……その余裕じみた顔が気にくわねぇ!!」
キッドはなんとか敵の攻撃の間をついてアクスを薙いだ。当たりはしないが相手は後ろに避け、間合いをあけることには成功した。
そんな中、俺は別の気配を察知した。今は最後尾にたっているマリアの背後だ!!
「マリア!後ろだ!!」
「え・・えええ!?」
マリアは呪文詠唱を中断し、後ろを慌てて振り返った。
同時に敵はマリアにスローイングダガーを投擲する!
「きゃ……!」
マリアが振り返る動作のおかげでダガーはマリアの腕をかするだけに終わった。
ボフッ。
「きゃぅぅっ」
マリアはそのショックで魔力制御に失敗し、魔法は失敗に終わった。
「マリア!!大丈夫か!?」
俺はマリアの方に駆け寄りながら吹き矢を茂みに撃った。
ザザザっ
背後の忍者は吹き矢は避けながら茂みから飛び出した。
俺はすぐにマリアの腕とり、今出来た小さな傷を見る。
そしてそのまま爪を立て、傷にそって容赦なくえぐっていった。
「ててててて!!テイファさん痛いですよっ!」
たまらず悲鳴をあげるマリア。細い線のようだった傷は広がってさっきより派手に出血する。
まず間違いなく敵は武器に毒を塗り込んでいる。
幸いにしてマリアの傷は浅く、派手な解毒を行わずに済むレベルと判断し、傷に付着したであろう毒素をそのまま削り取ったのだ。
「済まないマリア。毒対策だ。」
「ど・・どどどど!毒ですか!?」
「大丈夫。傷も浅いし今ので全て削り取った。それより気を付けろ。まともに喰らったら厄介だぞ。」
「は・・はいっ」
俺はそう言うと敵に向き直った。
相手は3人だ。
前衛に立つキッド、マイケル、クリスに相対しているのが2人。そして今背後からマリアに襲いかかってきた奴が1人。
人数の上ではこちらが勝っているが俺もマリアも疲労がたまっている上、敵の技量はキッドのそれよりも高い。
極めて状況は俺達に不利だ。
「クリス!槍だ!覇王の槍を使え!!」
俺は吹き矢に次の矢を込めながらマリアの後ろに回り、クリスに指示を出した。
「え・・でもこの槍は・・。」
「丸腰で忍者とやり合うつもりか!!良いから言うとおりにするんだ!」
「は・・はいですぅっ」
覇王の槍と言う名を聞いたからだろう。
忍者達の注意が一瞬クリスに集中する。
クリスがポーチに手を入れ槍を取りだすと、奴らは後ろに飛んで間合いを外した。
覇王の槍。
魔道士ヴァーン・ハールが古代遺跡より発見したと言う魔槍。
ゴッ!!
クリスの手に握られたその槍は神々しい蒼のオーラを放った。放出されるオーラでクリスのスカートが激しくはためく。
「はわわわっご主人様ぁこれは強烈ですぅ〜」
そのオーラは瞬時にクリスを包み込み、得体の知れない力がクリスを護るように覆っていく。
オーラは消えることなく留まった。これが覇王の槍の力なのか。
敵の視線はクリスに集中している。恐らくは3人同時にクリスに襲いかかる魂胆だろう。
「クリス!そっちに来るぞ!!」
「くっそ!やらせるか!!」
マイケルとキッドがすぐにクリスの脇を固める。
俺が声をかけたと同時に奴らは3人同時に木の上に飛び、クリスの真上の位置に集結した。同時に一人がマリアを狙ってスローイングダガーを1本投擲する。
キッドとマイケルとクリスは、はっとした顔でマリアに一瞬視線を向けた。
しかし2人共俺がマリアに飛びつく姿を確認してすぐに視線を戻す。
しかしこの攻撃の目的は2人が一瞬目を逸らした時点で既に達成されていた。
「ちぃ!!」
簡単に引っかかったキッド達に舌打ちを打ちつつ、俺はマリアを抱えてダガーを避けた。
敵は3人が上を見上げたときには既にクリスめがけて木の上から飛んでいた!!
クリス1人を狙った降下攻撃。
キッドとマイケルが上からの攻撃に対して構え直す中、クリスは1人槍を構えて跳んだ!!
「ええい!…ですぅっ!」
ニンジャブレードを振りかぶった姿勢の忍者達3人を迎え撃つように跳び、空中で大きく槍を薙ぐ。
「!?」
忍者達は予想外の反撃を空中で身をよじって何とか避けた。
忍者達は完全にタイミングを狂わされてクリスに斬りかかることが出来ない。
また、忍者達は空中の攻撃を避けるので精一杯で体勢を崩したまま着地したのに対し、クリスはそのまま木の上…先程まで忍者達が居た位置に軽やかに着地した。
「マイケル!」
忍者達の着地と同時にキッドがマイケルに声をかけて敵の1人に斬りかかった。
しかし忍者達はすぐに体勢を整え、軽やかにバク転をしながらその攻撃をあっさり躱した。
「なんて素早い!?」
追ってマイケルも攻撃を仕掛けるが届かず、間合いを大きくあけて俺達は睨み合いの状態にはいった。
背後に敵がいないのを確認し、俺も油断無く構えながら前列へ詰める。
忍者達はこちらを見据えながら3人集まってボソボソと何かを話している。
距離が遠い上、ボソボソ話しているので声はここまで届かない。
俺は読唇術を試みるも、覆面の上からの判別はさすがに難しい。
しかも話している言葉は俺が知る言語ではないような感さえあった。あれが忍者語って奴か?
「クリス!怪我っ!?……は?」
キッドはちらりと木の上に視線を向けて訊こうとし、絶句した。
キッドの様子の異変に気付いて俺も上を見上げた。
そこで俺はあまりにも衝撃的なものを目撃し、俺も目を見張った。
突然、それは俺の視界に入ってきた。
俺はそれを目撃したとき、あまりの予想外の展開に思わず生唾を飲みこんでしまった。
視点はそれのみに集中し、他のものは一切見えなくなる。
なるほどキッドが絶句した理由が今ならわかる。
それはこの俺でさえも抵抗できない危険な魔力を放っていると言えるだろう。
そして……。
「あ……。白…。」
俺は呟くようにボソリと声を上げていた。
「ああ…白
いな……。」
俺の声にしみじみとキッドが同意する。
そう。メイド服で木の枝に直立しているクリス。
俺達は今、その真下から見上げている
のである。
メイド服のスカートの下に隠されていたその神秘が!
今!!
ここに明かと!!!
俺とキッドは今それを必死に網膜に焼き付けんと目を凝らし、拳を握りしめた!!
「な・・何をしているのですか!!!!」
『はっ!?』
マイケルが目を伏せ、顔を真っ赤にしながら叫んだその声で俺とキッドは我に返った。
「え!?も…もももも……もしかして!?」
下の様子に今更気が付いたクリスは顔を真っ赤にして木から跳び降りた。
「み…見えちゃいました…ですか…?」
さわやかな笑みを浮かべ、何の臆面も無しにびしっと親指を立てて無言で頷くキッド。マイケルはクリスから目を逸らしながら頬を朱に染めて咳払いをした。
あの様子から見てマイケルもバッチリ拝んだに違いない。
「いやあぁぁぁぁぁぁん。キッドさんのエッチですうぅううぅぅ!!」
「はぐぉ!?」
泣きながら繰り出されたクリスの拳がキッドの横っ面にまともにヒットする。
あたかも投げられたかのように宙を舞うキッド。
「な?」
その軌道の先には狙ったようにマイケルが立っていた!
完全な不意打ちにマイケルは対応できない。キッドはそのままマイケルに命中した。
ズガシャーン!!
『のるえぎょわぎゃぁ!!』
2人は何と発音したのかおおよそ聞き取れない悲鳴をあげて地に転がる。そしてそのまま動かなくなった。
どうやら気を失ったらしい。
「えーん。みんなひどいですぅ
(T-T)」
そんな2人をよそに泣き続けるクリス。どうやら俺は女の姿で命拾いをしたらしい。
「あ…あのぅ皆さん……。」
前でそんな騒動に興じている俺達に遠慮がちにマリアが声をかけてきた。
クリスと俺ががマリアに振り返る。するとマリアは気まずそうに前を指差した。
「忍者さん達…帰って行っちゃいますけど……。」
俺達が振り返ると呆れ果て、とぼとぼ歩いて帰る忍者達の背中が見えた。
「……なぁ。こんなオチでいいのか?」
俺は去りゆく忍者達の背中を見送りながらぼそっと呟く。
しかしその問いに誰も応えることはなかった・・。
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