ウェンレーティンの
野望編

第二十七章
最後の山


 辺りはすっかり夜になっていた。

 俺達は上手く敵を撒くことに成功し、今はゆっくりと休息に入っていた。

 今日は鳥を仕留めることに成功して鳥肉を捌いてスープを作った。

 これがなかなか上手くでき、更には久しぶりの食事とあって皆で競うようにして食べた。

 皆が満腹になるには少し足りなかったが、そこはさりげなく最年長であるはずの俺が遠慮しておく。

 食事が終わるとマリアが疲れに耐えきれなくなって眠り始めた。

「ふぅ。マリアはねちまったか。悪いけどキッドとマイケル、先に見張り番頼んでいいか?」

 見張り中にマリアが居眠りするのは目に見えている。こいつ等と組ませるにはちと不安がある。

 クリスも見張りに関しては素人だしこの2人とは俺が組むことにしていた。

「ああ、任せろ。んじゃテイファも早いうちに寝な。」

「ああ悪いな。おやすみ。」

 俺は寝入ったマリアに毛布をかけ、自分も毛布にくるまって一寝入りすることにした。

 

 

 キッド達が見張りをしている間には何事もなく、俺達は見張りを交替した。

 交替してすぐにキッド達の寝息が聞こえ始める。

 俺とマリアとクリスの3人は何をするでもなく、ただ押し黙っていた。

 追っ手に見つからないよう、焚き火の火は消している。

 鬱蒼と茂る木の下は月の光もあまり通さず、暗い。

 そんな中、相変わらずマリアは凄く眠そうな顔をしていて、クリスの方も元気がなかった。

 やがて予想通り、マリアはこっくりこっくりと居眠りを始めた。

 そのタイミングを見計らって俺はクリスにそっと声をかけた。

「クリス。相当辛いんだろう?ここはいいから休んでおけ。」

 クリスは目を丸くして俺を見ると、ぶんぶん首を振って否定する。

「そんなことないですぅ。全然元気ですから大丈夫ですぅ。」

「隠すな。もうわかってんだよ。

 いいか?道のりはまだ長いんだ。キッド達にゃ喋ったりしないから少し休んでいろ。」

「テイファさん…。」

 クリスは驚いた顔を俺に向けた。昼間はいつもと同じく元気に振る舞っているクリスだがその実、状態が良くないことが俺にはわかっていた。

 クリスは無理をして元気に振る舞っていたのだ。

 クリスはやがてすまなさそうに俯いた。

「テイファさん…。あなたは……。」

「もういい。何も言うな。今はゆっくり休んでおくんだ。いいな?」

「はい……。わかりましたですぅ。」

 クリスはポツリと言うとそのまま身を横たえた。そしてそのまま死人のように眠りについた。

「ふぇ?」

 その直後、はっとマリアが目を醒ました。

「あ…ぁぁあぁ…あぅぅ…テイファさん、わたし……。」

 慌ててキョロキョロするマリア。その姿は非常にかわいらしく、微笑ましい。

「ふふ。いいよマリア。見張りは俺がやっておくからお前は寝ていろ。」

「え…でもそんな……。」

 俺は慌てるマリアの頭に手を置き、

「マリアにはその分、日中に働いて貰うさ。存分に魔法が使えるように、今は休んでおけ。」

 と、そう言ってやる。

「えぅ…でもぉ……。」

「あ…俺の言うこときけない?」

「あぅぅ。テイファさんの意地悪ぅ。(T-T)

「はは。いいから寝れるときには寝ておけ。」

「はぃ…。テイファさんごめんなさぃ……。(T-T)

 マリアはごめんなさいと繰り返しながらも体を横たえてくれた。

 この娘も相当疲れが来ている。休める内に休ませておきたかった。

 昨日の疲労状態では魔法もろくに使えなかっただろう。それでは困るのだ。

 そして俺もまた、疲労状態はいいとは言えない。

 女の体は異様に弱く、昨日の行軍でも相当辛いものがあった。

 今も休息が足りているとは言えないが、ここが踏ん張りどころだ。

 俺は出来るだけ楽な姿勢をとり、周りの気配だけを慎重に警戒して体を休めることに努める。

 遙か後方の山林から時折木や草の揺れる音がここまで届いた。

 俺達を追う黒の団の足音だろうか。

 夜を徹して追跡とはご苦労なこったな。

 しかしこう暗い中、俺達の足跡を探し出しここまで辿り着くのはまず無理な話だ。

 やがて予想通り何も起こらず時間は過ぎ、俺達は無事に朝を迎えた。

 

 

「敵も寝ずに俺達を探しているようだ。まぁまだ俺達の足跡すら見つけられやしないだろうがな。」

 朝食時、俺は見張りの結果をそう報告した。

「一度出し抜いたわけだから連中も必死になるだろうな。次見つかったときは・・・。」

「領境も近いですしそろそろ全力で仕掛けてくるでしょうね。」

 奴らと正面からの戦闘に入れば勝敗は火を見るより明らかだ。

 個人武力でまず奴らの方が優れた能力を持っている。その上人数でも負けているのだ。

「とにかく奴らに見つからないよう、出来るだけ痕跡を残さずに進まないとな。ここも早いところ出発しよう。」

 そう言ってキッドは手にしていた干し肉を一気に口に放り込んだ。

 食事が終わり、皆が身支度が整えている合間に、俺とキッドはこの場に罠を仕掛けていくことにした。

 まず手頃な木の枝を拾ってきて弓を1つずつ作った。

 弓を作った後に台座を作り、クロスボウに仕上げる。

「キッド、そっちは出来たか?」

 見てみるとキッドは既に仕上がった弓を引き絞り、弾いていた。

 バシュッ!

 そんな音がして台座につがえてあった石弾が四方に飛んだ。

 カカカカ!

 石弾は木に当たり、幹の表皮にはっきり傷が出来る。

 直接的な殺傷力には欠ける威力だろうが石弾に毒でも塗れば十分に使えるだろう。

「ああ。これで一丁上がりだ!」

 キッドの作ったクロスボウは矢を飛ばす構造ではなく、台座に設置した複数の石片を飛ばす仕組みになっている。

 この石片がバラバラに飛び散るので、矢を1本飛ばす物よりも回避が困難だ。

 そのかわり射程は短く、狙い通りに飛んでくれるとも限らないので手に持って戦闘に望むのは適さない。

 対して俺が作っているのは矢を飛ばす物だ。

 しかし筋力の衰えのせいで大した弓が作れないため、殺傷目的の物ではない。

 俺はウルバックから特製のY字型の(やじり)をとりだし、手早く矢を一本作り上げた。

 鏑矢(かぶらや)と呼ばれる矢で、上空に射飛(いと)ばすと風を切り、大きな音を発する。

 主に戦争などで敵に対しての宣戦布告や、味方に対しての命令伝達などに使われる。

 俺とキッドは弓を持ち、次のステップへと進んだ。

 わざと足跡を目立つようにつけ、森の中へと入る。

 足跡に気付いた敵は注意を下を向けて歩くはずだ。

 そして頭の位置に蔦を垂らし、その蔦をクロスボウの引き金に直結させる。

 これ切れば連結してある弓から石礫(いしつぶて)と、鏑矢(かぶらや)を同時に発射させる仕組みだ。

 キッドの弓は勿論ここを通るであろう敵に向けて設置し、俺の弓は山の斜面を下るように斜め上に向けて設置する。

 上手く引っかかれば、鏑矢(かぶらや)が発する音で敵と俺達の距離を掴むことが出来ると言う寸法だ。

「おーし。これでOKだ。」

 俺が木の上に登って手際よく仕掛けを作る様子をキッドはぽかーんと口を開けて見上げていた。

 仕掛け終わって木を降りと、下からキッドが手を差しのべた。

 俺はその手を借りてひょいと降り立つ。

 そして完成した罠を2人で見上げた。

 蔦が木から垂れている事なんてこの山にはいくらでもあることだ。

 俺が張った蔦の罠も見た目にはとてもさりげなく垂れ下がっている。

 ここに罠があると最初から知っていない限りは見つけるのは至難の業だろう。

「テイファぁ。これなら忍者でもわかんねーよ。しかしまぁよくこの短時間でここまでの仕掛けを・・・」

 キッドは感心したのか呆れたのか、ふへっと息をついた。

「感心している暇はない。戻ってとっとと出発しよう。」

「へいへい。」

 俺達は皆と合流した後、キャンプの痕跡を消して出発した。

 今居る山を下り、もう一つ山を越えれば領境に達する。

 直轄領に入ってしまえばウェンレーティンの兵卒どもは追っては来れまい。

 もっともその領境こそ、奴らにとっての最終防衛ラインとなるわけだから尋常ならざる規模での網が張ってあることは予想できるが。

 そここそが最大の山場だ。

 俺達は山を下り始めるが、道無き道を下るのは骨の折れる行程だ。

 足場が芝で覆われ、よく見えないため足を踏み外す危険が常に付きまとう。

 斜面も結構な急勾配で、一度転げ落ちればただでは済まない。

 先頭を歩くキッドはしっかりとした足取りで下って行くが、後に続くマイケルやマリアは苦戦を強いられていた。

 結局、山を下るのに丸一日かかってしまった。

 当たりはすっかり暗くなり、狩りに出られる状態ではなかったため、携帯食料で食事を済ませる。

 見張り当番は昨日と同じようにして貰った。

 クリスは今日一日、とても元気に振る舞っていたのだが、見張りの出番が回ってくるとやはり辛そうに押し黙った。

 顔色も悪く、目も虚ろになっている。

 やれやれ    

 俺はクリスの元に行き、クリスの頭をひっつかんで倒した。

「きゅいいぃぃいん!?」

 クリスは妙な悲鳴をあげてじたばたするが、あっさりと倒れる。

「いいから寝ていろ。明日から登りだから倒れられると困る。」

「あ・・・。」

 クリスは申し訳なさそうに上目遣いに俺を見た。

「気を遣っていただいて・・・ごめんなさいですぅ・・・。」

 クリスは倒れたまま器用にお辞儀をした。

「クリスちゃん、どうかしたんですかぁ?」

 俺達がそんなやり取りをしているとマリアがひょこりと顔を上げた。

 すぐに寝てしまうと思われたマリアだが、今回は頑張って見張りを続けている。

「少し疲れているんだよ。このまま寝かせる。」

「はい。じゃあ今日は私と2人で見張り番ですね〜。」

 マリアもクリスの元に寄り、にっこり微笑みを向けた。

「ご・・ごめんなさいですぅ・・・。」

 クリスはもう一度謝り、目を閉じた。

 その寝顔は死人のように静かだ。

「マリア、クリスの顔を見ていても見張りにならんぞ。」

「あ・・・っはいっ。」

 クリスの寝顔を見入っていたマリアは俺の一言で慌てて周りに注意を向け始めた。

 この日、結局マリアは途中で轟沈したものの、大した異常もなく夜が明けていった。



 朝食の狩り中の出来事だった。

 マイケルと山に入り込んだ俺は山の上の方で音が鳴るのを聞いた。

 ヒュウゥウゥゥゥゥゥ!!

 その音を聞き、マイケルはハッとなる。

「テイファ!今の音は!?」

 マイケルは昨日下りてきた山の上の方を緊張した面持ちで見上げた。

     鏑矢(かぶらや)

 昨日俺達が出がけに仕掛けた罠が発動したのだ。

 一日であそこまで辿り着いたか。

 偶然にしろ何にしろ、この広い山の中であの一点を見つけだしたのは流石だ。

 今から集合をかけ、あの地点からの痕跡を探し進んでくるだろう。

 そうなるとゆっくりはしていられない。

「マイケル、狩りは中止してキャンプに戻ろう。出来るだけ距離を稼ぐんだ。」

「ええ。そうですね。」

 俺達がキャンプに戻ると騒然とした雰囲気に包まれていた。

「マイケル!テイファ!昨日の罠が!!」

 キッドは俺達が戻るや否や慌てて報告した。

「ああ。俺達も聞いた。あそこがこれだけ早く見つかった以上ゆっくりはしてられん。

早く出発して出来るだけ距離を稼ごう。」

「わかった。」

 俺達は大急ぎで携帯食料を口にし、食事を終えるとすぐに出発した。

 最後の山にさしかかる。

 大して高い山ではないが、道は穏やかではなかった。

 巨岩がゴロゴロ埋まっていて俺達の行く手を阻む。

 焦りからか先頭を行くキッドは自然と最短ルートを選び歩いていた。

 所々木の生えていない剥き出しの岩の上を通ったりする。

「あ・・・。」

 俺の前を歩いていたマリアがふと後ろを振り返り、止まった。

 反射的に後ろを振り返ると、それは悠々と空を舞っていた。

「キッド!!すぐに戻れ!!ここはまずい!!」

 俺の上げた声にキッドとマイケルが振り返る。

 そして二人同時にあっと声を上げた。

 後ろの山から2つの大凧(おおだこ)が揚げられていた。

 大凧にはそれぞれ忍者らしき男が2人ずつ乗っている。

 鏑矢で位置がばれたと悟った奴らは、高所から堂々と俺達を捜す策に出たのだ。

 こうなると木の生えていない場所を通るのは非常にまずい。

「な・・。なんだありゃあ!?」

 キッドが大凧を見て素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。

「あ・・・あんな手で我々を捜そうだなんて・・・。」

 マイケルも唖然としていた。

「でもなんだか楽しそうですぅ☆」

「あんな高い所からの眺めって、凄そうですね〜。」

 そんな中で緊張感のかけらもない者も約2名。

 うまく状況を理解できていないらしい。

「ともかくキッド、遠回りになってもいいから森の中を行こう。」

「わかった。気を付ける。」

 キッドはコクリと頷き、忍者達に視線を移した。

 今のところ奴らは俺達を見つけたそぶりはなく、悠々と空を舞っている。

 しかし相手はプロの忍者達だ。

「恐らく今ので見つかった。急ごう。」

 俺はそばで大凧を見上げているマリアとクリスの背を押し、ずんずんと歩き始めた。

「はわっ・・?テ・・テイファさん、そんなに慌てなくても、あの人達私達を全然見つけたような感じじゃないですよ?」

 突然背を押し進められたマリアは、びっくりした声で応えた。

「マリア。俺が奴らの指揮官なら例え相手を見つけも見つけていない振りをさせる。

 そうすることで相手に『まだ見つかってないから大丈夫』って思わせるんだ。

 その油断をついて、別働隊に始末させる。」

「ほぇ?」

「つまり相手も同じ事を考えている可能性が高いって事だ。」

「ええええ!?」

 マリアは俺の説明を聞いて思いっきり驚いた。

「本当に見つかったかどうかはここからじゃ判別できないが、たぶんあれを見落としはしないだろう。

 奴らの追撃に備えて行動しないと本当に見つかっていたとき取り返しがつかなくなる。

 敵はあそこに飛んでいる奴らだけじゃない。それを忘れるな。」

「は・・はいぃいぃ」

 マリアは俺にそう言われると、泣きそうな顔をしてしゅんと俯いた。

「しかし迂闊でしたね・・・。まさか空からも捜索の手が伸びるとは考え及びませんでした。」

 マイケルは大凧を見つめ、歯噛みした。

「とにかくここから早く離れよう。今ならまだ追いつけ無いはずだ。」

「ええ。」

「ああ。」

「はいっ!」

「はいですぅっ!」

 キッドの号令で俺達は森に潜り込み、再び山を登り始めた。

 ところが・・・



 意外にもあれから特別な異常もなく、また1日が経ったていた。

 巧みに足跡を消したり別方向に延ばしたりしてながら進んでは来たものの、敵がこの山を登ってくる気配がない。

 山は不気味な沈黙を保ち続け、大凧も昨日からは見られなくなった。

 奴らは大凧を飛ばした日に俺達の姿を確認していたはずだ。

 あの森の切れ目に注意を向けていないとは考えられにくかった。

 そう。あの日に俺達は見つかっていたはずなのだ。

 それなのに俺達は妨害の無い中を順調に進んでいる。

 そろそろ奴らも総攻撃を仕掛けてくると踏んでいたのだが、一体どうしたことだろうか。

 時折獣が襲ってくることはあったが、忍者どもの姿はおろかその気配すら山にはない。

 仕留めた獣はその日の夕食に並び、休養も十分に取れるのでマリアもすっかり元気を取り戻した。

 そしてその日の昼過ぎ。

「おい、見ろみんな。」

 そう言ってキッドが指したのは山の斜面の下に広がる大平野だった。

 俺達は今朝方からずっと山を登り続け、今峠に到達したのだ。

「あのストール川を越えればウェンレーティン領は脱せます。もうじきトリスタン直轄領ですね。」

 マイケルも嬉しそうに平野を見下ろす。

「ふいぃぃぃ。山登りは終わって後は下るだけ。一時はどうなるかと思ったけど、追撃もないし、なんとかなりそうだなぁ。」

 ふわっと涼しい風が俺達を包む。

「マイクさんという方のおうちも、もうすぐですよね。

 クリスちゃん、覇王の槍、ちゃんと届けられそうだね〜☆」

 マリアも風を受けつつ、嬉しそうに微笑んだ。

「・・・・・・。」

 しかしクリスは俯いたまま返事をしない。

「クリス?」

 不審に思ったキッドがクリスの肩に手を置いた途端。

     どさっ。

「な    っ!?」

 突然何の前触れもなくクリスは倒れた。

「クリス!?どうしました!!」

「クリスちゃん!?」

「おっ・・おいおい、一体・・・・って・・・。」

 キッドが慌ててクリスの額に手を置いて固まった。

「キッド、どうしたのです!?」

 慌てて傍らに駆けつけるマイケル、そしてマリア。

「つ・・・・冷たい。この体温の低さは普通じゃねぇぞおい!!」

 見てみるとクリスは真っ青な顔をしていて苦しげに息を吐いている。

 意識はまだあるようだった。

「クリス!しっかりしろ!!大丈夫か!?」

 キッドは必死にクリスに呼びかける。

 しかし専門的な医学の知識がないこいつ等では対処法もわからない。

 もっとも医学知識があったところで焼け石に水だったのかも知れないが。

「み・・・みなさん、ごめんなさぃ・・ですぅ。」

 クリスは苦しげに言葉を紡ぎだし始めた。

「わたし・・・、そろそろ・・・、限界みたいですぅ・・・。」

 明らかに病的なクリスの一言を聞き、俺を除く皆の表情が瞬時に凍った。

 無理もない。クリスは今の今までそんなそぶりはほとんど見せていなかったから。

 俺は薄々感付いてはいたが、皆に話すことはしなかった。

 クリスがそれを望まなかったし、それがこの逃避行を続けるに当たって最善だと思ったからだ。

「馬鹿!!なんでこんなになるまで黙っていたんだよっ!」

 クリスの容態に気付いてやれなかった怒り。

 こんなになるまで隠し続けていたクリスに対しての憤り。

 そして何もできない無力感。

「くそったれ!!」

 バキッ    

 キッドはそんなやり場の無い怒りを手近にあった岩にぶつけた。

 殴られた岩が血に濡れる。

「キッドやめなさい!!それより今は急がなくては!

 聞いた話によると勇者マイクは優秀な医学者でもあると言います。彼に診て貰えれば助かるかも知れません!!」

「なに・・・?」

「あなたの荷物は私が。キッド、あなたはクリスを負ぶって下さい。止まっていても事態はよくなりません!さあ急いで!!」

 マイケルの叱咤でキッドは我に返った。

「マイケル、わりぃ。テイファ、乗せるの手伝ってくれ。」

 キッドはすぐにクリスの前に駆けつけて身を屈めた。俺はクリスの後ろに回って身を起こさせ、キッドの背に乗せてやる。

 その横ではマリアが治癒の魔法を詠唱していた。キッドの拳の分だ。

 俺は無言でマイケルに自分のウルバックを渡す。

 マイケルは俺の意図を察して一つ頷き、そのウルバックに自分のザックを詰め込んで背負った。

 俺は余ったキッドのザックを背負う。こいつは結構重いがそんなことも言ってられない。

「悪いなマリア。余分な魔法、使わせちまった。」

「いえ、いいんです。それよりキッドさん急ぎましょう〜。(>_<)

「ああ!一気に下りるぞ!!」

 キッドのこの一言を合図に俺達は足早に下山を始めた。

「ぅぅぅ〜。みなさん、ごめんなさぃ…ごめんなさいですぅ…。(@_@)

 キッドの背で、クリスはずっとごめんなさいと言うのをやめなかった。



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